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ロドリクにとって、母がいて、母の愛したフェリシナ妃が生き、妹アディリナがいたその4人の空間
あの時間が一番心穏やかな時間であった
母であるエルザは自身の目的のためにもロドリクとアディリナを幼い頃から関わらせた。
エルザはフェリシナの物語の、それも欠かすことのできない登場人物になりたいがためだ。
そしてそれがアディリナにとっては、兄という存在と遊び過ごした唯一の時間だった。
ロドリクも決して嫌ではない。むしろ心地良い時だった。
自身を想ってくれる母と、美しく優しいフェリシナ妃、そして自身を純粋に慕ってくれる愛らしい妹アディリナと関わる、優しい真綿の様な空間だった。
しかし、しかしだ。
そんな幸福な日々は、ある日突然消え去ること等、誰一人予想もしていなかった
アディリナが4歳になった年、アディリナが生まれて初めて、フェリシナの実家であるコスタ家へ訪れる道中だった。
そんな時にフェリシナとアディリナを悲劇が襲う。
その出来事こそ、多くの人間に愛されたフェリシナは死を迎え、幼いアディリナはあまりに辛く苦しい呪いをその身に受けることとなったのだ
その知らせを聞いてからだ
ロドリクの母の気が狂ったのは。
エルザにとっては、そんな事は許されることではなかった
愛の物語の途中で、ヒロインの死などはありえないのだ。
エルザの心はそこで終わりを告げる。
主人公の死と共にこの物語は終わりを告げたのだ。
それからすぐだ。
エルザは過度な心労により、その生涯を終える
唯一エルザの最後に立ち会ったロドリクは、その時が忘れられなかった。
母は自分を愛してくれていた。
それはロドリクが生まれてから一度も疑ったことはない。
事実、生涯エルザが息子であるロドリクを愛する気持ちが消え失せたことは決してない
それでもエルザはそれ以上に愛するモノがあった
たったそれだけの事だった。
母の死の間際の最後の言葉
それが自身に向けた言葉ではなかった事
それが母を想うロドリクの中では決して受け入れることができなかったのだ
母もいない
悲しみに暮れる父は見向きもしない
自身に優しくしてくれたフェリシナ妃もいない
自身を純粋に慕ってくれた妹アディリナもいない
それどころか後ろ盾である母を失ったことで王位を期待する取り巻きすらいなくなった
ロドリクはすべてを失ってしまった
そんなロドリクが王位を巡る争いがひしめく王家で生き残るためには、他国へ逃げるしかなかった
誰の誰のせいでもないのだ
自身の喪失感と言いしれない自身の境遇への恨み
その想いは、何一つその手から零れ落ちたロドリクの想いは、
今11年ぶりに再会した妹アディリナへと向かう
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「フェリシナ。…あなたの姉に、なりた、…か…た」
母の最期の言葉
それこそロドリクをずっとずっと縛り付ける愛憎の言葉だった




