04.敗北は恋の味
覇王極熱波――。
それは、覇王流拳術の秘められた奥義であり、最大の技であった。
全身を巡る闘気を両掌に集めて気合と共に放出し、敵の身を焼くという恐ろしい技なのだが、この禁じられた奥義をポリーヌはいまだかつて一度も実戦で使ったことは無かった。
水を打ったように静かな様子だったハオが、それを見たとたんに迅雷の素早さでポリーヌに接近し、奥義のために闘気を集中していたポリーヌの下腹部に右掌で軽く打撃をくわえた――ように思われた。
ズゥンッ!!
しびれるような鈍痛と甘やかな快感がポリーヌの下腹部から全身に広がっていく。
全身から力が抜けて、気が付いたときにはポリーヌは背中から床に倒れて道場の天井を見上げていた。
「……大丈夫?」
ポリーヌの頭を支えたままハオが言った。
ポリーヌの巨体が倒れる瞬間、素早く後ろに回って頭を打たないように支えてくれたものらしい。
「あの技を使わせるわけにはいかなかったんだポリーヌさん。僕が君の技をかわせば後ろにいる門下生たちが危なかったからね」
「……」
ハオの顔が間近にあったのでポリーヌは思わずドキッとした。年端も行かぬ少年に頭を支えられて半ば抱かれたようになっているこの状況に、どうしようもなく胸がときめいている。
「ポリーヌ、でよろしくってよ。さんは不要ですわっ!」
ポリーヌは顔を絡めてハオから目をそらした。
「この勝負、わたくしの完敗ですわね……」
普段気丈なポリーヌの目にはうっすらと涙が光っていた。
父から受け継いだ覇王流の名を汚してしまった。王都の武術道場の看板を無敗のまま100集めるという夢はたったの3つ目で砕かれてしまったのだ。
さらに、ポリーヌが思い描いていた夢は、悪逆非道な悪役令嬢として大陸中にその名をはせ、何度も婚約破棄されるという未来であった。
この道場の門をぶち破ったときには、そんな明るい未来が自分の目の前に開けていると信じていた。
しかし、現実はポリーヌの夢を非情に打ち砕いた。
運命はポリーヌを、ハオというこの天才少年に引き合わせ、あまつさえポリーヌはハオに恋心すら抱いていた。
(恋……? これが恋というものなの? 武門の後継者として生まれたわたくしには不要なものと思っておりましたのに……)
しばらくうっとりしていたポリーヌは我に返って、ハオの腕からすり抜けるようにして自分の足で立った。
「もうよろしくってよ! お気遣いなくっ!」
ポリーヌは気丈にそう言ったものの、心臓は早鐘のように高鳴っていた。