134.よく確かめましょうね!
心結は椅子に縛られたままその光景をただ見つめていた。
(何このコントのようなやりとり。
勘弁してくださいよ……。
もう、ええわ!って、ツッコんで終わらせたい!!)
「ばかやろ!!
なんで狼獣人なんて攫ってきたんだ!!
りすば犬だっていっただろうが」
ガラの悪いガゼル獣人が、若いハイエナ獣人二人を激しく
叱り飛ばしていた。
「すいやせん、親分。
あの店からでてきたから、りすば犬だと思っちまって
いきなりやっちまいました」
「謝ってすむ問題じゃねぇんだよ。
どうすんだよ、闇のバザールは明日だぞ」
男はいらいらしながら頭を掻きむしった。
「もう一度行ってきやしょうか」
へらっと愛想笑いしてハイエナ獣人は親分の顔をみた。
「お前、ふざんけんなよ。
今頃お騒ぎになっているだろうよ。
相手はあのアレクシだぞ。二度目はねぇよ」
吐き捨てるようにガゼル獣人は顔を顰めた。
「じゃぁ、この狼の女返してきやしょうか」
鼻を擦りながらハイエナ獣人は心結をみた。
「顔を見られているだろうが。
無理だな……それは」
ガゼル獣人は大きくため息をついた。
「じゃぁ、バラしちまいますか」
ハイエナ獣人は首元を切るジェスチャーをした。
(なんだって!!
コミカルな顔をしているくせに怖い事をさらっと言うな!
お前いいかげんにしろよ)
心結は目を剝きながら、ハイエナ獣人を心の中で罵倒した。
「物騒なことをいうんじゃねぇ。
俺は無益な殺生はしねぇ主義だ」
そう言ってガゼル獣人はハイエナ獣人の頭を殴った。
「でもよ、親分。
この女……凄い匂いがするじゃないですか」
「…………!!」
(えぇっぇぇぇぇぇぇ!!
あたし臭いの!!
毎日お風呂入っているよ。
なにそのコメント泣きそうなんだけど)
心結は思わず涙ぐんだ。
「あぁ、確かにプンプン匂うな。
ここまでのものは、俺も初めてみたわ……」
心結は撃沈した。
軽く白目をむいていたかもしれない……。
(いや、もう……乙女として終わった)
「今頃旦那は怒り狂っているだろうよ。
みつかったら八つ裂きにされるな」
「ですよねぇ……」
「狼獣人の溺愛は有名だからな。
本当にマズイものを連れきてしまったなぁ……」
(どれだけ自分の匂いをマーキングしているんだよ
この女の旦那……。
狼の匂いが半端ねぇ……。
しかもかなり強い個体なのがまるわかりだぜ)
三人の盗賊は心結と幼体フェネックをみてため息をついた。
そんな三人の会話も入ってこないほど心結は放心していた。
(どんな匂いを放っているの私……
みんな今まで臭いと思っていたの……
いやぁぁぁぁぁ)
「でも凄い上玉だ。
とりあえずあの方の元に連れて行って指示を仰ごう。
それまでは丁重に扱えよ」
「へーい」
そういうとガゼル獣人は部屋を出て行った。
ハイエナ獣人は心結を縛っていた縄を解いてくれた。
「この部屋で大人しくしていてくだせぇ。
あとで食べるもの何か持ってきますから」
心結はしおれたまま黙って頷いた。
数時間後……
心結は目隠しをされたまま何処かに運ばれていた。
(馬車に乗せられている?)
音を頼りに何となく周りの状況を掴もうとしていた。
そしてそのまま屋敷のような所に入って行き……
更に大きな部屋に通された。
目隠しをされているのでわからないが
目の前の椅子に誰かが座っているのが気配でわかる。
と、徐に目隠しを取られた。
急に眩しい光が入ってきて心結は目を細めた。
「ほう……
かなり美しい娘ではないか……」
そういってその男は心結を自分の方に引き寄せた。
手を縛られているので抵抗はできない。
ガゼルの獣人だった。
凛々しい男だった……。
そしてきっと誰もが振り返るほどの美しい男。
ラウルさんとは違う種類の冷たさを感じる隙のない男だった。
アレクシさんより角が大きい!!
きっとこの人が噂の国王様かな……。
(心結はそのまま黙って見つめ返した)
「私に動じず、泣きも媚もしない女か。
面白いな……。
予定外の事がおきて、最高値がつくはずだった商品が
入らなかったからな……。
この女を代わりにだそう。
アルビノのフェネックとセットだ!!いいな」
そういってニヤリと笑った。
「しかし、この女臭くてかなわない。
しっかり出す前に匂いを落としておけ。
価値が下がる」
そう言って男はマントを翻して部屋を出て行った。
心結はもう完全に、ハートが粉々に砕け散った。
(また言われた!!
一体どういうことなのよ……言い方!!
言い方ってあるよね)
「うぅ……」
がっくり項垂れていると、女性の猫獣人達が入ってきた。
「さぁ、こちらへどうぞ」
心結はそのままお風呂場へと連れていかれた。
頭のてっぺんから足の爪の先まで磨きあげられて
色々な薬草の入ったお湯にふやけるんじゃないの?
というくらい浸からされた。
上がったら上がったで……
香油のようなもので体中をもみほぐされた。
「ふぅ……。
やっと完成しましたね……」
猫獣人達はやり切ったように、清々しい表情をしていた。
その反面心結は、精神的にも肉体的にも死んでいた。
そんな心結達の様子を若い猫獣人の男が
終始見張るようにみていた。
「今日はこちらでお休みください。
あ、くれぐれも逃げようとはなさらないでくださいね。
廊下には沢山の毒を持った獣体がはなされていますから」
爽やかな笑顔でさらっと脅されたのであった。
「へっ?
じゃあお姉さんたちはどうやって部屋まで帰るの?
危なくないの?」
心結は心配そうに猫獣人たちをみた。
「…………」
二人は顔を見合わせてから驚いた顔をした。
「不思議な方ですね。
そんな心配をしてくれたのはお嬢様が初めてですよ。
それは秘密です」
クスリと笑うとその猫獣人は目配せで自分の腰元をみた。
それに従ってみると、腰に小さなランタンのような物が
ぶら下がっていた。
そこから微かにだが煙のようなものが出ている。
(この香りはミントだ。
きっとこの匂いが嫌いで持っていると獣体が
近づかないって事なのね)
心結はわかった!というように……
にっこりと微笑んだ。
そんな心結を痛ましそうに猫獣人はみると
手をぎゅっと握って言った。
「どうか、ゆっくりと休めますように」
とその隙にもう一人の猫獣人が耳元で囁いた。
“これから出されるお茶は一切飲まないで”
心結は口パクで“ありがとう”と言った。
そしてその後その若い猫獣人の男も部屋から出て行った。