144.無事に帰還いたしました
心結達は無事にデゼール王国から帰還した。
大所帯で帰って来たと言ってもいい。
ラウルは約束通りギースと妹をランベール王国に
入国できるように手続きを取った。
するとなんとギースはこの際だからと言って
自分の財力をすべて投げ打って店ごとランベール王国に
引っ越してきた!
従業員もすべて連れてやってきたのである。
総勢20名くらいいたかな。
その大半が行方不明とされていたフェネック獣人の少女や
少年達だったよ……。
ラウルさんが言うには……ギースさんは
月のバザールに出されていたフェネック獣人をはじめ
不幸な少年少女たちを密かに助けていたらしい。
そのうちその子たちの家族もこの地に呼び寄せる
手配を進めているとか。
ギースさんは立派だな。
それにそれを受け入れるジェラール様の懐の深さも凄い。
ギースさんは王都ではなくペタラの領地にお店を開くそうだ。
ジェラール様の許可はもちろん頂いている。
一階は妹さんのケーキ屋さん兼カフェ。
二階から上は健全な夜のお店を開くことになった。
最上階は住居にするそうだ。
ジェラール様は、可愛いフェネック獣人の美少女達に
早くも魅了されているみたいだ。
イリス様に怒られなければいいのだが……。
イリス様といえば、妹さんの作るケーキにメロメロだった。
なんとかこの地でうまく生きていけそうだ。
心結達は店の開店準備に追われるギースの元へ
陣中見舞いと称してロメンパンをたくさん焼いて持って行った。
「準備はすすんでいますか?」
「心結様、ラウル様まで……。
散らかっていますが、どうぞ。
噂のロメンパンですね、いい香りが食欲をそそります」
ギースは微笑みながら出迎えてくれた。
促されるようにビロードのふかふかのソファーに座った。
「ほかの者たちは、買い出しなどに行っておりまして
今は私しかいませんので、たいしたおもてなしはできませんが」
そう言って、果実水をついでくれた。
〈聞くならいましかないかな……〉
「ギースさん……。
今回は思い切りましたね」
「えぇ、皆様と出会ったお陰で私も踏ん切りがつきました」
「不躾な質問になってしまいますが……。
同じ種族とはいえ、なぜ命をかけてそこまでできたのですか。
なかなかこんな立派な事はできません」
心結は思い切って聞いてみた。
もちろんその横にはラウルが寄り添うように座っていた。
腰にはラウルのしっぽがガッツリと巻き付いている……。
「…………。
そんな立派な事ではありませんよ。
そうですね……。
まぁ、同じ境遇だったからですかね」
「ギースさんも月の……!?」
心結は驚きに目を見開いた。
「いいえ。
私ではありません、母がそうだったのです」
「……………!!」
心結とラウルは驚いたように目をあわせた。
「当時はまだ月のようなしっかりとしたというのも
おかしいですが、そのようなものではなく。
もっと乱暴な闇のバザールでした」
「確かに今ほど確立したイメージはありませんでしたね。
よほどの事がない限り普通はいかない場所という
危険な地域の認識でした」
ラウルも唸るように言った。
「はい……その認識で間違いないです。
母はたまたまある王国の貴族に見初められました。
しかしその時には、既にお腹の中に妹がいました」
「えっ……」
「そうです、人妻だったのに無理やり攫われたのですよ。
既に父は亡くなっていましたが……。
私も共にその貴族の屋敷にと貰われていきました」
(なんてこと!!)
「義理の父は貴族にしてはまともな方でした。
私に一流の教育を施し、妹と共に何不自由なく暮らせるように
してくれていました。
しかしそれを周りはよく思っていませんでした」
〈でしょうね……。
貴族はたいてい純血主義だ……。
しかもどちらとも自分の子供じゃない……〉
ラウルは眉間に皺をよせた。
「ある日妹は、何者かに命を狙われ……
その逃げる途中に馬車に轢かれました。
そこで足に一生残る傷をおいました」
「ひどい……」
心結はラウルのしっぽをぎゅっと抱きしめた。
「私はその前から何度も妹から怖いと訴えられていました。
しかし勉強が忙しく、おざなりにしていたのです。
早く独り立ちをしたくて焦っていたのです」
〈ちょうど自分の将来についてゆれる年ごろだな……〉
ラウルも自分の若いころを思い出していた。
「株などの投資をこっそり始めていました。
才があったのか軌道に乗りかけていたのです。
なりよりも……
自分の力で早くあの苦界から母と妹を救いたかった……」
〈…………〉
「そしてついに起こってしまったのです。
私がもう少し妹の話を真剣に聞いていれば……
悔やんでも悔やみきれません」
ギースは悲しそうに目を伏せて言った。
「母は体を壊して……。
数年後になくなりました。
父も母の後を追うように亡くなりました。
形はどうであれ、愛していたのでしょう」
「その後は逃げるようにデゼール王国に戻った
と言う訳ですか。
当時のあそこは自治区とは名ばかりの無法地帯。
逃げ込むには最適の場所ですね」
「はい、ラウル様のおっしゃる通りです。
享楽と狂気に支配された街でしたが……。
私にとっては故郷です。
まぁ……ずいぶん荒れて変わり果てていましたけど」
そう言って自嘲するように笑った。
「あとはご想像の通りです。
結局……国になったといっても……
私たち種族の境遇はなんら変わらなかった。
私の母や妹のような犠牲者を増やさないためにも
もっとお金を稼いで強くなるしかなかったのです」
「なんか切ないですね……」
「はい……。
救いが見えない日々でした。
個人ができることは限られています。
しかしあなた方が来てくださったお陰で風向きが変わった。
おそらくデゼール王国は近いうちに滅ぶでしょう。
それかどこかに吸収されると思われます」
「そうなの!?」
「私は昔から何故かとても運がいいのです。
まるで何かに守られている感じでした。
それから勘がよく当たりました。
今回も私の勘がそう言っているのです」
(もしかしてギースさん。
幸運や財宝の神“ヘルメース”様に気にいられていたりして)
心結はまたもやぎゅっとラウルのしっぽを抱きしめた。
しきりにモフモフした。
もうもはやそれが定位置のような状況だった。
ラウルはそんな心結が愛おしくてたまらなかった。
自分の香りと心結の香りが混ざり合う瞬間が幸せだった。
もちろんそんな事は一ミリも表情には出していなかったが
心の中はデレデレだった……。
(そういえばヘルメース様……
最後に言っていたな……)
心結は幸運や財宝の神“ヘルメース”の意味深な
言葉を思い出していた。




