聖女のだしがらの日常
当店自慢のスープを使ってヤンデレ企画参加用に書いた新作ラーメンだよ!
( `・ω・´ )つ
「やだ、やだ!! クロエ様、すてないで、すてないで!!」
「違う……違うの、捨てたりなんて……ルカ……これはルカが幸せになるために必要なの、だから……」
泣きじゃくって私のスカートにしがみつく小さな背中を優しく撫でる。
馬車の前に立った神殿の使いの方々は私に冷たい目を向ける。この場をめでたしめでたし、とおさまる素晴らしい案は私には思い浮かばず、気ばかり焦ってしまっていた。
「ルカは勇者なんだから、神殿に行ったらみんなに大切にしてもらえて、うちにいるよりたくさん美味しいものが食べられるよ。ベッドだってふかふかで、服だってつぎ当てのないキレイなのが……」
「いらない! クロエ様がいないならそんなの全部いらないよぉ……!」
私だって、弟のように可愛がっていたルカと離れるのは身を引き裂かれるようにつらかった。
でも実際血が繋がっている訳ではない私達は、勇者だと判明したルカが神殿に引き取られた後会う事が出来ないのは仕方がないのだと言われてしまった。勇者の親として悪い事を企む人が多かったからだと、本当の親子ですら厳しく制限されると聞いて、没落しかけの名ばかり伯爵家の私達は抵抗なんて出来なかった。
神殿からの使いの方達の話をよく理解できず、でも自分が連れて行かれるとそれだけは分かったらしくて。泣いているルカは可哀想で、父さんも私もつらくて、どうしようもない無力な自分が悔しくて仕方なかった。
「……ルカ、ごめんね、ごめんね……私もルカと離れたくないけど、……ごめんね……」
ああ とうとき光よ 我らを導く
罪とが憂いを 消し去り 今は花咲く
たたえよ かがやく 日と命の──♪
私達の生活に根付く、神殿から聞こえる聖歌隊の歌がその時も響いていた。祭日やお祝いのたびに歌われるこの聖歌を聞くたびに思い出す、泣きじゃくるルカと交わした約束を。
ルカが泣いていませんように。寂しい思いも悲しい思いもしていませんように。1日たりとも忘れた事は無かったが、神殿に会いに行っても顔も見れず、手紙も一度も返ってきた事はない。国が喧伝する勇者達の活躍にもルカの名前を一度も見つけられなかったが、でもそれなら危険な場所に行かされてはないのだろうと明るい方に考えるようにしていた。
私が20になったのだから、ルカはもう17だ、泣いている事はもうないだろうが、どうか約束なんて忘れててもいいから幸せに暮らしていますように。
この歌が聞こえるたびに私の中で8歳の小さい男の子の姿のまま止まったルカの幸せを思ってしまう。
「ほら、だしがらさんよ」
「あぁまでして神殿に残って。それほど聖女の名が惜しいのね、浅ましいわぁ」
「私だったら恥ずかしくてあんな真似できないわ」
「私もよ!」
洗濯婦に混じって洗い場で身をかがめる私の背中に他の聖女達の言葉が突き刺さる。
私に洗濯を教えてくれた周りの方達に向ける顔が無くて、私は俯いて唇を噛んだ。何故あんな言葉を投げかけられなければならないのか……私はギュッと目をつぶって作業に専念する。
彼女達はきゃらきゃらと高い音で笑いながら今の私の仕事をさんざんバカにしていたが、しばらくして気が済んだのか3人とも立ち去って行った。
「ごめんなさい……私のせいでこの仕事を軽く見たような、あんな発言を聞かせてしまって……」
「何言ってるんですか! クロエ様は何も悪くないですよ」
「そうそう、クロエ様はあたし達の仕事も大切なものだって思っていてくれるのは分かってますから」
一緒に洗濯をしていた彼女達から気にしてないと言ってもらえて、卑怯な私はホッとしてしまう。以前、「職業に優劣はないと思います」と彼女達に反論した時、それを生意気な口答えだと叱られて、騒ぎになってしまったから。
お叱りを受けるような真似をしなくていいと心配されて、それ以来何を言われても息を潜めてやり過ごす事しか出来ないでいる。また騒ぎになったら彼女達にも迷惑がかかる……なんて、言い訳にしかならないのは分かっているが。
「また、次の安息日……明星に来ますね」
「いつも悪いねぇ」
これくらいしか出来ませんから。自分を卑下する言葉を口にしそうになって、それを飲み込んで笑って見せる。
まだ一人前の仕事ができる作業のない私はこうして自分のできる時にできるだけの僅かな事だが皆さんの仕事の憂いをほんの少しだけ取り除く。そうして、少しは役に立っていると思いたい、それに巻き込んでいるだけ。
この寒い時期の洗濯で、彼女達の手はカサついてひび割れている。
毎週場所を変えて誰かにしている事だ。祝詞を口にしながら意識を集中させるとわずかな光とともに皮膚が再生する。それだけ。毎回、その程度のささやかな治療で、みんなこちらが恐縮するほど喜んでお礼を言ってくれる。
「聖女様のお力はやっぱりすごいんだよねぇ。手が赤ん坊みたいにすべすべになるるんだもの」
「この時期は毎年洗濯ものに血がうつらないか心配してたのが嘘みたい。でも、本当に来てくださるんですか? いつもいつも……私達はお礼も渡していないのに」
「ええ。弱くなってしまったからこそ、力を使わないと忘れてしまいそうで怖くて。毎週皆さんに鍛錬に協力していただいて、こちらこそ助かっているんですよ」
今の私の力では聖女としての仕事はこなせない。切り傷を治すのがやっとで、教会に持ち込まれるような治癒の仕事がふられる事はここ2年無かった。
洗濯以外にも掃除や教会の炊き出しの下拵えなど様々な事を命じられる度にそこで元々働いてる人たちに、こうして機会を作って……休日に訪れて治癒や浄化を行わないと今よりもさらに力が衰えてしまいそうで怖いと言うのは本音である。
「でも、あの方達こそ力なんて無いじゃないですか。それにクロエ様は、2年前まで国一番の聖女だったのに……」
「……でも、今の私が聖女としてなんの役にも立っていないのは確かですから」
思わず弱音を吐いてしまった私ははっと我にかえった。気まずくなってしまった空気をどうにかする術が思い付かなかった私は「では明星の曜日に」とだけ告げて頭を下げると逃げるようにその場を立ち去った。
私は聖女でも、先程あの3人が言っていたように「だしがら」だ。いっそ聖女の名を剥奪して欲しいとも思ったが、私のように急に力を失う聖女が初めてで、神殿も一度聖女だと……しかも国一番、と認定した私の事を完全に持て余してしまっている。
でも国一番の聖女と言ってもそう呼ばれていただけで、むしろ「聖女クロエにしかできない」とあちこち飛び回って毎日クタクタになっていた記憶しかない。そもそもあの頃は自分の身について考えるような余裕はなくて、ひたすら聖女として力を使っていたので思い出もないのだが。
洗濯婦のおばさま達がああして眉を顰めるのは、彼女達が神殿に認められて聖女と名乗っているもののその力を持っていないからだそうだ。
「聖女」の名には箔があるとかで、たっぷりの寄付金と共に貴族のご令嬢や裕福な商家のお嬢様が神殿に預けられる事が頻繁にある。神殿でしばらく聖女を名乗って修道院などで過ごし、その活動実績をして「聖女」の位を授けられる。
神殿は売ってるとは認めていないがお金で買ってるのと同じだよと言っていた。何故そんな事をするのかと尋ねたら、聖女の肩書きがあれば良い結婚相手が見つかるからなのだと。
と言うよりも、神殿に所属している「聖女」のおおよそ8割がそういった寄付金付きの聖女様らしい。
12歳で聖女の力を認められてずっと外の世界を知らずに働いていた私は聖女にそんな違いがあるなんて知らなくて、こうして神殿の人間ではない方達と触れ合うようになって初めて教えてもらった。
聖女の力を失って2年、今も色々普通の世界の常識を教わっているが驚く事ばかりだ。
ベスさんは、「クロエ様みたいな本物の聖女様が頑張って積み上げてきた功績を、お金で良いように使ってる」と怒っていたけど、やっぱり私にはいまいち分からなかった。
だって、その寄付金は神殿の事業のために使われて、様々な困っている人達の救いの手となる。今の私は「だしがら」で力はほとんど失い、神殿にお金も落としていない。実際彼女達が言うように何の役にも立っていないのだから。
後ろ向きで自己評価の低いヒロインの代わりにヤンデレが色々するのでヤンデレが出てくるまでちょっと待つのじゃ