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飛び出す絵本・その4


 本の飛び出す不思議。虫の飛び出す不思議。

 花の飛び出す不思議。動物の飛び出す不思議。家族の飛び出す不思議。

 小笠原権左衛門の飛び出す不思議。そして……



 ……



「横島演三郎って……優れた科学者か何かだったのか? ……」


 間島祐一は、素朴な疑問を親切な幽霊に向けていた。「いーや。『優れ』ていたわけではないよ」白い髪の若い学生風の幽霊は、細い指先で顎を撫でていた。

 2人がいるのは、祐一の部屋である。姉の美希からの命令で本屋に赴き、そこで目にした『飛び出す絵本』のことが頭から離れる気配を全く見せず。結局に、シリーズ7冊目となる本を購入する羽目になってしまったのだった。


『飛び出す絵本シリーズ7・幽霊』


 シリーズ1冊目の立ち読みで、絵本から絵本が飛び出してきたのを実際に見ている祐一は、シリーズ7で飛び出してくるものも本当にそうなのだろう、と予測し確信していた。

 いいだろう、この目で確かめてやる。気になるのだから。

 祐一はそう覚悟を決めて本を購入し、自宅にて本を開いてみたのだった。


 出てきていたのは、祐一と背格好が同じくらいの、少年のあどけなさが残る若い男の幽霊だった。明るく、とても爽やかな顔でまずは初対面の挨拶から始まった。「こんにちは、初めまして」

「こ、こんちは……」

「君は、どうやら僕が『見える』ようだね。見える人と、見えない人がいるから……」

 明らかに、自分は幽霊ですと言っているようなものだった。あまりにもあっさりとした態度に、祐一はちっとも怖くはなくなったのである。「そ、そうですか……」たじろぎながらも、正気は緩むことがなかった。

(凄い真っ白な髪だなー……。幽霊になると、こんなのになるのか、誰でも?)

 理由を知りたくもなっていたが、祐一は聞かずに後で聞けたら聞いてみようと思っていた。

「それで。君は何か僕に用はあるのかい?」

 いつの間にか祐一の正面で正座していた幽霊の彼は、そう聞いていた。

「ええと……特には、ありません。スンマセン」

 素直に謝る祐一に、幽霊の彼は「やっぱりね」とだけ返して、そのまま後ろへと静かに倒れてしまっていた。「迷惑なんだよ、本を開かれるのってさ……いつ、何処かで、誰かが、ってさ」

 幽霊は、眠そうに大欠伸をしていた。


 彼が思うのも仕方なく、この『飛び出す絵本シリーズ』は幽霊内では非常に迷惑だった。いつの何処で誰が本を介して呼び出されるのかが判らず、安らかに眠っていたのにと苦情は殺到寸前だったのである。

 しかし苦情の対象となる者はすでに現実にはいない、亡くなってしまっているのだった。横島演三郎、絵本の著者であり絵本を作り上げた、幽霊曰く『優れ』ていたわけではない科学者だったようである。


「幽霊なんて、所詮は情報の一部なんだよ」

「?」

「まあいい、幽霊のメカニズムなんてどうでもいい、それより、君がこの本を買って手にしたということは、あの(ひと)がそのうちやって来るということだな」


 彼、幽霊は自分をタイヨウと名乗り、横島演三郎という人物について、こと細かく祐一に教えてくれていた。絵本の発明から、シリーズ6までの生涯においての全てを。結婚を前提とし、婚約をしていた藤枝さち香は残されて、演三郎が手がけた絵本を回収しに全国をまわっているということを。


 事情に詳しいタイヨウと名乗る彼に、「あれ? ……そういえば」と、祐一はまた素朴な問いかけを投げかけていた。


「シリーズ6で作者が亡くなったっていうんなら……『7』は、誰が作ったんだ?」……



 その時だった。


 ピンポーン


 玄関先から、インターホンの音が聞こえてきていた。「あ、誰か来た。ちょっとゴメン、今、誰も家にいないんだ」祐一はタイヨウに断って、1階へと下りて行った。

 ドアを開けた祐一を待っていたのは、麦わら帽子を被っていた長い髪の女性である。

「こんにちは、初めまして。藤枝といいます」

 予想もつかなかった訪問客に、祐一はしばらく静止して状況を把握しようと努めていた。

「藤枝……さん」

 はて何処かで聞いた名前だと思った祐一に、藤枝という女はにこやかに返事をしていた。

「はい。私のことは存じておりますか?」

 底も抜け目も無い笑顔をしている相手の女の顔は、祐一に僅かな抵抗感を生みだしていった。鳥肌が立ち、ぞわぞわと毛に巻き取られるかのような悪寒がしていた。「もしかして……絵本を……」と、正解を告げた祐一に、女の顔は豹変していった。


「何故知っているの」


 怒りでも悲しみでもない、驚きや喜びでもなかった。緊張感の漂う、切迫された表情だった。上目づかいに祐一を見ていたが、祐一からは麦わら帽子に隠れた女の口元だけしか見えず、祐一の心臓をどきどきとさせて次第に追い詰められていった。

「知っているのって、それはそのですね……実はその……」

 どう答えたものだろうかと考えが紆余曲折し迷っていると、背後から場違いな明るい声がやって来ていた。幽霊の彼、タイヨウである。


「僕が教えてあげたのさ、さち香さん。お久し振り」


 朗らかな笑顔を全開に見せて、手を振っていた。「やはり。気配がすると思ったわ……この悪霊」さち香と呼ばれた女、藤枝さち香は、見据える対象を祐一の背後、タイヨウに変えていた。悪霊と罵られていてもタイヨウは堪える様子を見せず、肩の上へ後ろに両腕を組んで回し、ぴゅう、と軽く口笛を吹いて調子づいていた。「悪霊なんて酷いな、僕が何かしました?」


 さち香はこれ憤慨と、こぶしを握りしめ玄関口で怒鳴っていた。

「嘘おっしゃい。シリーズ7を制作したのは、あなたでしょう! あなた以外に考えられない……彼の研究室から、設計図を盗んだのね!?」

 怒りの目は大きく見開き、息は荒げて、帽子は、ずり落ちそうに引っかかっていた。答えるタイヨウは何処か優しく、だが鼻にもかけているようで面白そうにしてさち香を見ていた。

「実現してあげたよ? 師匠の最後の望み。僕は病で死んでしまったけど、作ったことに後悔はしていない。だけど……」


 続けて大きく、息を吸って吐きながら、最後、言いたいことの文末を締め括っていた。


貴女(あなた)が絵本をこのまま危険だと思うなら、どうぞ全てを回収するがいいさ……」


 そうして、タイヨウは音もなく消えてしまった。あまりにもあっけなく、引き下がってしまって残された2人は、しばらくはぼおっと突っ立ったままだった。

(ええと……)

 残されたうち、祐一は、こんがらかってきそうな頭のなかを整理していた。さち香、タイヨウ、絵本の著者である死んだ横島演三郎。3人の関係は、婚約者同士、師弟関係、その他には……。

(もしかしてタイヨウさん……さち香さんのこと……)

 あくまでも、ひとつの可能性を(うたぐ)っていた。確かめようのないことだった。


「本は何処……?」


 くたびれた声を出し、さち香は涙を浮かべながら祐一に訴えていた。祐一はぎくりと背筋を伸ばして、さち香を家のなかの自分の部屋へと案内していった。「どどどどうぞ」

 促されて、さち香が部屋に入った時に目に飛び込んできたものとは……祐一にも、予想できなかった事態だった。



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