154.重なりあった思い……
トラ吉は……
ラウルさんことシルバーの安否をずっと心配していた。
ラウルさんは……
兄貴ことトラ吉の生死がどうなったかを心配していた。
きっとお互いもう一度会いたかったのだと思う。
私がジェラール様のお屋敷で開催した七夕祭り。
その短冊に書いた、もう一度会いたい人ってきっとトラ吉の事だ。
そんな二人の思いが偶然にも重なり合った。
しかもご丁寧に紫の宝石まで共有している。
ならばトラ吉が異世界転移するのが正解じゃない?
私は何処に関係してくるの?
あの時私がトラ吉を抱いていたから……
巻き込まれちゃった感じ?
それならば私とトラ吉が一緒にこの世界に来るのが正解じゃない?
どうして私一人だけだったんだろう。
わからん……。
「心結どうしたんだ、そんな難しい顔をして」
眉間に皺をよせて考え込む心結を心配そうにみた。
「いや……。
改めてどうして私がこの世界に転移したのかなって思って。
私よりもトラ吉が来た方がよかったと思うんだけど」
心結は相変わらず難しい顔をしていた。
「いや、大正解だと思うぜ」
そんな心結に対してトラ吉はきっぱりとそう言った。
「えっ?なぜ?」
心結は思ってもみなかったトラ吉の発言に驚き……
目を大きく開けて何度も瞬きをした。
「俺はお前たちのそういう姿が見たかったんだ」
そう言ってトラ吉は穏やかに微笑んでいた。
「俺たちの姿ですか?」
ラウルは自分の胸に寄り添っている心結を見つめた。
そんな心結はラウルの尻尾を愛おしそうに抱いて
自分を見上げている。
そんな心結の手に自分の手を重ねて後ろから
大切にぎゅっと抱きしめている自分がいた。
二人はどこからどう見ても熱々の恋人の姿だった。
バカップルといってもいい……。
「俺はシルバーに人の素晴らしさを知って欲しかった」
「兄貴……」
「こちらの世界はお前にとって辛い事が多かっただろう。
特に人に対してお前は嫌悪と絶望感を抱いただろう。
俺はそんな気持ちを持ったままお前に……
生きていって欲しくなかった」
ラウルはぎゅっと心結の手を握ったままトラ吉の言葉を
ただ黙ってきいていた。
「もっとあたたかい人の気持ちや優しさを知って欲しかった。
俺が今日まで生きてこられたのは、そんな人達に出会えたからだ。
お前にもその温もりを知って欲しかった」
「トラ吉……」
「だから心結とお前を正式に会わせたかった。
心結はいい女だろ?
こんなにも動物に対して愛情を持っている人は
なかなかいないぜ。
心結ならお前の心を溶かしてくれると思った。
まぁ……ある意味モフモフに対してはかなりの変態だけどな」
そう言ってニヤリと笑った。
「トラ吉まで酷いよ……」
(無類のモフモフスキーの変態レベルつきの称号が
ついたのって、トラ吉のせいなんじゃないのぉ!)
心結は口をとがらせた。
「だからあの日……
無意識にそれを願ってしまった」
「えっ?
私がトラ吉を抱いて日向ぼっこしていたあの時?
まさかその願いが届いて私は異世界転移したのか!」
「どうやらそうらしいな」
トラ吉は申し訳なさそうに頭をかいた。
(願う力ってそんなに威力があったっけ?
私がいつも魂の底から願って回すガチャとかは
たいてい欲しいキャラが出ない癖に……)
そういう邪な願いは受け付けません!! (アナースタシア様談)
「兄貴……。
俺と心結を会わせてくれてありがとう。
人型の事をすべて消化できたわけじゃないけれど
俺はもう人型を恨んだりしていない。
それを心結が身をもって教えてくれた」
「ラウルさん……」
心結もぎゅっとラウルの手を握り返した。
「心結は俺にとって全てだ。
きっとこの出会いがなかったら……
一生人型を恨んだままだったと思う」
俺では人の良さは教えられないからな
心結がそっちの世界に行ったことは正解だった。
お前たちが出会って心を通わせて嬉しい。
トラ吉がそう言いたいのだと理解した時……
心結とラウルは互いに目を合わせて、微笑みあった。
「お前たちはそもそも縁があるしな」
揶揄う様にトラ吉は言った。
「どういう事?」
心結は首を傾げた。
「お前……俺からメロメロパン奪われただろう。
それは俺がシルバーに与えるためだったからな。
そう考えるとお前たちは少なからず縁はあるだろう」
「あっ!あの時の子犬ってラウルさんだったのか」
(確かに子犬にトラ吉がメロンパン与えている現場みたな)
「そうだったのか……。
心結から強奪されたロメンパンだったのか」
少なからずその事実に衝撃を受けているラウルなのであった。
心結は心結でその時思いだしていることがあった。
もしあの時の子犬がラウルさんだったなら……
私とラウルさんは完全に縁があるよ。
だって……。
公園の入り口にボロボロになって震えている子犬を助けようと
大きめのタオルをかけてあげたのは私だもん。
今思えばあれって子犬のラウルさんだよね。
獣医さんに電話をかけている間に消えちゃったけどね。
一瞬幻を見たのかと思ったよ……。
なんせタオルまで跡形もなく消えていたからね。
きっとあの後すぐにこの世界に帰っちゃったんだね。
「ねぇ……ラウルさん。
狼の刺繍が入ったふわふわのピンクのタオルを知ってる?」
「…………!!」
昨晩ラウルはジェラールからある物を渡されていた。
「お前に渡すかどうかずいぶん悩んだんだが……
これももしかしたら何か役にたつのかもしれない」
そう言ってジェラールはラウルにそれを渡した。
「これはお前が異世界から帰って来た時に傍に落ちていた物だ。
捨ててしまおうかと思ったのだが……。
結局今まで大事にとっておいてしまった」
「…………」
それはピンクのタオルだった。
月に向かって吠えているような狼のシルエットの刺繍が
下の右端に入っていた。
「あのタオルは心結の物だったのか……
俺を助けようとしてくれたんだな」
そう言ってラウルはぎゅっと心結を抱きしめた。
「やっぱりあの子犬はラウルさんだったんだね」
二人はしばらくお互いの体温を感じあっていた。
そして離れると熱の籠った瞳で心結を見つめた。
「心結……」
甘い声で名前を呼ばれ、心結は体温が一気に上昇した。
「おいおい、お前ら俺の事忘れてないか」
コンパクトの中からあきれるようなトラ吉の声がきこえた。
二人はハッとなって慌てて離れた。
「ごめん……トラ吉」
「兄貴すまない……」
二人は恥ずかしそうに顔を見合わせてから……
トラ吉にぺこりと頭を下げた。




