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王妃として生きるマリアンヌは目の前の光景に表情を変えることはない。
どれだけ心中が嫉妬の炎に燃え上がり、目の前の人物を殺したいほど憎んでいたとしても、マリアンヌはそれを外には決して出すことはない。
だからこそマリアンヌは他のイスマエル妃・妻の中で最も聡明な人間であった
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「陛下っ!どうしてっ!」
ついこの間まで最も若く美しく、王に求められ、余裕の笑みを浮かべる女は消え去ってしまった
髪の艶はなくなり、美しかった爪は嚙みちぎられ、かつて最も恵まれ、高貴で優秀な従者が集まっていたのに既に周囲にその身を守るその姿はない
今そこにいるのは、兵士にその身を賊のように押さえつけられ大声で泣き叫ぶ女
かつて、フェリシナと同じ色を持ち、イスマエルの愛を受けた女だとは思えなかった
ナタリナに向けられるその視線は冷え切っている
冷たい
その存在に価値を感じない、無機質な瞳だった
ある種、誰よりも優遇されていたナタリナはこんな瞳を向けられたことはなかった
「殺せ」
「陛下っ!」
そう冷たく言い放ったイスマエルに周囲の重役たちは、王の怒りを諌めようと必死に言葉をかける。
そんな言葉は一切イスマエルには響かない
イスマエルのその言葉を増長するように、同席しているセドリックとカールは頷き、何も言葉を発しなかった。
イスマエルの心中を占めるのは、
大事な、わが身よりも大事な、愛した女のすべてを受け継いだ娘の事だけである
「陛下!ナタリナ妃を何の調べもなしにそのようなことをなされますと、国内の貴族からの反発がでますでしょう!」
「それがどうした」
大臣のその言葉の意味を知らないイスマエルではない。
しかし、その言葉はイスマエルの意思を変える力は一切なかった。
唯一この場でイスマエルの命を退け説得できる可能性のあった宰相のエメナドは何も言葉にしなかった。
国のためを思えば、今のイスマエルの判断は最適ではない
だが、エメナドの愛するモノのためにはイスマエルの判断に否を唱えることはできなかった。
―11年ぶりに彼の心からの笑みが見れたのだ―
エメナドはその想いを伝える事は決してしない
しかし、つい先日ようやくエメナドが恋に落ちたあの笑みが悲しみに暮れていた彼に戻ってきたのだ
それを奪い去ることをエメナドは決して許せなかった
「ロイ」
イスマエルは自身の護衛騎士であるロイの名を呼んだ。
その意図に気づかない程ロイは愚かではない
騎士としての矜持だけがロイの意思を一瞬迷わせた
それでもロイは自身の腰に携える剣を鞘から抜き、前に構えた。
「陛下!!」
そう周囲の声が聞こえてくるがイスマエルは妻であるナタリナを冷たい眼差しで見つめたまま動かなかった
かつてフェリシナの代わりに求めたその色すら、今のイスマエルにとっては憎しみしか湧き上がらなかった
この女は、愛するフェリシナを汚したのだ
イスマエルにとっては、その報いを受けさせるだけだった
「…ひっ!」
切っ先を眼前に向けられたナタリナの身体は恐怖に震え、何一つ言葉にはできなかった
こちらの更新の方停滞しており、本当に申し訳ありません。
最終章始まりました。




