152.黄金のコンパクト
出会った時は、まさかこんな関係になるなんて想像もつかなかった。
むしろ第一印象最悪だったからね!
そう言って心結は笑った。
それは俺も同じだ。
人型なんて身震いがするほど嫌いだった。
そんな俺達だったのに、一生に一度の恋に落ちた。
しかも次元を超えた大恋愛だ。
もし……この先二度と会えなくなったとしても……
二人が出会った事には、大きな意味がある。
俺はこの出会いに感謝する。
心結がこのリンデナザールの国々を旅して
肉球の欠片を密かに集めていたことを知った。
たった数日人型の世界に転移した俺でさえ苦労したのだ。
知らない世界に転移してきて旅を続けてきた心結。
理由もわからず、次から次へと事件が起こり……
内心はどんなに心細かっただろう。
最初の俺の行動や言動を考えると
自分の事ながら腹立たしくて殴りたいくらいだ。
だから俺の持てる力をすべて使って心結を幸せにしたい。
デロデロに甘やかして愛したい。
そう思っていたのに……。
最後の神様である、時間を司る神“ウール”様から
貰った肉球の欠片。
これですべて揃ってしまった。
旅の終着点を迎えてしまったという事か?
黄金のコンパクトに最後の宝石を……
嵌めないという選択肢もある。
しかし二人で話し合って決めた。
何が起ころうとも真実を知ろうと決めた。
俺は心結と一緒に、思い出の地にむかった。
音階の花が咲き乱れているあのエメラルドグリーンの湖の畔だ。
あそこは聖域であるが故なのか……
俺が人型の世界から帰ってきた地であり、心結はやってきた地だ。
きっと何か不思議な繋がりがあるのだろう。
二人で大きな布を地面にひいてその上に座った。
目の前には今日も変わらず穏やかな湖の景色が広がっている。
「なんか今となっては懐かしい。
この世界に来た時に初めてみた景色なんだよね」
そう言って心結は懐かしそうに目を細めた。
(そしてもしかしたら……
最後に二人で見る景色なのかな……)
そう心の中で思っていた。
しかし、心結はその言葉を口に出すことはできなかった。
ラウルは心結の表情から気持ちは読み取っていた。
しかし敢えて何も言わずにそっと尻尾を心結の腰に巻きつけた。
「フフフ……。
相変わらずラウルさんの尻尾はモフモフだね」
「そうか?」
「うん。
私にとってラウルさんの尻尾のモフモフは最強のご褒美だよ」
そう言って心結は愛おしそうにラウルの尻尾に頬ずりした。
「好きなのは尻尾だけなのか?」
ラウルは獣耳をさげて甘えて拗ねるように心結をみた。
「もう……ばか……」
心結は恥ずかしそうに頬をそめてラウルの尻尾に顔を埋めた。
(そういう事を軽く言える種族ではないのですよ……私)
恥じらう心結を嬉しそうにラウルは見つめた。
「じゃぁ、嵌めるよ」
心結はやや緊張した面持ちでそっと黄金のコンパクトに宝石を嵌めた。
カチッと微かな音が聞こえた。
嵌められたすべての肉球の欠片が眩いばかりに輝いた。
そしてひとりでにコンパクトが開いた。
「開いた……」
心結達はそのコンパクトの中を覗き込んだ。
コンパクトの上の部分は、普通の物と同じように鏡がついていた。
下のファンデーションが収まる場所には……
何故か大きなダイヤモンドのような透明な宝石が1つ嵌まっていた。
その宝石は細かいブロックに分かれていた。
しかもすべてのブロックに数字がふられていた。
「これはなんだ?
この数字の意味はなんだ?36まであるが」
まったく意味が分からず二人で首をひねった。
そんな時ふいに、ジジッと音がした。
そしてコンパクトの鏡の部分がだんだんと歪んでいった。
「…………!!」
やがて鏡の部分はTV画面のように何かを映しはじめた。
まだ安定しないのか、画面がユラユラと揺れていた。
「何かみえるぞ……森か?」
やがてその景色が、だんだんとはっきりとしてきた。
「これは……公園?」
そしてベンチのようなものが見えてきて
その上で寛ぐ一匹の猫の姿が映し出された。
「トラ吉!?」
「兄貴!?」
心結とラウルはその姿をみて同時に叫んだ。
そして更に……
「えっ?」
「えっ?」
お互いに顔を見合わせた。
「ラウルさん……トラ吉の事知っているの?」
「心結こそ兄貴と知り合いか?」
二人はそこでウールが言っていた縁がある三人目の存在の事を
思い出していた。
「トラ吉が三人目だったんだね。
まさかこんなところで繋がるとは思ってもみなかったよ」
「本当だな……。
そう考えると俺たちは遠い昔から実は繋がっていたのだな」
映像は更にはっきりと公園とトラ吉を映し出していた。
「フフフ……
相変わらずトラ吉は日向ぼっこが大好きなのね」
心結は嬉しそうにその姿をみつめていた。
すると何故か鏡に映し出されているトラ吉と目があった気がした。
「…………!!」
驚いたような顔をしてこっちを凝視しているようだ。
「まさかこちら側がみえているなんて事はないよね?」
「まさか……」
相変わらず鏡の中のトラ吉はこっちをガン見している。
心なし尻尾もユラユラと揺れて動揺しているようだった。
心結はぎゅっとラウルの尻尾を抱きしめながら……
思い切って呼びかけてみた。
「トラ吉?
もしかして……こちらがみえていたりする?」
「兄貴……」
ラウルも思わず呼びかけていた。
「…………」
しかしトラ吉は固まったまま、こちらを見ているだけだ。
(そうだよね……。
言葉の意味が通じていても返事はかえってこないよね。
だってトラ吉は普通の家猫だもの……)
俺達何をしているんだろうと……
ちょっぴり照れくさくなり……
二人で見つめあって赤くなっていた。
と、そこに……
「お前……心結なのか?」
聞いたことのない青年の声がコンパクトの中から聞こえてきた。




