プロローグ
今年30を迎えるのに、コンビニの深夜バイトにしている俺は、今日も日の変わりをコンビニで過ごすことになった。
何も将来の夢もなく、私立の大学を6年かけて卒業したものの、新卒ではいった中堅のゼネコン会社で営業職について、三年ほど働いたが、上司のパワハラとノルマへのプレッシャーで、体だけではなく、精神もやられてしまった。メンタルクリニックには、うつ病の薬をもらい、月に一度通院を続けている。どうにか失業保険中に、ゾンビような状態からは回復し、コンビニの深夜バイトを見つけ、もう丸二年が経とうとしていた。
コンビニのバイトは、学生時代も今よりもシフトに入っていないものの三年ほど続けた経歴があり、作業がルーティン化され、流れるように仕事が終わっていき、今日も変わらない一日が過ぎる予定だった。
昨今の流行病で、マスクが当たり前のようになっていたが、製菓パンコーナーの中年のおっさんは、あきらかに挙動はおかしく、万引き犯のそれだった。緊張しているのか、呼吸が荒くなっており、かけているメガネは白く曇り、パンを選ぶそぶりさえしなく、周囲に人が来ないかびくびくしていた。
万引き慣れしてはいなく、下手に現行犯であーだこーだして、余計な仕事を増やすよりも、未然に犯罪を止められるならばそのほうがいいと、中年のおっさんにも、俺が近づいてきたのがわかるようにゆっくりと製菓パンのコーナー向かった。それで、すべてが片付くと思っていた俺の考えが甘かった。中年のおっさんは俺が来たことで、万引きを辞めて、いなくなってくれることを考えたが、逆に中年のおっさんを追い詰めることになってしまった。
俺の死因は、たぶん腹部に包丁を刺されての出血多量によるショック死であったのだろう。あたりが血の海になり、腹部の痛みがだんだんと薄れ、眠気に変わりつつ、意識が失われていくのを感じていた。死なんて、人生で一度しか味わえないものなのに、これかが死なのかとどこか冷静な自分がいたことに驚いてしまった。
誰にかに一度名前を呼ばれた気がした。「神無月 響」と。フルネームで名前を呼ばれるなんて、久しぶりだった。それに対して、なんで俺は反応してしまったのだろう。まあ、普通、名前を呼ばれたら、反応はするだろうが、あくまでも呼ばれたかな程度の本当に小さな呼びかけだった。永遠の眠りに今まさにつこうとしている人間を呼び止めるにはあまりにもささやかな呼びかけだった。