156.約束……
離れたくないよ……。
どうして今なの?
こんなに幸せの絶頂にさせておいて……酷いよ。
女神様……聞いていません!!
楽しいモフモフの旅ですよね。
モフモフ達と戯れるだけの簡単のお仕事です!
というお話でしたよね!!
こんな人生を左右するような出来事に遭遇するなんて
聞いていませんよ……私。
ただの遠距離恋愛じゃないんだよ。
電話や手紙も出せないんだよ。
ましてや簡単に会いにもいけない距離だよ。
会いたくなったらどうすればいいの?
そんな心結の気持ちが痛い程伝わるのだろう。
ラウルはただ黙ってずっと抱きしめていた。
ラウルの胸板から伝わる熱と心臓の鼓動が聞こえる。
しばらくして心結は深い息を吐いてラウルを見上げた。
「落ち着いたか?」
ラウルの低い優しい声が心結を包んだ。
「うん……」
この人が好きだ……。
この美しい狼獣人は私の全てだ……。
「泣かないで……心結。
俺は笑っている心結が一番好きだ……」
そう言ったラウルの瞳も悲しげに揺れていた。
「ラウルさん大好きです。
あなたは私の全てです」
心結は後ろ髪を引かれる想いをぐっと我慢して
精一杯の笑顔でそう告げた。
「心結!!」
そう言って微笑む心結は酷く儚げにみえた。
「俺も大好きだ……。
できる事ならどこか遠くに攫っていきたい」
ラウルは優しく心結の頬に口づけを落とした。
「素敵ね……それ。
このまま二人でどこかでひっそり暮らしちゃおうか」
できる訳などないとは知っていながら二人は
互いに目を合わせ微笑みあった。
「ラウルさんのお嫁さんになりたかったな。
そしていっぱいの可愛いモフモフの子供たちに囲まれて
暮らしたかったよ……」
そう言った心結はもう既に手先や足元が透けてきていた。
「いいな、それ最高だな……。
幼体の狼は信じられないくらいモフモフだぞ。
俺と心結の子供達だ……
最高に可愛いモフモフに違いない」
嬉しそうにラウルは目を細めた。
「フフフ……きっと最高のモフモフだね。
でも私にとっての最高のモフモフは……
ラウルさんただ一人だけだから」
「心結……」
ラウルが優しく心結の頬に手を添えた。
そしてゆっくりと顎を持ち上げて口づけた。
「んっ……ぁ……」
ラウルの気持ちまで伝わってくるような優しい口づけだった。
一度口を離すとラウルは熱い吐息のまま呟いた。
「心結……愛している」
その時にはもう心結の体は半分透けていた。
「ラウルさん……」
抱きしめたくても……
もうそれも叶わなくなってきていた。
それでも心結もラウルもお互いを離さないでいた。
何度も角度をかえて熱い吐息を交わらせた。
「好きだ……」
「んっ…………っ」
もうほとんど心結が消えてなくなろうとしていた時だった。
ラウルは胸に揺れている黄金の宝石を牙で割った。
その欠片を口に含むと……
心結に口移しで飲ませた。
「んっ?ちょ……ラウルさん……!?」
心結は突然の事で思わず欠片を飲み込んでしまった。
「ごめん……勝手な事をして。
何か心結の中に俺の証を残したくて……」
ラウルは、心結に怒られるのかと思って……
獣耳を伏せてちょっぴり泣きそうな顔をしていた。
その様子が可愛くて……密かに萌えた。
「嬉しいよ……。
これでいつでもラウルさんと一緒だね」
心結はそう言ってラウルに微笑んだ。
ラウルはほっとしたような表情になり
獣耳が嬉しそうにピコピコと揺れた。
よく考えたら欠片とはいえ……
宝石を飲んじゃうなんて凄い事だ!
だけど不思議と嫌じゃなかった。
(番に対する狼の溺愛すごいな……。
ある意味最強のマーキングされたのか私)
嬉しいような怖いような?
健康診断とかでひっかからないかな、これ。
レントゲンに写ったら大騒ぎ案件だよ!
なんて現実的な事も考えちゃったりもした。
でもこれが新たな媒介になってくれればいいな……。
そうしたらもう一度会えるのかな。
そう思ってしまう私も相当重症だな……。
いよいよ心結の体がほとんど見えなくなってきた。
かろうじてうっすらと全体がみえるくらいだ。
そんな心結にラウルは言った。
「たとえ離れていても心は一つだ。
俺は世界中の誰よりも心結の事を愛している。
必ず迎えにいく、約束だ」
ラウルの目は本気だった。
だから私も本気で答える。
「うん、約束ね。
ラウルさん……私もあいして……る」
そう言って心結は淡い光の粒になって……
ラウルの腕の中から完全に消滅した。
「心結……」
ラウルはその光の一粒までもを見送る様に
その場にずっと佇んでいた。
心結が元の世界に戻った日……
ランベール王国に悲しそうな狼の遠吠えがいつまでも
響いていたという。