158.置き土産なのか?
心結は久しぶりに自分の部屋に戻った。
公園から5分ほどの距離にある小綺麗なマンションだ。
5階の角部屋で1LDKだ。
歳の割にはいい部屋に住んでいると思う。
駅からも近く、閑静な住宅街にあるのが魅力だ。
近くには商店街もあって本当に便利。
(まっ、親の持ち物なんだけどね~)
「ただいま~」
誰かいる訳でもないのに、帰宅時はいつもこのセリフを言ってしまう。
部屋の中は不思議と出て行った日のままの状態だった。
冷蔵庫の中身の食材も全く傷んでいない。
部屋の中は綺麗なままだった。
正確なところはわからないが、リンデナザールには
すくなくとも三か月近くは滞在していたと思う。
でもテレビのニュースを見る限り……
こちらの世界では10日程しか経っていなかった。
ちょうど運よく大型連休期間であり……
それにあわせるように有給消化の為に休みをかなり取得していた。
まだお休み期間が残っているくらいだ。
その為に運がいいのか悪いのか
連絡が多少取れなくてもさほど気にはされなかったみたいだ。
スマホのLINEなどにはちらほらと連絡は来ていたが
それはいつもの事だ。
早く返信をしろや!
とあとで友人に多少叱られるくらいの事だ。
時間を司る神ウール様のなせる技だったのかしら。
あまり時間のズレを感じないな。
そんな事を思いながら心結は着替えようと洗面所にむかった。
そこで、鏡に映る自分をみて一瞬目を剥いた。
黒髪で黒い瞳の大人の女性がそこにはいた。
いやいやいやいや。
これが本来の私の姿だから。
心結はどちらかというと……
背が低く可愛らしい童顔の女性だった。
異世界では……
黒髪でサラッサラッの腰までのロングヘアーで
紫水晶を嵌め込んだ様な紫眼のスラリとした
美少女だったからな。
すっかりあの姿に慣れていたよ。
いやー慣れって恐ろしい。
あれは着ぐるみを着ていたようなものだ。
おかえり、本来の自分。
心結はそう心のなかで呟くと
久しぶりの我が家のユニットバスのお湯につかった。
心結は大好きなフルーツティーを飲みながら
モフモフの犬のぬいぐるみを抱いていつもの位置に座った。
「ふぅ……」
普段なら、モンチラちゃん達がすぐに寄ってきたり
狼のラウルさんが甘えてきたり……常に誰かが傍にいたな。
一人ってこんなに静かだった?
駄目だ……思い出したらまた泣いちゃう。
心結は涙が零れないように上を向いて耐えた。
(それより……これどうしよう。
と、いうか、これはどういう意味なのだろう)
机の上にある黄金のコンパクトを見つめた。
正真正銘あの時のコンパクトだ。
異世界の産物である。
表面には肉球の欠片がキラキラと光っている。
ドキドキしながら開けたが、特に何も起こらなかった。
ご近所さんにご迷惑にならない程度のボリュームで
一応“ステータスオープン”とも叫んでみた。
うん、何も起こらなかったよ。
恥ずかしさは異世界で初めて叫んだ時の100倍恥ずかしかったけどね。
(記念品的なものなのか?)
その日一晩中眺めたり、開けたり閉めたりしたが
何も起こらないまま朝を迎えてしまうのであった。




