137.偶然の再会
ラウルは特に目的もなく辺りを彷徨っていた。
辺りには溢れんばかりの沢山の人々が行き交っている。
この砂漠の中の水の都に……
それこそ世界中のVIPが集まってきているのだ。
本来ならば心結との仲を更に深める旅行になるはずだったのに
なぜこのような事になってしまったのか。
今頃イチャイチャしながら、街をあるいていたはずなのに……。
ラウルは無意識に前から歩いてくる番らしき者達を
射殺すような視線でみていた。
〈何か目印になるものはないのか……
一体条件とはなんだろうか……〉
そんな事を思いながら更に路地を歩いていると
前から見知った顔が歩いてきた。
「あなたは……」
「君は!!」
先日、強引なナンパ?言いがかり?から
アレクシと一緒に助けたフェネック獣人の少女だった。
相変わらず果実酒を胸に抱いていた。
「先日はありがとうございました。
もしかして“闇のバザール”へ行かれる途中ですか?」
「そんなところだ……。
君は相変わらずお使いの帰りか?」
少し揶揄うように言った。
「フフ……そんなところです」
そこに少女を庇うように男が前に立ちはだかった。
「うちのものに何か御用ですか?」
口調は柔らかいが、明らかに殺気を放っている。
「あぁ?」
いきなり殺気全開の男の登場でラウルは少し面を食らった。
しかもその男は“秘密クラブ”のオーナであるギースだった。
「お前は……あの時の」
「ん?」
ギースもラウルの顔をまじまじとみて驚いたように言った。
「これはこれは、あの時のお客様。
その節は当店をご利用いただきありがとございました」
少し慇懃無礼にお辞儀をした。
二人の不穏な空気を読み取ったのだろう。
そのフェネック獣人の少女は、ギースの腕にしがみつき言った。
「兄さん、違うのよ。
この前話したでしょう。
インパラ獣人の暴漢から助けて貰った話。
この方なの!! 私を助けてくれたお貴族様は!!
今も別に言いがかりをつけられていた訳じゃないの」
「そう……なのか?」
「…………」
〈面倒くさいからそういう設定にしておくか〉
ラウルは無言で頷いた。
「あなたのような高貴なお方が人助けを!?」
信じられないというように目を丸くしていた。
「噓みたいな話だけど、本当なのよ。
だから今またお礼を言っていた所なのに……もう」
少女は少しふくれながら兄に詰め寄っていた。
「重ね重ね失礼いたしました。
私からもお礼を言わせてください。ありがとうございました」
「兄さんここじゃなんだから、お店で話しましょう」
「いや……俺は」
ラウルは遠慮しようと首を横にふったが
ギュッとフェネックの少女に腕を組まれてしまった。
「今ちょうどパイが焼きあがったところなんです。
食べて行ってください」
そう言って、ずるずるとラウルを角の店まで連れて行こうとしていた。
この細腕の何処にこんな力があるのだろうというくらい
強い力だった。
〈確か足もあまりよくないように見受けたが……〉
「すみません。少しの間で構いません。
付き合ってやってください。
妹は言い出したら聞きませんので」
そう言ってギースは申し訳なさそうに眉尻をさげた。
「今からパイを切ってきます。少しお待ちくださいね」
そう言うと少女は店の奥へと消えて行った。
店はパン屋兼ケーキ屋の様だった。
棚に可愛らしい菓子が綺麗に陳列されていた。
実に少女らしい可愛いこぢんまりとしたお店だった。
〈心結がいたら目をキラキラさせているところだな〉
ラウルは店の商品を見ながら口角を少しあげた。
そこでふと気が付いた。
「ここは、あの店のちょうど裏側にあたるのだな」
「はい、実は中でつながっているのですよ。
あの店でも妹が作った菓子を食べる事ができます」
そう言ってギースは優しい瞳で店の奥を見つめた。
「妹思いなのだな……」
「いや……そんな奇麗なものではありません。
これは俺の償いなのです……」
そういったギースの瞳には後悔と悲しみが宿っていた。
「…………」
ラウルの困惑が伝わったのだろう。
ギースはハッとすると……
「すみません。お耳汚しをいたしました。
戯言です……忘れてください。
ところであのような所で何をしていらしたのですか?」
わざと話題を逸らすようにギースがラウルに問うた。
「…………ちょっとな」
ラウルは月の事を切りだしていいか迷っていた。
どこまでこの男を信用していいのかわからなかったからだ。
フェネック獣人なのにこの地位まで上り詰めた男だ。
いい意味でも悪い意味でも危険な男なのは変わりないだろう。
「…………」
ギースはすっと目を細めた。
「何かお困りではないのですか?
これでも私はこの界隈では顔が広い方です。
私でお力になれる事がありますでしょうか」
そう言って微かに口角をあげた。
「何故だ、お前のような男が無償でそのような事を
するとは思えないが?
タダほど高いものはないからな……」
ラウルは疑いの眼差しをギースに向けていた。
「妹を助けて頂いたお礼という事ではいけませんか」
ギースはなんとも胡散臭い……営業スマイルを浮かべていた。
「…………」
その笑顔の裏にある思惑が計り知れない……。
「そんな事でいいのか?
大したことはしていないと思うが……」
「そんな事……あなたにとってはそうかもしれません。
でもこの国はでは……ね……。
あなたのような考え方の貴族は稀です。
私にとっては妹が全てです」
〈確かにこの国の身分制度は異常だ……
一か八かこの男にかけてみるか〉
「ならば教えてほしい。
“闇のバザール”月への参加方法がしりたい。
私も私の全てを取り戻したいのだ」
そう言ったラウルをギースは黙って見つめていた。




