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「さて、エマちゃんのお母さんも見たかったことだし。…ねえエル、あなたはこれからどうするの?」
立ち尽くしたままのイスマエルにフェリシナは尋ねる。
その言葉にイスマエルは急に現実に戻された。
そうだ、フェリシナとは少女の母親を見つけるために共に過ごしただけだ。
その少女がいない今、この時間は終わってしまうのだ。
「……いやだ」
息を吐くような誰にも聞こえることのない言葉が出た
嫌だ?いやだと?
何故だ?俺は何を考えているのだ?
分からない。分からないんだ
彼女を見ていると今までの自分じゃいられなくなるのだ
だが、だが、だが!
これで彼女と終わりだと受け入れたくない
「エル?」
口数が多い方ではないと思っていたが、急に黙り込んでしまったイスマエルにフェリシナは声をかける。
「…そ、そなたは…どうするのだ?」
普段の自分なら絶対にこのような事は尋ねない
しかし、今の自分は何とかして彼女を引き止めたかったのだ
イスマエルが心中でそんなことを必死に考えている
おかしい、ずっとフェリシナと会ってから自分がおかしいのだ
彼女は自分の予想外の行動ばかりなのだ
ずっとずっと心が乱される
「…えーとね、…笑わない?」
そう言ってフェリシナは耳を赤くしながら、少し俯いた。
またしてもイスマエルには、そんなフェリシナの行動も予想外だった
「…あのね、私もお兄様と逸れてしまって…。」
少女を助けた立場としては恥ずかしいのだろう。
イスマエルはそんな恥じらうフェリシナが愛らしく感じた
「…いや、」
今まで築き上げてきた自身がどんどん崩れていく
名前しか、
いや名前も本名かどうかも分からない
彼女は何者なのか?
城下に住んでいるのか、それとも祭りのために訪れたのか
彼女のことは何一つ知らなかった
ましてや数時間前に出会い、成り行きで少しの間ともに過ごしただけなのだ
そんな彼女に国王としての自分が翻弄されているのだ
「…私も祭りに共に来た者を…探している」
普通にしていたら、周囲の音にかき消される声だった。
しかし、フェリシナは少し目を見開いた。
「…エルもっ?」
そう口に出したのは良いが、フェリシナは俯き、自身の両手で、自分を抱きしめた。
その身体は少し震えているようだ。
イスマエルはそんなフェリシナの様子を伺う。
どうした?何か嫌だったのか?
イスマエルは俯いたままの彼女が何を考えているのか分からなかった。
「…ふっ」
少し漏れた声の後にフェリシナはようやく顔を上げた。
「……ふふ、あははっ!」
フェリシナは泣いていた訳ではない、笑いを堪えていたのだ。
「ふふっ!…私たち、エマちゃんと同じだったのねっ。それなのにっ…ふふっ」
フェリシナは笑いがとまらなかった。
イスマエルはまた自分の予想が裏切られたことに驚く。
未だ笑いが止まらないフェリシナを見ていた。
「…ふ。……ははっ、そうだな。…ふっ、はははっ。」
イスマエルはこんな風に人前で笑う事はほとんどなかった。
乳兄弟であるロイの前でさえ、こんな風に声を上げて笑う事等なかった。
幼い頃から王としての教育を受けてきたから、それも当然である。
フェリシナと共に過ごしていると、今までのイスマエルは崩れ去っていく。
会ってまだ数時間なのだ、それなのにイスマエルの心を占めるのは彼女だ。
イスマエルはまだ分からない
自身に生まれたこの感情が一体何なのか




