116.決戦の火蓋は切って落とされた
心結の腕の中にはぐったりした幼体モンチラが2匹抱かれていた。
治療をしているふりをして、二匹に手をかざしていた。
「どうだ、モンチラの様子は」
セラフィンはそんな心結の前を行ったり来たりを繰り返し……
終始落ち着きがなかった。
「あまりよろしくありません。
魔力の乱れが激しいようです……。
早く親モンチラと引き合わせないと厳しいかもしれません」
心結は困ったように眉尻を下げて目を潤ませた。
「それは今やっている!!」
セラフィンは声を荒げた。
あまりの剣幕に心結の手の動きが止まる……。
「その……」
決まり悪そうにセラフィンは視線をそらした。
二人の間に気まずい沈黙が流れた時だった。
コンコン、扉をノックする音が聞こえた。
「セラフィン殿下、遅くなって申し訳ございません」
モンチラを二匹抱いた護衛騎士が入ってきた。
「…………!!」
心結はその男の顔をみて驚いた。
声をあげなかった自分を褒めてあげたいくらいだ。
何故ならばその男はジェラール様のお屋敷の門番である
あのハスキー獣人さんだったからである。
「遅かったな、早くそいつらを聖女に渡せ」
「はっ、かしこまりました」
(全く疑われていないという事は、随分まえから殿下の元へ
潜入していたのかしら……)
ハスキー獣人さんは殿下に見えないようにそっとウィンクした。
そして口ぱくでこういった。
「扉の近くで待機してください」
心結は目を見開いて驚いたが黙って頷いた。
『キュ~キュキュ~』
二匹の親モンチラは心結の腕の中で……
幼体モンチラを抱きしめると愛おしそうに鳴いた。
(よかった、これでこの家族はもう安心だ)
「セラフィン殿下、モンチラ達は一旦家族で過ごさせましょう。
その方が回復も早いでしょう」
そう言って心結は、捕らわれていたモンチラ一家を
再びハスキー獣人に預けた。
「回復したら、すぐに連れてこい」
「はっ……」
ハスキー獣人は一礼をして部屋を出て行った。
心結は労うように後を追い、さり気なく扉の近くに立った。
「セラフィン殿下、これでモンチラは全部ですか?」
「ああ、そうだ」
「私はモフモフが大好きなので、いるだけ欲しいのです」
「今のところはこの4匹しかいない。
もっと欲しいのならまた手に入れてやる」
その言葉を聞くと心結は、急に冷静な顔で冷たく言い放った。
「それならば、私はもうここに用事はありません」
「えっ?」
心結の態度の急変にセラフィンは狼狽えているようだった。
「私はこの先、殿下と共に歩むことは一生ないでしょう」
心底冷え切った声で言い切った。
「何故だ!! 俺はこんなにもお前の為に尽くしているのに。
この国に落ちてきた聖女なら俺の物だろう!!
ランベール王国が世界一の帝国になる為に……
力の限り俺に尽くすのが義務ではないか!!」
心結につめよると強引に手を掴んだ。
「離して!!」
心結は振りほどこうとしてもがいた。
その時にセラフィンのマントを強く握ったのだろう。
マントが引き裂かれ、セラフィンの尻尾が現れた。
「あっ……」
セラフィンの尻尾は“トラ尻尾”だった……。
ライオン獣人のはずなのに……尻尾だけ異質だった。
(そう言えば、エーデル妃はトラ獣人だったな)
「見たな……」
セラフィンの背中からゆらりと殺気が立ち上り……
血走った目で心結を睨みつけた。
「俺が一番忌むべき場所を見たな……」
その瞬間、心結は身動きを封じられていた。
両手を頭上で一纏めにされ、壁に押し付けられていたからだ。
喉にはライオンの鋭い爪が差し迫っている。
「なんでいい子にできないかな……」
肉食獣が発するグルグルという喉の音が聞こえてくる。
獲物をみつけた時の興奮だろうか、若干目の瞳孔も開いている。
「僕はこの国の王になる……いや世界の王になる者なのに」
悲痛な叫びのようだった。
「へぇ……それは知らなかったな」
場違いな緩やかな声が聞こえてきた。
「えっ……」
心結を捕らえたまま、顔だけ入り口の方をむいたセラフィン。
「僕の事は眼中にないという宣戦布告かな?」
そう言ってその方はたおやかに微笑んだ。
「あ……に……うえ?」
目の前の人物が何故ここにいるのかが理解できないようだった。
何度も目を瞬かせて、その人物を見つめた。
その為か心結を戒めていた手が一瞬緩んだ。
(今しかない!!)
その隙に心結はセラフィンを振り切ってリオネルの元へと逃げた。
「もうやめないか……セラフィン」
リオネルは悲しみの色を宿した瞳でぎこちなく微笑んだ。
「…………」
そんな自分に対する兄の視線に耐えられなくなったのか
セラフィンは俯いてぎゅっと拳を握った。
「……あ……兄上に俺の気持ちなんかわからないよ。
いつも皆に期待され、誰からも愛されてきた兄上なんかに……」
自嘲するように顔を歪めながら吐き捨てた。
「セラフィン……」
「俺の尻尾をみるたびに母上はため息をついてこう言うんだ。
尻尾さえなければ完璧なのに……。
第一皇子とお前の容姿が逆だったらよかったのにと……。
だから国王様はいつまでたっても私を見てくれないと
俺の顔をみて泣くんだ」
(実の息子になんてことを言うのだ!!
国王様の気持ちはそれとは関係ないだろうが!!)
男女のもつれを息子に持ち込むなよ、意味ワカラン。
小さいころからそんな事を聞かされて育ったら……
多少歪んでしまうよね。
「俺が俺である事を証明したい!!
その為にはこの世界の頂点に立つしかないんだ……」
そう言ってセラフィンは獣体に変化した。
(おぉ……銀と金が混じった毛色のライオン!!
ラウルさんの狼も大きかったけど、ライオン迫力あるなあ)
「もう後には引けない!! 兄上、邪魔しないでください!!
さあ、聖女をこちらに渡してください」
グルグルと威嚇しながら咆哮した。
「嫌だといったらどうするの?僕と本気でやりあうつもり?」
リオネル様の静かな殺気が膨らんだ。
なんだろう……静かな黄金の炎とでもいうのだろうか。
重圧が凄い……。桁違いな気がする。
これが正当な後継者の由縁なのか……。
「病み上がりなんですよね。
無理をすると命を落としますよ……」
しかしセラフィン殿下も一歩も引かない……。
「しかたがありませんね……」
リオネル様も獣体に変化した。
(ふぉぉぉぉ!! 黄金のモフモフライオン降臨した!!
目がくらむ~キラキラハンパない~)
鬣に顔を埋めたい~!!
全然格がちがうじゃん~黄金の毛色が素敵すぎる。
心結は一切表情には出さなかったが……
心の中ではデレまくっていた。
二匹の獣は息を殺しながらお互いの動向を探っていた。
セラフィンの言う通り、リオネルの体調は万全ではない。
その為に勝負は互角といっても言いだろう。
いや……獣体は身体に負担がものすごくかかるので
リオネルの方が不利かも知れなかった。
心結にはどちらが先に動いたかはわからなかった。
荒々しい息遣い、爪音、咆哮が聞こえてくる。
ただ二匹が目にも止まらぬ速さで戦っていることだけはわかった。




