35.儚げな人……
しっかりと美味しいランチも食べたし、準備万端だ!
いざ離宮へ向かいたいと思います。
どうかセラフィン殿下と遭遇しませんように!!
離宮だから、大丈夫だよね!ねっ!ねっ!
よくわからないけど、念を押してみた。
今日もやっぱり狼執事様も、一緒に登城するのですね。
離宮にあるジェラール様の執務室で、書類の確認や
本棚の整理をするらしい。
「リオネル様に失礼なことをするなよ。
お前と違って繊細で上品なお方だからな!」
そう言い残して、反対方向にある執務室へと消えていった。
「ジェラール様!! 今度……
陰険執事様に、一発お見舞いしてもいいですか!?」
拳を握りしめて、後姿を思いっきり睨みつけてやった。
「ハハハ!好きなだけいいぞ」
「本当に失礼だから!人をなんだと思っているの」
「あいつなりの心配の仕方だ、あれでも。
この前心結ちゃんが言っていた“ツンデレ”ってやつだ」
「デレの部分があるのですかね、あれ。ツン100%です」
そんなことを話しながら歩いていると、廊下の最奥に
大きな飾り扉が見えてきた。
(そういえば、ここに来るまでに護衛騎士さんも
いなかったし、この扉の前にも従者さんも控えていないな)
コン、コン。
ジェラールが軽くノックをすると、中から返事が返ってきた。
「どうぞ、開いているよ」
ジェラールの後に部屋に入ると、甘いバニラのような
むせ返る香りに迎え入れられた。
(なっ!なにこの甘ったるい香り!!頭がクラクラする)
正体を探ろうとあたりを見回すと、不自然なくらいに
ユリらしき花が、至る所にいけられていた。
身体の中から、ざわざわしたものが沸き上がる。
(あぁ……これは危険回避スキル発動案件だな)
と思うが否や、この前と同様に心結の頭の中に、
様々な動物たちの唸り声が響いた。
(だめなやつじゃん!この花なの?それとも他に!?)
一先ず何とか耐えて、ジェラールと共に部屋の主の所まで
進みゆくと、ベッドの上で背もたれクッションにたくさん
囲まれたライオン獣人の青年がみえた。
ロータイプのベッドテーブルで執務をしているらしい。
「やぁ……、ジェラール叔父さん。
そして心結さんかな?
僕は第一王子のリオネル=ランベールだよ。よろしく。
こんなところからでごめんね」
そういってふにゃりと優しげな笑顔でほほ笑んだ。
リオネル王太子の第一印象は、儚げな人……。
その一言につきる。
ライオン獣人なのに、ここまで穏やかでふんわりした
空気を纏っているのが不思議なくらいだった。
(あっ!やっぱり国王様と同じ、オッドアイだ!)
「はじめまして、桐嶋心結です。
こちらこそ貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。
お身体の具合はいかがでしょうか?」
「ありがとう。今日は比較的調子が良いんだ」
改めてしっかりとリオネルと向き合った時に
心結は驚きのあまり、息が止まりそうになった。
「………………!?」
(どうしよう……国王様と同じような赤黒い靄のような
ものが全身に視える!!
国王様より色は薄いけど、こっちの方が重症なのかな)
「心結ちゃん!?」
「心結さん?」
衝撃過ぎてもはや、顔に出ていたのだろう。
それにこの甘い香り!!耐えられん!!
リオネルのベッドの傍にある、香炉からは別の香りだが
更に毒々しい強い香りが立ちこめている。
(ヒィィィィ、なによこれ!!もうヤバいよ)
「リオネル王太子、不敬なのは十分承知していますが
どうか私が今からすることをお許しください」
そう叫ぶと、部屋中の窓という窓を開け始めた。
挙句の果てに、香炉へピッチャーに入っている水をかけた。
たね火を消してから傍にあった布を勝手に拝借し
ぐるぐる巻きにして香りが漏れないように密封した。
「心結ちゃん!!一体どうしたんだ!?」
「…………!?」
ご乱心か!?っていう行動だったと思う。
でもこれはもう見て見ぬふりはできない!
「このバニラのような甘い香りが駄目です!!
ジェラール様は気になりませんか?」
「甘い香り?この部屋がか?かすかにはするが特には」
心結はその発言に、目を剝いた。
「えぇ?噓でしょ!!
転んで香水全部ぶちまけたような香りがしますが!!
頭がクラクラするのです。」
ジェラールとリオネルは、心結の発言がわからない
というように二人そろって首を傾げた。
(もしかしてネコ科には無味無臭にしか感じられないとか?
それが狙いだとしたら、逆に恐ろしい……)
「この香炉は特に危険!!」
その発言を聞いて、今度はリオネルがカッと目を見開き
息を飲んだ。
(なんだかな……。もう確実にアウトじゃん)
「信じていただけるかわかりませんが……。
お話をきいていただけますか?」
あまりにも心結の必死で真剣な表情に、二人は黙って頷いた。




