06.二人で食事を
小汚い裏通りの一角にあるその料理店は、古びたたたずまいの油まみれの黒い木造建築であった。
「暗黒料理店」
という看板が店の屋根の上に掲げられている。
「ここが、ハオのおすすめのお店なの?」
ポリーヌはハオに手を引かれたまま、店の看板を見上げて言った。
「そうだよ。店の外観は汚らしい感じだけど、すごくおいしくて安いんだ!」
ハオが輝くような笑顔でポリーヌを見上げた。ポリーヌはそのハオの笑顔に思わず吸い込まれそうになる。
ハオの弾むような声はみずみずしい若さに満ち溢れ、耳に心地いい。
「そ、それなら勇気を出して入ってみましょうかしら」
「うん! きっと気に入ると思うよ!」
「……いらっしゃい」
二人が入店すると、カウンターの奥から「今さっき人を殺してきたばかりです」という風情の、こわもての中年男性がうっそりと言った。
肩口までが見える袖のない衣服を上半身にまとい、不機嫌そうな顔をして腕組みをしている。
その両肩から上腕にかけては、黒い炎のような図柄の刺青が入れられている。
「ここの店のコンセプトは、どす黒い怨念の炎に焼かれたような、深みのある味わいの料理なんだ」
と、ハオは顔を輝かせてポリーヌを見た。
滅多なことには動じないポリーヌであったが、得体のしれない料理が出てくることを予想して思わず身構えてしまった。
「ポリーヌは何が食べたい?」
腕組をしたままの店主にかまわず、ハオは勝手にテーブル席に着座した。ポリーヌも恐る恐るそれに従ってハオの前に座った。
ハオはポリーヌの前にメニューを広げて見せたが、どれも怪しさ満点の料理名ばかりでとてもおいしそうには思えない。
「ハ、ハオのおすすめのものを。お任せいたしますわっ」
「そう? じゃあ……」
ハオは少しの間考えてから、
「マスター! 暗黒麺二つと、地獄チキン二つ、あと食後に苦悶のケーキを二つ!」
「はーい。暗黒麺、地獄チキン、苦悶のケーキをそれぞれ二丁!」
マスタは―意外な几帳面さで注文を復唱してみせた。
それから、二人の間には沈黙が続いた。
ハオはさして気にするようでもなくニコニコとした様子でポリーヌのほうを見てくる。
ポリーヌはどうしていいのか分からなかった。
実のところ、ポリーヌは年の近い異性と二人きりで食事を共にするという経験を今までにしたことがなかった。
(こ、これは、いわゆるデートというやつなのかっ!? ですわっ!)
ポリーヌはそう考えて、思わず体が熱くなるのを感じていた。
拳と拳を交えて戦う時にたぎる血潮の熱さとはまた別の、湯あたりしたときののぼせに近い感覚だった。