第14話 今日から時を止めて
夏にしか生きられない命がある。
蝉という生き物は地上に出て一週間しか生きていられないらしい。
気怠い温度の中、氷水で冷やしたラムネ瓶ののど越しも、川辺の遊びも、冷やし中華も素麵も、夏の間の貌と冬になってからの貌は全く違う。
その貌は夏にしか現れない掛け替えのない命なのである。
その刹那を求めて人々は夏に恋い焦がれる。
郷愁に胸を締め付けられ、過ぎ去った夢幻を手繰り寄せようとして、現れた形に懐かしさで目を細める。
でもいつしかそんな郷愁も忘れて、大切な何かさえも何かを忘れ去るようにと毎日を生きている。
真っ直ぐ生きることに必死で歩いた道のりを振り返る暇もない。
果たして、忘れ去られた思い出は、生きているのだろうか。
過去は明日に確かに生き延びているのだろうか。
僕は果たして、過去のものを忘却から守れているのだろうか。
ラムネ瓶を開けるのに苦戦する君を、川辺ではしゃぐ君を、君が作ってくれた冷やし中華の味を、風鈴の音のような君の声を、君と共に歩んだ道を、僕は忘れてしまうのだろうか。
眠ってしまった君は、忘れ去られていく君は、夏にまた生き返るのだろうか。
いなくなってしまうくらいなのならば、いっそのこと。