160.繋がりました
異世界から戻ってきて一年……。
一日たりともラウルさんを忘れることはなかった。
でも私の中の黄金の宝石の欠片は何も変化がなかった。
というよりか体の何処にあるかさえわからなかった。
古民家カフェもなんとか軌道に乗り
週末になるとあらゆる動物を連れたお客さんが来てくれている。
と言っても一人ですべてをこなしているので
今のところは、金・土・日の3日しか開いてないカフェだ。
殿様商売と言われても仕方がないくらい緩い経営だ。
でもやる時には無理をしないと決めた。
もちろんトラ吉も常連さんの一人だ。
勝手にやってきて、勝手に縁側で寛いで……。
時にはお客さんを連れてきてくれることもある。
立派な看板猫、もとい営業部長だ。
もしかして私の作る“スペシャル猫様ランチ”が
目当てなのかもしれないが……。
“ライウルドカフェ”と名付けたこのお店。
看板には百合の花と狼のレリーフが掲げられている。
もちろん私のエプロンも狼モチーフが刺繍されている。
お店の中にも外にもいたるところに狼のグッズや置物が
置かれているので、密かに“オオカミカフェ”とも
呼ばれているそうだ。
あの黄金のコンパクトにかんしては、少し変化があった。
下の部分にあった数字の振られていたダイヤモンドのような
大きな宝石に変化があった。
ちょうどライウルドカフェが軌道に乗り始めて……
私のモフモフ三昧が始まった頃からだったと思う。
数字の1番がふられているブロックが下の方から
少しずつピンクに染まり……
一昨日ついにそのブロックがすべて染まった。
そして今は2番目のブロックの半分が黄金に染まっている。
どうしてこのような事が起こり始めたのかはっきりとはわからない。
でも……確実に“モフモフ”がかかわっている気がするのよね。
私がモフればモフる程……染まっている気がしてならない。
まさかここにきて……
特殊スキルの“無類のモフモフスキー”が効いてきている!?
心結はお風呂上がりでキャミソールと短パンで寛ぎながら
アイスティーを飲みながらコンパクトを指でつついていた。
「ラウルさん……。
会いたいよ……。
会いに来てくれないと浮気しちゃうぞ」
そう言いながら、コンパクトの1番のブロックを更につついた。
すると何故かその日に限ってコンパクトから
ぱぁぁぁぁぁぁぁと目が眩むほどの光が発せられた。
「眩しい!!」
しかしその光は数秒で収まった。
(なんだったの一体?)
目をシパシパさせながらコンパクトを改めて覗いた。
数字の1が青白く点滅している。
「えっ?知らないうちに何か発動しちゃった!?」
心結が唖然としながらその点滅にくぎ付けになっていると
奥の部屋の方からガタンと大きな音がした。
やだ、何……。
ねずみとかならいいけど違うものだったらどうしよう。
こんな夜に得体のしれない音はよろしくないわよ。
今は古民家カフェの母屋の方で心結は一人で暮らしている。
その使ってない奥の納戸の方から音がする。
こういう時に限ってトラ吉もいない。
心結がここに一人暮らしをするようになってから
多くの動物がひっそり遊びに来るようになった。
この一帯のボス猫トラ吉の号令なのだろうか……。
猫ちゃんはもちろんの事、りすの親子が遊びに来たり
庭の大きな木には玄関を見張る様にカラスが二匹
とまっていることもある。
最初見たときは、びっくりしたよ。
カラスって思いのほか間近でみたらでかいのよ!
夜にはフクロウが来たこともあるの。
ここって結構都心のはずなんだけどなぁ……。
黄金の梟ではないけれど、アナースタシア様だったりして
なんて思って“アナちゃん”と密かに呼んでるわ。
そんな感じで……
あらゆる野生動物が心結の警護にあたってくれている気がする。
私は勝手に“モフモフ警備隊”と呼んでいる。
それなのに今日に限って誰もいないのよね。
みんな今日は非番なのかしら。
音は相変わらず今もゴトゴト聞こえる。
心結はフライパンを片手に納戸の方へむかった。
相変わらず、ゴトンと大きな音がきこえる。
どうしよう……。
携帯は持ってる……。
よしっ……。
心結は思い切って納戸の扉を開いてみた。
そこには暗闇の中から光る眼が4つ見えた。
こちらをみてギラギラと輝いていた。
「野生動物……?」
と、心結が構えた時、それはいきなり飛び出してきた。
『ミユウ!!』
『アイアタカッタ、ミユウ!!』
二つのモフモフの塊が心結に甘えるように抱き着いていた。
モンチラ達が納戸から飛び出してきたのであった。
「ノワール!? ブラン!?
どうして?えっ?えぇ?」
心結はパニックになっていた。
それでもしっかり胸に抱いてモフることはやめない。
(そうよ、これこれ!!
最高のモフスベはモンチラに限る!)
相変わらずどんな状況でも変態である。
そこに追い打ちをかけるように更に何かが
納戸の奥のほうからやってくるのが見えた。
その時だった……。
初めて心結の胸がドキンと大きな鼓動をならした。
胸が熱くなり……光ったきがした。
「お前ら……勝手にすすむなと言っているだろうが」
そんな声が聞こえてきた。
納戸から這い出てきたのは……
心結が会いたくて会いたくて恋焦がれていた狼だった。
「…………!!」
そこだけ時が止まった気がした。
二人は黙って見つめあう事しかできなかった。
モンチラ達もそんな二人をそっと横で見守っていた。
ラウルさんだよね?
でもどうして、なぜに納戸から!?
まさか納戸と異世界が繋がった!?
やだ今日から“納戸が異世界に繋がりました”の章が
始まるのかしら。
パニックのあまり訳の分からないことを考えていた。
そんな沈黙を破ったのはラウルだった。
「心結……」
狼はそっと心結の傍に寄っていき……
心結の肩に頭をのせて、そのあと甘えるように頬ずりをした。
「ラウルさん……」
心結もぎゅっと狼を抱きしめた。
「会いたかった……。
毎日心結を想っていた……」
そう言って狼は鼻先で心結の頬にキスをした。
そんな甘い雰囲気が始まろうとした矢先……
大きな梟が飛び込んできた。
「ようやく繋がったわね!
よかったわ~調整が大変だったのよ」
梟はテーブルの上で羽を広げて心結達を見下ろしていた。
「えっと……。
もしかしてアナースタシア様ですか?」
「そうですよ。
あなたは無類のモフモフスキーだからすぐに
満タンになると思ったのに随分時間がかかったわね」
そう言って梟は目を細めた。
アナースタシア様が言う事には……
この黄金のコンパクトがやはり鍵になっているらしい。
こっちの世界とラウルさんの世界を繋ぐアイテムなんだって。
これは私がリンデナザールを浄化したご褒美ですって!
何が一番喜ぶかと考えた時に、また二人が会えるように
なるのが一番だと思って急遽作り変えたんだって。
それは私とラウルさんの愛の深さにも心打たれたのもあるし
他のモフモフ達や獣人との強い絆が力になったらしい。
そうでなければ、普通にこちらに帰った後に
黄金のコンパクトは消滅するものだった。
本来の役目以上の力がいるために女神様達は
このダイヤモンドのような宝石を気持ちをこめて作り出したんだって!
女神様達の力の結晶らしい。
それを動かすためには原動力がいる。
でも私の世界には魔力はない……。
だから私のモフモフスキーの気持ちがその原動力なんだと。
「役割と仕組みはわかったのですが……。
この36という数字はなんですか?」
心結がそう言うとアナースタシアはニヤリと笑って言った。
「あなたの変態レベルに決まっているでしょう
その数の分だけ異世界に渡ることができるのですよ」
「えぇぇぇぇぇぇ!!
私の変態レベルそんなに上がっていたんだ……」
喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないな、これ。
「まぁ、夜も遅いので今日はこの辺にいたしましょう。
さぁ、モンチラ達私たちは一旦帰りますよ」
そう言って梟とモンチラは納戸の中に消えた。
ラウルと心結の二人っきりになった。
しかもラウルはいつのまに獣人姿に戻っていた。
「心結……
本来の心結はこんなにも小さいのだな、愛らしい」
そう言って壊れ物を扱うかのように優しく抱き寄せた。
「しかし先ほどの言葉はいただけないな」
急に飢えた獣のような瞳になり、舌なめずりをしながら
ギラギラとした瞳で心結をみた。
「浮気なんかさせませんよ。
俺がどれほどあなたを愛しているか一晩中……
その身に刻み込んであげますから……」
そういって怖い程美しい笑顔を浮かべて心結を横抱きにした。
「ラ……ラウルさん?」
コンパクトに向かって言ったあの言葉きこえてたの?
いや、そういう浮気じゃなくて
モフモフ浮気というか……。
そんな言い訳を心の中に呟いているうちに……
ラウルに寝室まで運ばれてしまった。
「ラウルさん……落ちついて……ちょ……」
ラウルさんにベッドに押し倒されております。
こんなにも肉食獣だった?
「待ちません、あなたを手放すつもりもありません」
そう言って銀髪碧眼の美貌の狼獣人は
熱に浮かされた瞳で心結を見下ろしていた。