60.忘れられない味……
目が覚めた。
今までの出来事が夢であって欲しいと願ったが……
現実だった。
『起きたか!体の調子はどうだ?』
寝ぼけ眼の前に猫の顔が飛び込んできた。
身体の調子はよくはなかった……。
が、心配をかけたくなくて嘘をついた。
『大丈夫です』
『そうか、じゃぁ今日は旨いもの食わせてやるからな』
再び猫に連れまわされ、公園に来ていた。
人型がたくさんいる!!
昨日のショックからか、ギクシャクと歩いていた。
人型が通るとついビクビクしてしまう。
そんな様子に気がついたのだろう猫はこう言った。
『そんなに怯えんな、いざとなったら俺が守ってやる』
そういった猫の目には力強いものがあった。
〈人型より……よっぽどこの猫の方がたくましいではないか!
なんて奇麗な生き物だ!!〉
俺はすこし感動して、尊いものを見るように猫をみつめた。
『そういえば名前を聞いていませんでした』
『俺か?名前なんてねぇよ。俺のことは“兄貴”ってよべ』
『アニキですか』
『そういうお前は、飼い主からなんて呼ばれていた?』
一瞬本名を名乗ろうかと迷ったがやめた。
『シルバーです』
『シルバーな、確かにお前……毛色が銀色っぽいもんな』
そんな話をしていると、どこからともなくいい香りがしてきた。
ベンチに中年の男が座り、肉のようなものを食べているのが見える。
思わずお腹がなった。
しかし兄貴は首を横にふって、通り過ぎながら言った。
『あれは駄目だ。
いける人間といけない人間がいるからな。
それを見極めるのが、美味しいものにありつけるコツだ』
そう言うと、幾人もの食べ物を食べている人間の前を
通り過ぎる兄貴であった。
お腹の虫ももう限界に差し掛かった時だった。
『よし、いいぞ。いたぞシルバー。
俺が行くから、お前は陰で隠れてみていろ』
そう言うと若い女の元へ兄貴は駆け出した。
そして数分後……
『どうだ、やったぞ!! 大収穫だ。
シルバーさぁ食え。これは“メロメロパン”だ。
旨いぞ~甘くてカリカリなんだ』
兄貴はドヤ顔で、何かを差し出してきた。
それは焼き立てのバターの香りがするパンだった。
『メロメロパン……』
ごくりと喉がなった。
『兄貴は食べないのですか?』
『いいからお前が先に食え。残ったのを俺が食べる』
そっぽを向きながら照れたように、目で早く食えと促す。
たまらず……がぶりとそのパンに噛りついた。
『旨い……』
勿論そのパンの味が旨いのは言うまでもなかった。
空腹の身体に染み渡った……。
が、それ以上に兄貴の心意気に涙が止まらなかった。
〈こんなに旨いパンを食べたのは、生まれて初めてだ。
俺は一生この味を忘れないだろう〉
そう心から思った。
『旨いです……っ……兄貴……ありがとう』
ポロポロと涙が止まらなかった。
『ばかだな、泣くやつがあるか、そんなに旨かったか?』
そういう兄貴も笑いながら泣いていた。
その後も二人で泣きながらメロメロパンを齧った。
その時と同じ香りがする。
フードの男は中央通りに向かって走り出した。
聞いた通りくだんのパン屋はあった。
しかしモンチラに混ざって売り子をしている狼獣人をみて
息が止まりそうになった。
その場に足から崩れ落ちそうにならなかっただけでも
自分を褒めたいくらいだ。
〈あの娘……また狼耳つけてやがる!!
しかもなんだ、たくさんの獣人の男に笑顔を振りまいて……。
お釣りを渡す時にどさくさに紛れて手なんか握られるな!
相変わらず油断してんな、学習能力ゼロか!!〉
男は無意識のうちに牙を出し唸っていた。
あんたの彼女でもないでしょうが!!
そんなこというのはお門違いじゃありませんこと
アナースタシア様からツッコミが入っていますよ。
どこかの誰か様……とういか冷徹狼執事様!!
ムッとしながらも、メロメロパンを買う為に列に並ぶ。
自分の事を気づかれるかも知れないと一瞬ドキドキした。
が、あと一人で買えるというところでまさかの事態がおきた。
『セイジョサマ、ソロソロキュウケイニハイッテクダサイ』
一匹の若いオスモンチラが言った。
「あっ、もうそんな時間!?
わかったちゃっちゃとランチ取っちゃうね、ありがとう」
無情にも心結は店の奥に引っ込んでしまった。
ギリィィィ、冷徹狼執事は歯がゆいを通り越してイラついた。
〈余計な事しやがって、モンチラめ〉
フードを被った獣人らしき人が……
ロメンパンと高級ロメンパンを買っていったが
その目はある一匹のオスモンチラを射殺すような目で
見ていたと噂になり……。
後で暗殺部隊が辺りを見まわる事態に発展した事を
心結は知らない。




