1.トラ吉
「幸せだな……」
桐嶋心結は公園のベンチに座っていた。
この辺一帯のボス猫トラ吉を膝に抱いて……
そのモフモフ毛並みを心ゆく迄堪能していた。
トラ吉は元野良猫であったが、公園前の一軒家に住む、
鮫島のおばあちゃんに絆されて、もとい餌付けされて?
飼い猫同然の身分になったのだ。
しかし元野良猫の血が騒ぐのだろう。
以前と変わらず公園周辺のパトロールは欠かさず
自由に外と内を行き来し、気ままに過ごしているらしい。
餌の心配もなく可愛がられているお陰なのか……
モフモフで艶々の毛並みである。
「以前から美キャットだとは思っていたけど。
トラ吉最高!
モフモフに勝るものはなし!
ああ癒される……心の底から浄化される」
心結の心の呟きが知らず知らずのうちに、
全部声に出てしまっているが気にしない。
真昼間の公園で残念な顔でにゃんこを撫でまわしている
大人女子がいてもいいのだ。
トラ吉も気持ちよさそうに喉を鳴らし
されるがままになっている。
この一人と一匹が、このような関係になるまでは
紆余曲折あったのだが……
長くなりそうなので割愛させて頂く。
心結は幼少のころから、無類の動物好きであった。
そもそも父親が動物好きということもあり、
生まれた時から常に動物に囲まれた生活を送っていた。
その影響が大きいのだと自分でも自覚するほどだ。
数十匹の鳥に、鯉、犬、猫、リス、モモンガまで!
無類の動物好きになる環境は、整っていたのである。
ある種、動物好きになる為のエリート教育が
無自覚のまま、日々なされていたのである。
そんな長閑な昼下がりの公園のひと時であったはずなのに。
「ここ何処よ」
(気が付いたらエメラルドグリーンの湖の畔に
佇んでいました、ハイ……!)
その周りには、虹色に光るスズランの様な花が
群生しているのが見える。
今まで生きてきて……!?
うん……。
出会ったこと事のない種類のお花だと思う。
新種発見か!?
心結はポカンと口を開けたまま、その景色を眺めていた。
ポカポカ陽気の中、膝の上には極上のモフモフがいて、
ちょっぴり眠くなったのは、仕方のない事だと思う。
だからと言って、いきなり知らない場所へ
転移するなんて事ある?
(まだ夢の中なのかな?)
お約束であるが、両手で頬を抓ってみる。
「痛い!!よしっ、夢じゃない」
(転移魔法使えるレベルだっただろうか?私……)
額に手を当てて考えてみる。
「って、おい!」
声に出して、セルフツッコミみしちゃったわ。
今世紀一番の鋭いツッコミだったと思う。
私は至って普通の27才の会社員。
魔法を使える職業ではなかったはず。
(あぁぁぁ、もう訳が分からない!!)
しかし、大事な事だからもう一度言う。
「ここは何処なんだよぉぉぉぉ!」
空しく心結の雄たけびが、湖に響くだけであった。