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 だから私は教会に置いてもらっている身としてせめて出来る事はしたいと、仕事であれば何でもするようにしている。

 ただそれだけで、聖女としての名前に私個人には未練があるわけではない。ほとんどの力を失った2年前にてっきり解任されると思っていたし、それに異を唱えるつもりもなかった。お父さんもお祖父ちゃんも私が聖女になってとても喜んでくれてたから残念だなとは思ったけど、それだけ。

 確かに聖女は数が限られているが、「遺伝される事が多い」以外に分かっている事は少なく、それこそたまたま力を持っていたからだけでしかない。


 洗濯婦も聖女も、どちらも社会には必要不可欠な仕事だ。それにやってみれば分かるが、布をなるべく傷ませずに、しかし綺麗に洗いのけてシワを付けずに干すのは技術がいる。誰でも同じように同じ速さで同じ量が洗濯出来るわけではない。現に私はまだ皆さんのように上手くできないし。

 聖女の力だってただ使えば良いわけではなく、怪我も病気も浄化も必要な知識を持っていなければ効果が減衰してしまう。

 どちらの仕事もそれぞれ大変で、それぞれ欠けては社会が回らない。

 聖女がいれば良いと怪我も病気も治して終わりではなく、看護や治癒院の管理や他にも様々な人手が必要だ。その雇用を生み出す、平民が出来ないような額の寄付金をもたらす彼女達も、必要不可欠だと思っている。


 だから私は洗濯も掃除も「やらされている」とは思っていないのに。でも私がだしがらだとバカにされてるせいで、サマンサさん達の仕事を罰のように扱うあんな言葉を聞かせてしまって……それが悔しい。

 でも。……何より、何も為せない自分自身に対して一番腹が立っていた。私に、彼女達に話して分かってもらえるような伝え方が出来たら良かったのに……。



「ただ今戻りました」

「あ、お帰りなさぁい、クロエお姉さま」

「テーブルクロス一枚洗うのに随分かかったわね」

「申し訳ございません……」


 聖女宮の裏庭の物干し場に寄ってシワの残らないように丁寧にピンと張って干した後にアイシャ様の部屋に戻ると、アイシャ様の侍女であるカーラさんにまた怒られてしまった。不器用で、まだ満足にこなせる仕事がない自分が情けなくなって俯いてしまう。

 実際テーブルクロスの染み抜きにこんなに時間がかかってしまっていたのは私の手際が悪いからだ。紅茶用の洗剤をかけて叩いて、色が完全に落ちるまでそれを繰り返す。プロの洗濯婦の方達なら、あの程度の大きさの汚れなら私がかけた半分の時間でこなしてしまうだろう。


「まったく……また平民の治療をして来たんじゃないでしょうね」

「カーラ、怒らないであげて。クロエお姉さまはぁ、聖女だった頃みたいに感謝されたいって……それが忘れられないだけなんだから」


 感謝されたくてやっている事ではないが、そこについて反論するとまた余計にややこしくなるのでひたすら頭を下げておく。


 この聖女宮では私の仕事なんてほとんどない、そもそも洗濯だって本来は……まとめておいて、後で籠ごと使用人に預ければ綺麗に洗われて畳んだ状態でこの宮のリネン室に戻ってくるし、リネン類を取り替える専用の人員も手配されている。

 生まれも高貴な聖女アイシャ様の身の回りはそうして一流の調度品と仕事で満たされていて、半人前の私が任されている作業は元々は無かった。


「……命じられた仕事以外は、しておりません。本当です」

「命じられただなんて。そんな人聞きの悪い事を言われたら悲しいわ。クロエお姉さまが淹れた紅茶が熱すぎて驚いてこぼしてしまった私が悪いの? シミになったら使用人の方が大変だわって言ったら是非自分に洗わせてって言ったのだってクロエお姉さまなのに」

「はい……そうです。失礼いたしました。ただ、本当にクロスの洗濯以外はしておりません。彼女達への治療は、鍛錬を兼ねて私の安息日にしている事です」


 そう。今回は、私のせいで汚れたテーブルクロスを……時間が経つと落ちにくくなるから心配だと言われて無理に洗濯をかって出ただけだ。確かに私の自己満足で勝手に職場を抜けた事になるだろう。

 でもここに居ても「アイシャ様の話し相手をする」以外に表向き何の仕事もない私は、それだったら小さい事でも誰かの役に立てた方がいいのではと考えてしまう。


「また平民に施しを? 本来は貴重な聖女の力なのに……分かっているの? お前が軽々しく使ったら価値が下がってしまうじゃないの」

「クロエお姉さまが可哀想よぉ、カーラ。きっと悪気はないのよ、だってクロエお姉さまはこんな事でもしないと誰も必要としてくれないんですもの」


 アイシャ様は楽しそうに紡いだ言葉に、私はみぞおちの奥が苦しくなって指を握り込んだ。


「まぁ、アイシャ様はなんて慈悲深いのかしら……!」

「だしがらのくせに出しゃばりで、そんな者にも優しさを向けて差し上げるなんて」

「ううん、だって。私は聖女としてたくさんの人から感謝されてこの国に必要だって言われてるけど。だからこそクロエお姉さまのささやかな心の支えを奪うなんて出来ないわ」

「なんてお優しいのかしら」

「クロエさんはアイシャ様の優しさに感謝なさった方が良いわね」

「はい……ありがとうございます、アイシャ様……」


 自分がアイシャ様の付き人でいる意味ってあるのかなぁと度々考えてしまう。話し相手と言っても実際言葉を交わす事は少なく、こうして他の聖女の方々とお喋りをする後ろに黙って立ち尽くして、時折話の流れで相槌を口にするだけだ。それは謝罪であることが多い。

 私なんかが居なくてもアイシャ様には話し相手なんてたくさんいる。流行りのファッションや話題の劇や音楽会に絵画展、外の世界のサロンや夜会なんかの気の利いたお話ができる生まれも高貴な令嬢である聖女様達が。

 私はむしろアイシャ様の専属侍女のカーラさんの方が実際にやり取りする事が多いのではないかと思う。


 私をだしがらと蔑む聖女の方達の言葉をひたすら聞かなければならないこの時間は苦痛だ。

 でも言われている事は事実だし、反論する気持ちはない。力も寄付金もないのに聖女の名を名乗っている私は恥晒しなのだ。アイシャ様はお優しいからそんな私をも庇ってくださるけど……


 ……何故か、私はその優しさに苦痛を感じてしまう。きっと私の性根が曲がっているから、アイシャ様の慈悲を素直に受け止められないんだとお叱りを受けて、その通りだと思うのだけどどうしても感謝の気持ちが持てない。

 なんて恩知らずなんだろう、と自分が情けなくなるも、今もアイシャ様の言葉にシクシク痛むお腹は言う事を聞いてくれなかった。


 父亡き後、私の知らなかった借金が判明してあっという間に実家が没落した。国に収める税金を払ったらほとんど何も残らない貧乏な伯爵家で、私達が暮らすお金は商店を経営してそれで賄っていると思っていた。それがあんなに借金があったなんて、真面目で堅実だと思っていた父さんに……未だに信じられないが、あれは現実だったのだ。


 私が家にいない間に領地も爵位もなくなってしまった。私に見せようとしなかったが、お祖父さまは父さんの亡き後とても苦労をしたと人伝に聞いた。でも結局借金まみれの我が家の債権を買い取ってくれたのも、その時倒れた祖父の入院を手配して私の後見となってくれたのもアイシャ様のご実家だ。付き人にしていただく事で今も私も祖父もお世話になっているアイシャ様に心から感謝できないなんて。

 私は言われた通りの浅ましくて醜い自分の内面を隠すように俯いて、自分のつま先を見下ろした。

 こんな事、誰にも言えない。

 

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