04
アディリナの呪いが解けて2週間がたった。
しかし彼女の生活に大きな変化はまだ訪れていない。
彼女の面倒を見てくれるマーサ、そしてアディリナの診察に訪れる魔術師レナート。
アディリナの世界はいまだこの小さな世界だけだった。
「マーサ、ディーノ様はお元気でいらっしゃるのかしら。」
レナートの診察を受けながら、アディリナはふとマーサに尋ねた。
その言葉に一瞬2人の動きが止まる
しかし、アディリナは2人の些細な変化に気づかず、少しだけ憂いを帯びた微笑みで言葉を続ける。
「ディーノ様は私が呪いを受けた4歳の時から、長い間ずっと診察して傍で励ましてくださったのに。こうして奇跡が起きて呪いが解けて、せめて一言だけでも今までのお礼をお伝え出来ないかしら…」
呪いが解けて2週間。
アディリナにはこの国に信仰されている女神の奇跡によって呪いが解けたと伝えられていた。
アディリナ自身も女神の奇跡といわれ、それを鵜呑みにはできるほど子供ではなかったが、11年間誰にもどうにもできなかった呪いだ。
奇跡と自身を納得させるしかなかったのだ
そしてアディリナの身体は失われた11年間を取り戻すかのようにこの2週間で目を見張るほど、みるみる回復していった。
元来アディリナは母であるフェリシナにその姿形が瓜二つとして成長した。
髪や瞳の色は父であるイスマエルの色を受けついでいるが、呪いから回復し死人のように痩せこけていた身体が少しずつ肉をつけていくとその姿は誰がみても一目瞭然である。
『美』
―そうだ。アディリナは美しい。―
「アディリナ様、もうすっかりお身体に呪いの影響もなくなりました。これからは姫様には希望溢れる未来と世界が待っているのです。」
レナートはアディリナの手を握り、微笑みながらそう告げる。
「アディリナ様、我が師であるディーノのことをお気遣いくださり、ありがとうございます。…しかし魔術師というものは、変わり者。普通であれば興味の湧くものが出るとふらふらと姿を消してしまうものなのです。」
「ふふっ」
その言葉を聞いて、少しだけアディリナは声を漏らして、レナートに笑みを向ける。
「レナート様、ありがとうございます。」
レナートはこの2週間本来の美しさを取り戻していくアディリナをそばで見続けてきた。
圧倒的な『美』
それは、愚直な1人の男を魅了するにはあまりにも充分すぎたのだ。
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――ああ、アディリナ様。そんな奴のことは、早くお忘れください――
天才であったディーノの死。
若き天才であった国一番の魔術師ディーノの後継は、弟子ではあったが、ディーノより一回りも年齢が上のレナートであった。
レナートはディーノのようにその身に宿る天才的な魔力があり、この地位に登れたわけではない。
『努力』
彼にはそれしかなかったのだ。
非凡であるディーノ・レヒナーに教えを乞い、それを死に物狂いで身につけてきた。
しかし、共に時を過ごしてもレナートには天才であるディーノの考え・思考は全く持って理解できな
かった。
『天才の考えは凡人には理解できない』
多くの人間は言うが、レナートは、その言葉が幼い頃からひどく嫌いだったのだ。
―天才・非凡であるが故に、何をしても許される現実を―
そして|今日、ようやくレナートは天才と同じ立場に立って痛感した。
幼い彼女に非道な呪いをかけ、それを11年間傍にいて何もしなかったそのことは許されざるということを。
天才の位置に来た、レナートは思わずにはいられない。
ああ、アディリナ様。
私がお傍にいられたならば、この11年もっと貴方様のために何かできたはずなのにと。