114.覚悟は決めている
心結は最初から心に決めていた。
セレスト王国に女神さまを呼び戻すことに成功したら……
ランベール王国へ戻り決着をつけると!
ここ数日で目まぐるしく状況は動いたけれども
全ていい方向に向かっていると思う。
アガタ様もラオさんが何処かから薬を手に入れて
肺の病気も小康状態に落ち着いているらしい。
「という訳で、ランベール王国に帰りたいのですが」
心結は唐突にラオに切りだした。
「はい?どういう訳ですか?」
ラオは書類から顔をあげて呆れたように首を傾げた。
なんやかんや言いながら、アガタ様の執務を手伝っているみたい。
元は王子様だもんね。
国を動かす帝王学は幼いころから学んでいるのだろう。
それどころか修羅の道を歩んできたラオさんだ。
実践に勝るものなしを地で行く人だ。
次々と画期的な政策を打ち出して、影から国の整備をしているみたい。
「ランベール王国でやり残したことを
すませようかと思っています。
それが終わったらまた旅に出ようかと……。
だからどうぞ私をセラフィン殿下に差し出してください」
「はぁ?」
ラオは目を見開いて、心結を凝視した。
「元々そういう契約なのでしょう?
それならばちゃんとラオさんは仕事をしないと。
前金とか貰っちゃっていますよね?
コウモリの名前に傷がつきますよ。
ラオさんの世界は信用で成り立っているのでしょう?」
さらりと恐ろしいことを言う心結に、ラオは驚愕しながら問う。
「理解できませんね……。
なぜそのような恐ろしいことを平然と言うのですか?
あなただって殿下の野望がどんなものか知っているでしょう。
あなたはその欲求をただ満たすだけの為に……
道具として捧げられるのですよ!?」
「十分わかっています。
逆にそれを利用してやろうとさえ思っています。
敵の懐に入らないと成し得ない事もあるでしょう?」
「それはそうですが……。
あの方は恐ろしい人ですよ」
「ラオさん以上に恐ろしい人がいるのですか?」
「茶化さないでください、私は真剣にあなたの事を……」
懇願するような色を浮かべるラオの瞳に一瞬戸惑ったが
心結は黙って首を横にふった。
「…………」
〈そうでした。この人はこうと決めたらひかない人でした。
参りましたね……。
こんなにも私の心の奥深くまで土足で入ってきたくせに……。
今度は何事もなかったかのようにいなくなるのですね。
本当にあなたは悪い女だ……〉
ラオは焦燥にも似た苛立ちのような感情が沸き上がっていた。
わかっている。最初からわかっていた。
手には入らない人だと……。
〈血迷うなコウモリ……これは商品だ!!〉
私は今まで通り感情は全て捨てて依頼をこなすだけ。
いつもとなんら変わりのない事ではないか……。
ラオは自分で自分を戒めた。
「わかりました、明日旅立ちましょう」
「ありがとうございます」
心結はホッとしたような表情を浮かべた。
が、しかしその後に何故か泣きそうな顔をしていた。
〈そんな顔をするくらいなら……
守られて君臨してればいいものを。
あなたならそれができたでしょうに〉
その頃、ランベール王国でも水面下で密かにある計画が進んでいた。
リオネル王太子がエーデル妃に会いに行ったときに側近の一人が
幼体モンチラを匿っている部屋を突き止めたのだ。
しかし後宮でも更に奥まった場所にその部屋はあった。
だから結局今日まで何も手を出すことはできなかった。
それでも多少の進展はあったのだ。
ラウルが心結から託された薔薇の紋章の懐中時計が決め手となり
エーデル妃の叔父やその側近達が処罰された。
そのお陰で隣国からはバニーユリリィも香木も入ってこなくなり
リオネル王太子も国王様もかなり健康状態が回復したのだ。
だが証拠不十分でエーデル妃とセラフィン殿下の責任追及までは
残念ながら及ばなかったのが現状だ。
それを踏まえても……二人にはもう後がない……。
次をしくじれば確実に廃妃になり、一生塔へ幽閉コースだ。
殿下も廃嫡されるだろう。
自暴自棄になってとんでもないことを仕出かすかもしれないので
常に影をつけて見張っている。
が、あちらもなかなか尻尾は出さない。
すべての元凶である黒幕を捕まえなければ終わらない。
俺は一度20年前に失敗している……。
だから今度は間違えない!!
〈女狐め……〉
ジェラールは恨めし気に後宮を見つめた。
昨晩の事だ。
ジェラール達が就寝しようとしていた時だった。
コツコツ、コツコツ……。
何者かがガラス窓を叩く音がする。
ジェラールとイリスは目配せをすると……
お互いにそっと武器を後ろ手に構えた。
息を殺してジェラールが窓に近づくと……
小さな黄金のコウモリがひらひらと窓の外を飛んでいた。
「…………」
ジェラールは手で武器を下ろすようにイリスに合図をしてから
窓を開けてそれを迎え入れた。
「こんばんは、お嬢さん」
ジェラールが右手を差し出すと、黄金のコウモリはスッと
ジェラールの手の甲に降り立った。
「ほう……噂には聞いていたが綺麗だな」
イリスも目を細めてそれを眺めていた。
するとその黄金のコウモリの姿が闇に溶けて光る粒になり……
やがて光る文字に変化して目の前に浮かんだ。
それはある取引の日時と場所だった。
「ついに動き出すか……」
「面白くなりそうだな。
ヘタレ狼と小さな戦士も一緒に連れていったらどうだ」
イリスはニヤリと笑った。
結局あのあとラウルは落ち込むだけ落ち込んで……
身動き取れなくなっていた。
その度に、ジェラールに、イリスに、果てはモンチラまでに
“ヘタレ狼”のレッテルをはられていた。
「失礼します。
こんな夜更けに呼び出しとは、何か緊急な事でもありましたか?」
ラウルは急な呼び出しにもかかわらず、執事服をキッチリと着込み
髪の乱れもなくジェラールの前に直立不動で立っていた。
「…………おまえ、執事服のまま寝てるのか?」
「はい?」
そういうジェラールは綿100%の寝巻だ……。
なんならば少し使い古されてヨレヨレになっていると言ってもいい。
本人曰く、ここからが本番らしい……。
『キュ~キュキュ』
スヤスヤと気持ちよく寝ているところを起こされ
ちょっとご立腹の幼体モンチラであった。
「お前、ジェラール様に失礼だろうが」
ラウルは右肩にいる幼体モンチラを軽く小突いた。
『ギュゥゥウゥ』
モンチラは不満げに威嚇しながら鳴いた。
そんな二人のやり取りをみてジェラールは笑いながら言った。
「相変わらず仲がいいな、お前ら。
呼んだのは言うまでもない、明日ついに事態が動くぞ」
「と言いますと」
「セラフィン殿下が欲してやまない者が届くからだ」
「……………!! 何処でその情報を」
ラウルは驚きを隠せない。
「あれだ」
ジェラールが見た方向をみると、黄金のコウモリが美味しそうに
葡萄を頬張っている姿が目に入った。
「………………チッ」
恐ろしい程不機嫌な舌打ちが聞こえた。
と、途端に部屋の温度が2~3度下がった気がした。
ラウルの機嫌が一気に下降したからだと思われる……。
「確かなのですか、罠とかではありませんか」
「ないな、あの男は非情な男だが嘘だけはつかない」
何か言いたげな顔をしていたラウルだったが言葉を飲み込んだ。
「明日、リオネル王太子のお供として俺は王宮にあがる。
お前も連れて行こうと思っている」
「ジェラール様それは……」
「わかっている。俺の眷属としてという体で……
お前には獣体の姿で来てもらうつもりだ」
ラウルはすぐに返事ができなかった。
獣体であの王宮に行くこともそうだが、心結の顔をみて冷静で
いられるかどうか自信がなかった。
そんなラウルの様子を慮ってジェラールは笑って言った。
「これは命令ではない。
お前自身で決めろ、無理ならやめてもいい。
話はそれだけだ」
ラウルは一礼をして、ジェラールの執務室をでた。
『キュ……』
心配そうにモンチラが鳴いた。
ラウルは柄にもなくモンチラの頭を優しく撫でて部屋へと戻った。




