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だしがらは持て成される

 


 乗っていた貸し馬車が御者と共に去っていく音を背後に聞きながら、ルカに手を引かれて屋敷の門をくぐった。

 英雄ならもっと大きなところに住んでいると思ったのだが、きっとルカは辞退したのだろう。貴族街の中にあるが、端の方にあるこじんまりしたお家だった。ルカがいた頃に私達が住んでいたのと同じくらいの大きさだろうか。

 でもここは王都だから、タウンハウスにしては広々している。普通はお隣と密接した縦に細長い建物のはずだ。

 かつての我が家はそっちの規模のタウンハウスも持っておらず、父さんは王都に上がる時は寄親のタウンハウスの客間を借りていたが。


「サマンサ、いるか? 頼みたいことがある」

「は、はい! 何かご用で……、?!」


 ここも普通の貴族屋敷らしく、一階部分のほとんどは使用人の居住区になっているようだ。

 名前を呼ばれて、一階の奥から顔を出した若い女性は、ルカと一緒にいる私を見ると目を見開いた。

 意識していなかったが、そう言えば今の私は聖女の礼装を身にまとっている。聖女は普段教会の中にしかいないし、パートナーがいないはずのこの屋敷の主人が突然誰か連れて戻ってきたのだ、二重で驚いたのだろう。


「今日からこの方もここで一緒に暮らすから。それで、何も用意する間もなく僕が連れてきちゃったから……クロエ様に今夜寝る時の服を貸して欲しいんだけど」

「え、ああ、はい! かしこまりました」

「ありがとう。服の代金は明日払うよ。じゃあ僕は客室の用意をしてくるから。クロエ様の入浴の準備も頼んでいいかな?」

「は、はい」

「よろしくね」


 ニコニコしたまま怒涛の勢いで告げると、ルカは2階に足取り軽くのぼっていった。

 サマンサさん、見知らぬ人間が夜遅くに来たから緊張してるのかしら……と思って声をかけるタイミングを見計らっていたら、ルカが見えなくなると何故かほっと息を吐いて肩の力が抜けていた。


「えっと、サマンサさん……夜分遅くにすいません、よろしくお願いします」

「あっ! それはもう全然! でもあの、あたしの服は聖女様にお貸しできるようなものはないのですが、大丈夫でしょうか……?」

「突然来て、貸していただけるだけで……それに、こんな服は着てますけど、実は私聖女じゃないんです」

「ええっ?!」

「話すと長いんですが、今日付で聖女ではなくなってしまって……」


 お風呂に入っている間に今夜の服を用意しておくと、サマンサさんにお風呂場に案内されながら、何故私がここにいるかをかいつまんで事情を話していく。


「はぁ……聖女の力がなくなるって、そんな事があるんですねぇ……」

「力を失ったのは大分前だったんですけど、肩書きがなくなると知ったのは本当に今日突然で。連絡に行き違いがあったみたいなんですけど」

「それにしても急で困っちゃいますよね」

「ええ、それで戸惑っていた所に……実はルカ……勇者リュカーシュ様は小さい頃に、何年かうちにいた事があるのですけど。その時の恩返しにって、こうして滞在させていただく事になりまして」

「事情は分かりました。けど……どうかクロエ様、あたしには丁寧な言葉なんて使わないでください! お嬢様みたいな方にそんな口をきかれたら、どうにも落ち着かなくて……」

「そんな。私こそ実家はもう無いから貴族でもないし、聖女でもなくなった訳ですから……」

「いえいえそんな訳にも……」


 サマンサさんはおおらかでさっぱりした性格のようで、少し話すうちにすっかり打ち解けてしまった。

 最初怯えてる様に見えたのは気のせいだろう。


「主人であるリュカーシュ様のお客様に気安い口なんてきけませんって!」

「そ、それはそうですね……でも多分、近いうちに同僚になると思うので、そうなったら後輩としてよろしくお願いします」

「へ? 同僚に?」

「はい、こちらのお屋敷には失礼ながら人が足りてないと思うんです」

「そうですね、他はあたしの夫のジェフリーがいて、料理を作るのと今は庭の手入れや下男みたいな仕事をしてますが、それだけです。家中全部は管理出来てないので、掃除も使ってる部屋だけになりますね」


 やはりそうか。私の相手をサマンサさんに任せて、客間の用意に自分が向かったから、少なくとも屋敷を管理するのに足りてないのは分かっていた。まさか他に料理人が一人だけとは思っていなかったが。


「そこを狙うような形になりますが、ルカに私を使用人として雇ってくれないか頼もうと思ってまして……」

「ぜ、絶対にやめてください!」


 鬼気迫る勢いで止めてきたサマンサさんに、私はびっくりして次の言葉が頭から飛んでしまった。付き人をしていた事、拙いながらも洗濯や掃除に料理も一通りできるとアピールしようと思っていたのだが。


「リュカーシュ様はクロエ様にそんな事を絶対にさせないと思いますし、使用人になるなんて言い出したらとんでもないことになりますよ!」

「とんでもない事……」

「良いですか、クロエ様。リュカーシュ様のお望みの通りに、しばらくひたすらもてなされてゆっくりなさってください」

「ええ?」

「あたしからはおそれ多くて言えませんけど……リュカーシュ様はきっと、いや間違いなく、クロエ様に全く違う事をお求めですよ。あたしのためにもそんな事言わずに、ホテルだと思って何もせずに過ごしてください」


 約束ですよ、と言い残してサマンサさんは私の着ていた聖女の礼装を回収してすぐ浴室から消えてしまって。私はなんだか腑に落ちない思いがしつつも、とりあえずバスタブに意識を向ける。

 とりあえず今から細かい先のことを考えても仕方ないだろう。今夜はルカに甘えさせてもらうとして、明日以降の事はまた別に相談させてもらおう。さすがに何もしないで居候するのは家族とは言え気が咎めるもの。


 


「クロエ様、まだ起きてらっしゃいますか?」


 入浴が終わり客間の用意ができた、と案内された部屋で一息ついているとドアの外からルカの声がした。

 起きてるよ、と返すと「夜分に女性の部屋に入るわけにはいかないので、扉越しに失礼します」とルカが答える。

 紳士そのものの気遣いと、女性扱いされてる事になんだかもぞもぞしてしまう。完全に弟分の気持ちで、部屋に迎え入れようとしていた私は反省した。

 そうだ……ルカも私も子供だったら許された振る舞いはもうできない。夜だし、平民だって部屋着は肉親か恋人にしか見せてはいけない。

 雷が怖くて、普段お姉さんぶってる私がルカのベッドに潜り込んでたのを思い出して懐かしくなってしまった。


「明日は一緒に朝ごはん食べましょうね。部屋まで迎えにきます。その後はちょっと外出しますけど、すぐ戻ってくるのでクロエ様のお時間いただいてもいいですか?」

「もちろんよ。でも本当にありがとう、私を今日助けてくれて」

「……ほんとに? 僕、クロエ様の力になれました?」

「ええ、とっても! 私……あの時味方が誰もいない気持ちですごくショックで、ルカがいなかったら心細くて泣いてたかもしれない。すごく……嬉しかった」

「っ!」


 この向こうにルカがいるのか、と手の平でドアに触れる。

 今朝までは、まったく予想すらしていなかった。突然婚約破棄される事も、英雄リュカーシュがルカなのも、こうしてルカのお屋敷にお邪魔する事になるのも全部。


「……僕、初めて、勇者になって良かったって思えました」

「え?」

「こんな力なければ、クロエ様と一緒にいられたのに、ってずっと思ってた……でも、良かった。勇者の名前のおかげで今日、クロエ様を守れたから……」


 扉の向こうから、グスグスと鼻をすする音が聞こえる。

 今すぐルカを抱きしめたくなってドアを開けようとしたのだが、廊下の方からルカが押さえているらしくびくともしない。私が扉を開けようとしたのが分かったのだろう、焦ったように「おやすみなさい!」と言うとすぐにバタバタと走り去る足音が聞こえた。


「おやすみなさい、ルカ……」


 私を大切に思ってくれる人がいる、それだけで温かい気持ちになる。そうすると、教会にいた時の私はあんなに周りに人がいたけど寂しかったんだなと今更感じた。

 ルカには明日改めてお礼を伝えなければ。私もルカが勇者として離れ離れになった日から忘れた事なんてなかったって事も話して、私の知らないルカの話もたくさん聞きたい。


 怒涛の勢いで次々と私にとっての予想外が起きた一日は思っていたより疲れていたのか、ベッドに入るとすぐに寝付いてしまった。



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