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買い物も終わって戻ってきた私達はルカと少しこれからの話をする事にした。執務室として使われていた部屋はあるらしいが、家具も入っていないそうなのでやむなく食堂でだが。
まずはこの屋敷の管理についてきちんと考えないと。さすがに使用人が2人は少なすぎるし、私も手伝えるけどサマンサさん達の負担が大きい。あと今朝みたいな事を考えると警備がいる。ルカは英雄でとても強いのは分かるが、留守中無防備になってしまう。
それにこれから英雄のルカには貴族との付き合いも発生する事を考えると礼儀や貴族とのやり取りに詳しい人を執事か侍従として雇う必要もある。
「使用人については分かりました。僕、遠征から戻ってよく分からないままここを与えられたので、自分でもちゃんと把握できてなくて」
「そうだったのね」
うちにいた頃は当然、討伐軍でも基本自分の事は自分でやっていたためここでも不自由は感じていなかったそうだ。
私も自分の事は自分で出来るが、やはりルカが気にしなくても国から表彰された英雄の家なのでそうもいかない。
追加の使用人の手配については相談できる人に話をしてみると言う。ちょうど明日家に行きたいと、今日の留守中に手紙も来ていたらしい。
しかしそんな話を聞いていなかった私は慌ててルカとの会話を一時中断して、サマンサさんに明日の客人用のお茶とお菓子を買いに行ってもらった。やっぱりこの辺の予定を管理する人間が必要だわ……と改めて強く思う。
「でも執事なんて……そうだ、貴族の礼儀とか、そういうのはクロエ様が僕に教えてくれませんか?」
「私でも少しは力になれなくはないけど、男性のマナーや夜会の服装のしきたりは分からないから……やっぱり専門の人を呼んだ方が良いと思うわ」
「そんな……英雄って国が勝手に言い出しただけで、名誉とか爵位とか、もういらないのに……」
拗ねたような事を言うルカに気持ちは分からなくはないと思ってしまう。今まで必要として生きていなかったので、いきなり窮屈な世界になってしまったと感じているのだろう。
「でもね、ルカ。ルカは望んでいないのは分かるけど、英雄としてたくさんの人の注目をどうしても集めてしまうから。きっとこれから良くない事を考えて近付いてくる人も出てくると思う。悪意があったり、利用しようと思ってたり。そんな人達に、ルカが傷付けられたりするのは私が嫌なの」
「クロエ様……」
「そんなのも全部嫌だって、誰にも何も告げずに森の奥で1人で住むなら別だけど……」
「!!、やだ、やだよ……クロエ様、1人はやだ……」
「そうなのね。じゃあやっぱり執事は必要になると思うわ」
「……分かりました」
完全に自給自足をするのではない限りどんなに田舎でもお店で何か買ったり人と接したりは避けられないし、英雄がそこにいるとなったらそっとしておいてはくれないだろう。
しぶしぶ、といった顔で頷くルカが可愛くて、つい昔みたいに頭を撫でてしまった。
あ、と思って手を引こうとした腕を掴まれて、琥珀の溶けた蜂蜜色が私をまっすぐ見つめた。
「……もっと、撫でてください」
「っ、ふふ……いいよ」
身長差で昔と違ってこうして隣に座っているのに目線が私より上になる。手を伸ばして、頭を傾けるルカの金茶のサラサラの髪の毛を指でとかすように撫でた。
頼りがいのある男の人になったと感慨とほんの少し寂しさがあったが、こうやって気を許してくれる分はルカの力になれているだろうか。
街では頼ってもらえるような姉になろうという決意をした昼食どころか、その後「ちょっとした日用品はあるものじゃ足りないもだろうから」と買い物をするのに食器や筆記具や細々したものを全部、気がついたらルカが私の知らないうちに次から次へと支払いを済ませてしまうものだから私は慌てっぱなしだった。
でもこんな顔を見ると、やっぱり可愛いルカのままだなぁなんて安心してしまう。
昔も、騎士見習いとしてうちにいたが父さんも息子みたいに可愛がっていてこうして家族のように過ごしていたのを思い出す。
それにしても、お祝いはひとつって話だったのに。今日の買い物を思い出してしまう。けど「せっかくまた一緒に暮らせるようになったんだからお揃いにしたい」「これもプレゼントしたいんですけど……ダメですか?」と可愛いルカに言われて断れる人がいる?
その手を何回も使われた言い訳になってしまうが……と、私は今日ルカに山ほど贈られたあれこれに思いを巡らせた。
私の目指す「頼りがいのある姉」への道のりは遠いようだが、物理面ではともかく精神面ではこうしてルカを甘やかせるようにしていたいものだ。




