157.普通の日常
気がついた時には、いつもの公園のベンチの上だった。
異世界転移の時にはなかった鞄も今はちゃんと横にある。
念のために中身を全て確かめたが問題なくあった。
あの出来事は夢だったのか?
まさかの夢オチ?
と思ってしまうくらい普通にベンチに腰かけている自分がいた。
膝にトラ吉はいなかったけどね。
見慣れている遊具。
少し離れたところにある噴水……。
花壇の花も特段変わった花は植わっていない。
七色に花びらが輝いたり……音がなったり
大きさが極端におかしいものなどあるはずもなく。
小さな可憐な花が綺麗に咲いているだけだった。
そう、あの日と何一つ変わらない景色が広がっていた。
(帰ってきちゃったか……。
いや……無事に元居た時代、元居た場所に戻れたんだもん。
感謝しないとね)
いっそう夢だったと思った方が幸せかな。
きっともう二度と会えることはないだろう……。
時間の流れが違うからな……。
詳しい事はわからないけど隔たりがかなりあると
ラウルさんが言っていた気がする。
考えたら恐ろしい。
もしかしたら私の1年がラウルさんの10年かも知れない。
逆もしかりだ……。
傍で一緒に年を取りたかったな。
心結は空を見上げながら愛しいモフモフの狼を思った。
「心結……」
ラウルさんの甘いバリトンの声が聞こえた気がした。
何故かすごく泣けてきた。
最初は一筋の涙が零れただけだったと思う……。
でも今は……
あとからあとから涙がこぼれて止まらない。
「っ……うう……っ……」
いい大人が公園のベンチで一人泣きじゃくっている。
犬の散歩に来たのだろう。
心結の前を通る人が泣いている心結をみて
一瞬ぎょっとして、ばつのわるそうな顔をして通り過ぎる。
(女性が一人でこんなところで泣きじゃくっていたら
それは目立つよね……)
若い夫婦だろうか、ちらりと心配そうに視線を投げながら
通り過ぎてゆく。
失恋とかではないです。
私は大丈夫です。
目から流れでるしょっぱい水の回路がおかしくなって
止まらないだけですから……。
いや、ある意味失恋なのかしら?
泣きながら心結は冷静に自分にツッコミを入れていた。
それでも涙は止まらなかったから……
人目も憚らず泣いてやったわ。
そしてやっとしょっぱい水の回路が正常に戻った頃
空には鮮やかな夕日が浮かんでいた。
もうそんな時間なのね。
どこかの家が夕飯の支度をしているのだろう……。
美味しそうなカレーの香りがしてきていた。
「ぐうう……」
心結のお腹がなった。
「フフフ……やだ……。
悲しくても人ってお腹はすくのね……」
泣いているのか、笑っているのかわからない状態になっていた。
そして信じられないくらいの空腹におそわれた。
「帰りますか、我が家に」
と、立ち上がるとコロンと何かが足元に転がった。
「噓でしょ……」
そこにはあるはずがないものが光っていた。
持ってきた記憶はない……。
心結の目の前に黄金のコンパクトが落ちていた。




