36.奇麗な花には毒がある!?
どこから話を切り出していいか、心結は思案していた。
(どうしよう、誰かがリオネル王太子の命を狙っています!
なんて急に言ったらまずいよね。
証拠が自分の危険回避スキルだけだしな、信じてくれるかな)
そんな心結の葛藤を感じ取ったのか、リオネルが言った。
「心結さん、遠慮なく言ってもいいよ。
それがたとえ残酷なことでも覚悟はできているから」
そういいながらも、その表情はもの悲しげだ……。
心結が苦しそうに困った表情で、目でジェラールに訴えた。
ジェラールは静かに黙って頷いた。
「危険回避スキルが発動したのです。
私の特殊スキルの一つです。
おそらくですが、このクリーム色の花と香炉が原因だと思います」
「バニーユリリィが危険だと?
確かこの花は、隣国にしか咲かない珍しい花でしたよね」
「隣国の王家からのお見舞いの品の中の一つだ……。
毎月大量に送ってきてくれるので飾っていたんだ
奇麗な花だったしね」
リオネルは自嘲気味に語って目を伏せた。
「あくまで私の世界の話ですが、ユリはネコ科にとっては
危険な毒なのです。少量でも口にしてはいけないとさえ
言われているくらいです」
リオネルとジェラールは、衝撃を受けたのか固まっていた。
「だからこの量はいささか常軌を越していると思われます。
この香り、花粉を長期に渡り吸い込んでいたとなると
少なからずリオネル王太子のお身体に影響を及ぼすのではと」
「そんな……」
もともと青白い顔色のリオネルが、更に顔面蒼白になった。
「それ以上にこのむせ返る香りに、お二人が気が付かない
というのも解せません!
そこに何か意図があるとしか思えません」
二人は押し黙った。何かを思案しているようだ。
「念のために、どなたかリオネル王太子が信頼を置ける方で
ネコ科以外の方に、この現状を確かめていただきますか?」
躊躇いながらも遠慮がちに、提案を投げかけてみる。
「いや……。心結ちゃんを疑っているわけではないぜ。
事は思っているより複雑で、やっかいな案件みたいだな」
唸るようにジェラールは呟き、更に眉間の皺を深くした。
「そうだね。闇が深そうだ……」
リオネル王太子は、そのままベッドにあおむけに倒れこんで
天井を見上げながら力なく言った。
「香炉の方は、俺が持ち帰って秘密裏に中身の成分を調べて
おきますが、構わないですか?」
「よろしく頼むよ」
(よかった。本当は窓からぶん投げてやろうかと思ったけど
証拠品は大事だもんね!)
「一先ず、このバニーユリリィは私が持ち帰ります。
どこに内通者がいるかわかりませんから
こちらで成分を調べてから処分しますね。
もし誰かに何かを聞かれましたら……
人型のわがままで全て持ち帰ったと言ってください。
ジェラール様、勝手を言ってごめんなさい」
「かまわないぜ!心結ちゃん」
「ありがとう。心結さん心強いよ。
見かけによらず……大胆で強い方だね!それに美しい方だ
健康そのものでキラキラしているよ」
(今日一で素敵な笑顔を、リオネル王太子から頂きました!)
「そもそも、バニーユリリィは何故お見舞い品として
リオネル王太子の元へ送られて来るようになったのですか?
香炉の中身の香木?もそうですが」
「バニーユリリィは隣国でも高級な花だ。
一般的に流通するものではない。
だからこそお見舞いの品に相応しいと思ったか……。
それとも何かそこに意図が働いたのか……。」
「……………。」
リオネルは悲痛な顔でただ、心結とジェラールの話を聞いていた。
「リオネル王太子のリクエストか何かですか?」
「いや、僕は一度も望んだことはない。
いつからか、急に大量に届くようになったかな。
さして疑問にも思わなかったよ、今日まではね……」
どこか遠い目をしながら、力なく笑って言った。
「これは経緯や入手経路を、再度調べた方がいいようですね。
そもそも王家への贈り物ってどこが管理しているのですか?
然るべき担当部門的なものがあるのですか?」
「あるぜ。王族ともなれば、それぞれの担当者がいるな。
リオネル様は、たしかネコ獣人の伯爵家だったか。
何だったかな……」
思い出そうとして、ジェラールが宙を見て尻尾を揺らしながら
その場を行ったり来たりした。
「ん!そう言えばあの家エーデル妃の親戚筋のひとつだよな」
「まじかよ!! 怪しさ満載じゃない!
あっ、申し訳ございません。心の声が出ちゃいました」
「フッ……」
「ハハハハハハ!相変わらず心結ちゃんは自由だな」
張りつめていた空気が一瞬和んだ。
「糸口が掴めそうだな。
今日の件もあわせてさりげなく調べておきます。
それはまた近いうちに」
ジェラールは心結に、そろそろお暇するぞと目配せをした。
「リオネル王太子、どうかくれぐれも無理をなさらないように」
「ありがとう、心結さん。あなたも気をつけて」
寂しそうに儚げに微笑んだ笑顔がなんだかせつなくて
心の奥がきゅっと痛んだ心結であった。




