100.欲しいものは自分の力で手に入れろ
少し落ち着いてから聞いた話によると……
俺はジェラール叔父様の領土にある湖の畔で倒れていたらしい。
ちょうど音階の花を摘みに来た、りすば犬侍女に発見された事。
この事はその侍女と、イリス様しか知らいない事。
母上がなくなった事……。
あれから1年近く経っている事。
自分は既に亡くなったであろうと思われていること……。
たった数日の出来事だったのに、こちらでは1年も経っていたのか。
ラウルは驚きを隠せなかった。
ラウルも少しずつだが……。
ジェラールとイリスに自分の身の上に起こったことを話した。
「俺……兄貴に命を助けてもらったのに。
兄貴の安否も不明のまま……
こっちの世界に戻ってきてしまったんです」
涙が目尻からこぼれ、頬を伝わった。
「あんな野蛮で自分の事しか考えない人型が憎い!!
俺は許さない!! 許すものかぁ!!」
ラウルは狂ったかのように吼えた。
イリスが鎮めるようにラウルを抱きしめて言った。
「もう大丈夫だ。人型はこの世界にはいない……。
お前を悲しませるものは、このイリスとジェラールが
退治してやるから……。
ラウル……お前は何も悪くない。
兄貴にもお前の気持ちは十分伝わっているはずだ」
「兄貴ぃ…………っ……ごめん……」
ラウルは兄貴を思ってまた涙がこぼれた。
この日からラウルはただの狼獣人のラウルになった。
執事見習いとして、ジェラールにつかえる日々が始まった。
「あれから20年以上も経つのか……」
ラウルは感慨深げにつぶやいた。
〈心結はあの人型達とは違う……
わかっているがどうしても心のストッパーが邪魔をする〉
兄貴やほかの子達をあんな目にあわせた人型を……
どうしても許すことができない……。
「兄貴……、どうしたらいいんですか……俺」
未だに肌身離さず持っているペンダントを見つめた。
知らない内に折れていた紫水晶の宝石……。
兄貴と一緒に転げ落ちた時に割れたのだろうか。
その宝石をなぞりながら……
ラウルはベッドに突っ伏したまま……
そのままいつのまにか眠りの世界へと落ちていった。
「…………っ」
何かが俺の頬を叩いている?
ラウルは眠い目をこすりながら、顔を横に向けると
目の前にドヤ顔のモンチラが立っていた。
「えっ?」
『キュッ!』
よう!とでも言うかのようにモンチラは鳴いた。
「お前……どうしてここに……。
もう一匹はどうした」
ラウルは呆れたように、モンチラの額を突いた。
『キュウ……キュキュ!』
もう一匹は心結について行ったと言われた。
とりあえずこの事を報告しなければならないと思い
身支度を整え、ジェラールの元へと向かった。
ジェラールは朝食を終えて……
サンルームで家族とゆったりした時間を過ごしていた。
「おはようございます。ジェラール様」
「おう、ラウル……」
そう言ってラウルをみたジェラールは面食らった。
「なんだ、お前のその肩に乗っているものは。
お前の新しい相棒か!?
随分可愛らしいじゃぁねぇか」
「ヒッ!モンチラ」
「グル!?」
ユーゴとディーノは正反対の反応を示した。
ユーゴは若干怯え、ディーノは興味津々だ。
「申し訳ございません、どうやら一匹勝手に
ついてきしまったようで……」
「初めて実物をみるが……可愛い顔しているな」
イリスは興味津々といった感じでまじまじと見つめていた。
するとモンチラは肩からぴょんと飛び降りると
イリスの膝の上に乗った。
「うぁあ!飛んだ!!」
「グルルルルル!!」
ユーゴはビクっとなり。ディーノは威嚇した。
「駄目だぞ、ディーノ手を出したら」
イリスに窘められて、不満そうにモンチラを睨むディーノ。
『キュッ……キュキュ』
甘える様にイリスの手に頬ずりをするモンチラ。
「可愛いな……。
何か食べ物を与えてもいいのだろうか……」
「甘いものが好きですよ」
(やはりお前もオスなのだな……。
綺麗な女性が好きか……)
ラウルはこっそり苦笑した。
「そうか……」
優しく頭をなでながらフルーツをモンチラにあげるイリスであった。
「…………」
焼きもちを焼いている猛獣が一匹降臨していた……。
「大人げないぞ、ジェラール」
イリスの口調は優しかったが、目が笑っていなかった。
「俺のイリスなのに……。
あいつ膝の上で甘えたりして……」
殺気を放ちながら、不満げに尻尾を椅子に叩きつけていた。
「コ…コホン……」
ラウルはわざとらしく咳払いをして言った。
「ジェラール様……
モンチラの里に送り返しましょうか、これ」
『キューキュキュキュ!!キュキュキュ!!』
モンチラは激しく鳴いた。
その言葉をきいた大人三人の反応は様々だった。
ジェラールは、愉快でたまらないという顔をした。
イリスは、生暖かい目でラウルを見た。
ラウルは……真っ赤になってよろめいた。
モンチラの言葉がわからないユーゴは
首を傾げながら言った。
「父上、モンチラはなんと言ったのですか?」
「ん?なかなかの衝撃発言だぞ。聞きたいか?」
ジェラールはにやつきながら、ラウルを見た。
「ジェラール様、勘弁してください」
獣耳を後ろに倒し、真っ赤になりながら耐え切れないとばかり
ラウルは口を覆い、狼狽えた。
「すまんな、ユーゴ。
大人の事情だ、今回は勘弁してやってくれ」
「…………はい」
ユーゴとディーノまでもが何かを察して素直に頷いた。
「さぁ……二人とも勉強の時間だろう
母様が部屋まで送ってやろう」
二人を促してイリス達はサンルームから出て言った。
途端……耐え切れなくなったのだろう
ジェラールは腹を抱えて笑い出した……。
「ブワッ……ハハハハハハ!!
モンチラが言ったことは本当かラウル!!」
「ジェラール様!!俺と心結はそういう関係では」
信じられないほどラウルは動揺していた。
モンチラはこう言ったのだ。
『心結が大好きなくせに。
番のお前が迎えにいかなくてどうする!!
その為には俺の力が必要だろ?』
「ラウル……。
モンチラの言った事はお前の本当の気持ちじゃないのか?」
「…………」
「この際、人型とか異世界人とか聖女とか……
すべて全部とっぱらって、心結ちゃんをどう思っているか
もう一度自分の心に聞くことだな」
ラウルが息を飲む音が聞こえた。
「お前には今日から暇をだす。
何処へでも好きな所に行けばいい」
「ジェラール様!?」
「俺はお前に幸せになって欲しい。
欲しいものは自分の力で手に入れろ!!
昔からジェラール叔父ちゃまはそう言ってきただろうが」
そう言うとジェラールはニヤリと笑った。