02.柔和な少年
「おぬしがポリーヌか。知人の道場主から女に看板を奪われたと聞き及んでおる」
道場の奥からしわがれた老人の声がした。
「恥ずかしくてひた隠しにしているということだったが、いずれ噂は王都を駆け巡ろう」
奥から歩み出ていた老人こそ、この道場の道場主にして師範であった。
「わしが自らお相手すれば満足されるのかもしれませぬが、師範とは名ばかりの老いぼれでしてな。どうやらかなりの剛拳使いであらせられるようだ。わしでは到底お相手は務まりますまい」
老人は、横に世話係風の庶民服を着た少年を従えていた。
「ならば闘うまでもないですわね。道場の看板、いただいてまいりますわっ!」
ポリーヌは右手で縦巻きカールの髪をファサっと払って、高らかに勝利を宣言した。
「よろしければ、こちらのハオ殿にわしの代わりに闘っていただこうと思うのじゃが、どうかな?」
老人は簡素な衣服を着たかたわらの少年を示して、ポリーヌに言った。
「若く見えるが拳士として2年間、隣国で修行を積んでこられたお方じゃ。散歩中に知り合って意気投合したばかりの仲じゃが」
「わたくしでよろしいのですか?」
と、ハオと呼ばれた少年は師範のほうを見て言った。
「道場の看板を拳客によって守ったとなると、心無い人たちから何かを言われてしまうのでは?」
ポリーヌはイラっとした。まるで自分を倒せると言わんばかりの物言いに。
ハオは見たところ19歳のポリーヌより5つは年下と思われた。ポリーヌより頭一つ分は小柄で、体の線も細い。
「なんでも構いませんわ。そこの小僧さんを倒せば看板を寄越すとおっしゃるなら、いいでしょう。戦って差し上げましょう」
ポリーヌは怒りを押し殺してそう言った。
そして、ポリーヌとハオは道場の真ん中で対峙した。
ポリーヌは半身に身構え、全身に覇王の闘気をみなぎらせた。
対するハオは、やる気があるのかないのか、力の抜けた感じで自然に突っ立っていた。
ハオは柔和な顔立ちで、敵対して向かい合っているのでなければ可愛らしいと思えるような男の子だった。
こちらをにらみつけるでもなく、おびえるようでもなく、強いて言えば物珍しそうな感じで見ている。
(こんなかわいらしい男の子を痛めつけるというのは本意ではありませんが、我が覇道のため、仕方ありませんわねっ!)
ポリーヌは心を悪魔にすることを決めた。せめて、あまり体を痛めなくても済むように一撃で気絶させる!
ポリーヌは動いた。