57.トラ吉とメロンパン
パン作りは一次発酵を終え、二次発酵を開始した。
ここまでは概ねに順調に進んでいた。
「ふぅ……」
心結たちは、ハムサンドを食べながら一息ついていた。
「ここまでくれば、大丈夫だとおもう」
みんなやれやれとソファーで少し寛いでいた。
その時ふと黒モフモンチラちゃんが言った。
『セイジョサマ、メロンパン二オモイイレガアルッテ
オッシャッテイマシタガ……
ソレヲキイテモヨロシイデスカ?」
他のモンチラ達もソワソワしながら聞き耳を立てた。
ガレットまでも身を乗り出してくる始末だ。
「フフ……それはね」
心結がモンチラ達に過去を語りだした。
私が新入社員だった頃の話だ。
慣れない仕事に追われ、体力的にも精神的にも疲れていた。
その日は気分転換をしたくて、いつものランチの店ではなくて
焼き立てのパンが美味しいという店でパンを買った。
何気なく散歩しながら歩いていると、大きな公園を見つけたの。
「天気もいいし、今日はここで食べますか」
心結はベンチに座り、恨めしい程の青空を見つめた。
こんな天気のいい日に仕事なんて、やってられない。
いっその事このまま逃亡してやろうかしら!
なんて物騒なことをちらりと考えながら袋からパンを取り出した。
先ほどの店で買ったメロンパンだった。
店のイチオシ商品で、どうやら焼き立てのようだ。
香ばしい香りを嗅いだだけで、お腹が鳴った。
「いただきます!」
行儀は悪いが、一口がぶりと豪快に噛り付いた。
(ん!? 美味しい!! サックサク!
バターの香りもたまらん~。
あたりだな、あのお店!!)
夢中で食べ進めていると、どこからともなく猫の鳴き声が聞こえた。
「にゃあ~ん」
気がつくと若年期のネコだろうか
心結の足元を行ったり来たりしているのがみえた。
トラ柄の野良猫だった。
少し瘦せていて毛並みもパサついた目つきの鋭い猫だった。
「にゃ~ん、にゃぁ~ん」
明らかに甘えて餌をねだっている声だった。
(きみ……見かけからして、そういう甘えるキャラに
みえないにゃんこなんだけど)
「にぁーん、にゃーん……」
しかしその目つきの悪い猫は必死に甘えた声をあげていた。
(どうしよう……パンってあげていいのかな。
でもな、勝手に餌をあげるのは無責任だしな)
悩んでいると、その猫はベンチの上までジャンプしてきて
心結の隣まで近づいてきた。
「にゃーん」
(そんなうるうるした目で見ないで、その目に弱いのよ。
あーもうちょっとだけだよ)
心結がメロンパンをちぎって、あげようとした時だった。
いきなり野良猫が心結の左手にネコパンチをあびせた。
「ひぃやぁぁあ」
あまりの衝撃に3分の2ほど残っていたメロンパンを
手からポロっと落としてしまった。
それが狙いだったのか、そのトラ柄の野良猫はメロンパンを
サッと素早く拾うと、そのまま茂みの方へ逃げた。
逃げる一瞬心結の方へ向き直り、ネコはドヤ顔をした。
おそらく人間だったらこう言ったのだろう。
「とろいんだよ、バーカ」
鍵しっぽを揺らしながら、そのまま茂みの中にジャンプした。
あまりの出来事に唖然とし
ちょっぴり残っているパンをもっている右手と
ネコパンチを浴びせられた、左手を交互でみる。
爪を立てられなかったのが、唯一の救いなのだろうか……。
「こんのぉぉ~トラにゃんこめー!許さん!」
我に返るとふつふつと怒りが湧いてきた。
悔しくて逃げ去った方の茂みへとかけだしていた。
何処にいった、泥棒にゃんこ!!
しばらくその付近を捜したが見つからなかった。
やられた……。なんて日だ……。
項垂れながらトボトボとベンチにもどり
残りのパンを食べようとしたらスマホがなった。
(やばっ!もうこんな時間か会社に戻らないと)
行きとは違う方向で会社に戻ろうとして遊具の横の脇道へ
入ったところでそれに遭遇した。
「んにゃ……にゃ…」
さっきの泥棒トラ猫と灰色の小さい子犬?
うしろ姿なのでよくわからないが、二匹いるのが見て取れた。
しかもトラ猫が、心結から奪ったメロンパンをその子犬に
与えているところだった。
(子犬に与えるためだったのか……)
自分は食べずにその子犬にすべて渡しているようだった。
(いいとこあるじゃん……って、窃盗犯だけどな、あんた
人間だったら即逮捕案件だからね)
心結は苦笑しながらも、その二匹の様子をそっと
しばらく立ち止まってみていたが、再度スマホがなった。
「やっばっ、本当に急がないとマズイ」
それが心結とトラ吉の初めての出会いだった。
ということがあったの。
『ミユウ……ラシイナ』
ガレットは盛大に笑った。
他のモンチラ達も悪いと思いながらも肩を震わせている。
「まさか猫パンチされて、ロメンパンを強奪されると
思ってなかったよ、私だって」
『ソノネコサントハソノゴ、ドウナッタンデスカ?』
笑いを堪えながら、黒モフモンチラちゃんが言った。
「色々あったけど、めちゃくちゃ仲良しになったよ。
というか、そのトラ吉を抱いているときに異世界転移
したくらいだからね」
モンチラ達は目を見開いた。
『ソノネコサンガ“ゲート”二!?』
「それはどうだろ、わからないけど。
メロンパンを見るたびにその時の事を思い出すの。
今となっては笑い話だけど、当時はしばらく落ち込んでいたよ。
でもね……大切な思い出なの」
心結は、はにかむ様に微笑んだ。
モンチラ達もつられて一緒に笑った。
ピピピピッ
発酵が完了したことを告げるタイマーがちょうどよく鳴った。
「そろそろ時間だね。じゃぁ最終仕上げにいきましょうか」
『ハイ』
メロンパン作りを再開させる一行であった。




