159.思い切ってやってみた
それからというもの……通常の生活が戻ってきた。
帰ってきてすぐは、モフモフロスに心が病みかけた。
主にラウルさん不足だったと思う。
でも人間は強いもので……。
今となってはモフモフがいない事が当たり前の生活に慣れた。
それでも休みの日には、公園でトラ吉をモフった。
猫カフェやフクロウカフェ……
果てはカワウソカフェまであらゆるモフモフ巡りの旅に
出かける日々を過ごした。
もちろんあの時以来トラ吉が人間の言葉を話すはずもなく
普通の家猫として心結の膝で寛ぐ日々だった。
「トラ吉……ラウルさん元気かな?
あっ、トラ吉にとってはシルバーか」
心結は膝の上のトラ吉の背中を撫でながらそう言った。
「にゃーん……」
トラ吉はチラリと心結の顔をみてから……
ひいき目に言ってもあまり可愛くない声で一言鳴いた。
元気でやってんじゃねぇか……かしらかね?
今のにゃーんは……。
それとも、俺の顔を見るたびにその質問やめろかな?
少し不機嫌そうに心結の膝に尻尾をぴしぴし当てながら
トラ吉はうにゃうにゃ何か言っている。
(これは説教的な何かを言っているな)
言葉は通じないけれども以前よりもトラ吉と心が
通じ合っている気がした。
それでも心結の心が満たされることはなかった……。
そして数か月後……。
心結は引っ越しの準備に追われていた。
異世界から戻ってきた心結は悩んでいた。
このままでいいのだろうかと。
ただ何となく会社に行って働き……
友人たちと遊び……モフモフ達とも戯れる日々。
そんな生活が嫌になった訳ではない。
でもなぜか以前のようにこの生活がしっくりこないのだ。
だからなのか……
昔から密かに憧れていた“カフェ”を開きたいと
心の中でその気持ちが再燃していた。
ただのカフェではない。
動物同伴で気軽に来られるカフェだ。
犬、猫問わず……
あらゆる動物が来られるカフェを開きたいと思っていた。
できればその中で動物の保護活動とかにも協力できれば
いいなとさえ思っていた。
そんな事を思いながら歩いている時だった。
公園の前にある古民家から鮫島のおばあちゃんが
出てくるところに出くわした。
「こんにちは」
「心結ちゃん、こんにちは。
いつもトラ吉を可愛がってくれてありがとね」
鮫島のおばあちゃんはそう言って微笑んだ。
「いいえ、私こそトラ吉にはたくさん癒されています。
ところでこの古民家は鮫島さんのお宅だったんですか?」
「まぁそのうちの一つなんだけど……」
そう言って鮫島のおばあちゃんはため息をついた。
(鮫島のおばあちゃん……
もしかして、この辺りの地主さんだったのか?
只者ではないとは思っていたがとんでもない土地持ちだったよ)
「何かあったのですか?」
「それがね……
孫が古民家カフェをやりたいと言い出してね
色々と準備をしていたんだけどねぇ……」
(古民家カフェですと!
いいなぁ……憧れるわ……。
ここのお屋敷、庭も広そうだしドッグランとかも作れそう)
心結は密かに心の中で想像してトリップしかけた。
「外人さんと恋に落ちたとかで……
その人を追っかけてヨーロッパまで行ってしまったんだよ」
(凄い行動力だな。
でもちょっぴり羨ましい……)
「その熱意が伝わったとかであちらに移住する事になったと
先ほど連絡があってね。
一生に一度の大恋愛だそうだ。
もう、勝手なんだよあの子は昔から」
そう言いながらも鮫島のおばあちゃんは嬉しそうだった。
「改装もほとんど終わっていてあとは開店するだけ
だったのにねぇ……」
そう言いながら古民家を見上げていた。
「それならばこの古民家カフェ……。
私に貸していただけませんか?」
心結は思わずそう口に出していた。
鮫島のおばあちゃんは鳩が豆鉄砲くらったかのような
顔をしていたが……
直ぐに笑顔になって何度も頷いた。
「心結ちゃんなら安心して任せられるわ。
どうぞ好きに使って」
まさに渡りに船とはこのこと。
そしてトントン拍子に契約も進み……
信じられないくらいの破格の値段で貸してくれる事になった。
どうせ遊ばせていた土地だから好きに改築しても
かまわないというお墨付きだ。
まさかこの世界でも幸運や財宝の神ヘルメース様の
恩恵がまだ残っているのかしら私!?
と思えるほどの幸運の出来事だった。
そこからの心結の行動は早かった。
カフェの開店準備期間などを考えて……
早速次の日に退職願いを出した。
会社は直ぐに辞められるわけではない。
引継ぎやその他のプロジェクトをちゃんと軌道に乗せてから
三か月後、心結は円満退職をした。
気がつけば異世界から戻ってきて半年が過ぎていた。