119.新しい未来への第一歩
二人はまだお互いの顔を見ないで前を向いていた。
「ラウルさん……王子様なんだね」
「はるか昔な……」
「今は違うの?」
「俺はもうただのラウルだ……」
「そう、それでもかまわない。
でも本当の名前が知りたい。
あなたの本当の姿が、気持ちが知りたいの」
そこで初めて心結とラウルはお互いの顔をみた。
「フフ……初めて本当に目があった。
とても美しい瞳をしているんだね……」
心結は恥ずかしげもなく黄金と碧色の瞳をまじまじと
見つめながら呟いた。
「お前な……普通男が口説くときにいうセリフだ、それ」
狼は恥ずかしそうにそっぽを向きながら赤面した。
それっきりしばらく黙ったまま景色を見つめていたが……
日もだいぶ傾いた為に、心結とラウルは屋敷へと戻った。
ディナーも終わり、心結が寛いでいると
ラフな格好をしたラウルがやってきた。
「俺の話をきいてくれるか?」
緊張した面持ちでためらいがちに尋ねてきた。
「はい……」
ラウルは自室に心結を連れてきた。
自分で誘っておきながらラウルは少しモヤッとした。
〈こんな時間に男に部屋に誘われて二つ返事で
ついてくるとは……危機管理が足りませんね。
私だからよかったようなものの……。
よかったのか?男として全く意識されていないのか?
それはそれで悲しい気もするが〉
「意識していますよ。
ラウルさんだから安心してついて行くのです」
心結は恥ずかしそうに頬を染めた。
「はい?何か口走っていたか!?」
ラウルは激しく狼狽した。
獣耳が動揺のあまりせわしなくピコピコ動いていた。
「はい、ガッツリと言葉に出ていましたよ。
男として全く意識されていないのか?
それはそれで悲しい気もするが……とかなんとか」
「忘れてくれ」
ラウルは真っ赤になりながらよろめいた。
「フフフ……」
ラウルは心結に長椅子に座るように促した。
自分もその横に腰かけた。
ラウルの部屋には大きな窓があり、公爵家の中庭が見渡せた。
今は夜なので何も見えない。
が、その代わり満天の星が夜空に瞬いていた。
「どこから話せばいいのだろう……」
ラウルはぎこちなく微笑んで心結をみつめた。
「そうね……まずは本名からかな」
「俺の名前は“ライウルド=ランベール”だ。
通称“ラウル”。
賢い狼という意味がある名前だ」
「ラウルさんに相応しい名前だね」
「だから……手放しで褒めるな!
そう言う褒め言葉に慣れていない」
ラウルは顔を真っ赤に染めて軽く睨んできた。
尻尾も忙しなく左右に揺れている。
「そして父親はこの国の王。
母は伯爵令嬢で狼獣人だったルイーズだ」
「ジェラール様と国王様の初恋の方ね」
「そんな事まで知っているのか!?」
「はい、とても強くて美しい方だって聞きました」
「そうか」
いつも冷静で冷徹な表情のラウルさんがデレた!!
凍っていた瞳をとろけさせて優しげに微笑んでいる。
思わず見蕩れてしまった……。
モフモフ装備のイケメン最強かよ!!
それから二人でたくさんの話をした。
ルイーズさんが暗殺者から国王を庇って亡くなった事。
それはエーデル妃とその一族の策略だった事。
それと同時に自分にも刺客が差し向けられた事。
逃げている途中で、何故か異世界転移をしてしまい
憧れの人間界に行ってしまった事。
そこでの日々が辛い事の連続で、人型に対して絶望した事。
そのせいでどうしても人型である自分を受け入れられなかった事。
原因は不明だがまたこの世界に戻れた事。
ジェラール様に助けられ身分を隠して今まで生きてきた事を知った。
ざっくりだがラウルさんの人生を垣間見た気がした。
「心結……すまない。
俺はお前が人型という事だけで嫌悪した……。
桐嶋心結自身を見ていなかった……すまない」
ラウルは泣き出しそうなくらい情けない顔をしていた。
獣耳がこれ以上ないくらいペタンと後ろに下がっていた。
「ラウルさん……」
ラウルの手は震えていた。
心結はその手をそっと両手で包み込んだ。
「今は違う!!
いや……その……
人型の事を完全に消化できたわけじゃない。
でも初めて手の届かないところにいってしまって気がついた。
人型とか聖女とかを抜きにして……俺は……心結が」
「…………!!」
ラウルさんの戸惑いが伝わってくる……。
でも一所懸命に伝えてくれようとしてくれるのもわかる。
でもそれ以上に呼び捨てで名前を呼ばれるのがクル……。
あの魅惑のバリトンボイスだけでも心臓に悪いのに
甘い成分も含まれている気がする……。
(こんなラウルさんは知らない……)
恥ずかしさと照れが急激にこみあげてきた心結は
視線を宙にさまよわせた。
そんな心結を逃さないというように今度はラウルの方が
心結の手をぎゅっと握った。
そして真剣な表情でこう告げた。
「俺にとって心結は大切な人だ」
「ラウルさん……」
「これからは俺を頼って欲しい……」
「嬉しい……」
心結は嬉しそうに真っ赤になりながらラウルをみつめた。
そんな心結をみて愛おしさが込みあげ……
抱きしめようとした時だった。
「ラウルさんがやっと友達認定してくれた!!」
(嬉しい!! 懐かなかった野良猫がやっと手から
餌を食べてくれた感じだよ!!)
相変わらず心結は斜め上をいく思想の持ち主だった。
「えっ?」
思いのよらない発言を聞かされ、唖然とした顔で心結をみつめた。
〈うん?今そういう流れだったか?
甘い雰囲気だったよな、どこにそんな要素があったか?〉
「そんな辛い過去があったなら、納得できる。
いきなり人型を受け入れるのは大変だったよね。
でももう遠慮はいらないからね、私たち友達だもん」
なんとか動揺を収めようとしていた所にこの一言。
ラウルはとどめをさされた気持ちになった。
〈俺の気持ち全然伝わってなかったか……。
この激鈍娘が……〉
ラウルは心結の恋愛偏差値の低さをわかっていなかった。
決死のラウルの告白も“友達宣言”に終わった。
アナースタシア様から言わせればラウルも大概ですけどね。
このヘタレ狼!!
もっとはっきり愛の告白しなさいよ!!
あれじゃ伝わらないわよ!!
愛しているからの熱い抱擁……
甘い言葉責めからのキスの一つや二つ華麗に決めなさい!!
今度女神様会議にて、今日の事は議題にします。
最高のシチュエーションと告白のセリフを
考えてあげますからね。
と怒りながら帰って行かれたそうです。
いや……余計なお世話ですから。
やめてあげて……。
二人のペースでいけばいいのよ、うん。
ラウルは密かに誓った。
これからは本気で落としにかかるから覚悟しろと。
逆に魂に火が付いた。
狼は愛情深い種族なのだ。
ネコ科の種族と違い、生涯愛する人は一人のみ……。
所謂……番いのち主義だ。
そんな肉食獣を本気にさせてしまった心結。
〈覚悟はよろしいでしょうか?聖女様〉