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イヴァノフ王国民で知らないものはいないだろう
イヴァノフ王国の最も優れた王太子。
それこそ第一王子のセドリック・ル・イヴァノフ。
父である国王イスマエルの金髪を受け継ぎ、顔立ちもそっくりであった。
威厳のある厳しいイスマエルとは異なり、その顔に浮かべる微笑みは穏やかで、身分に分け隔てなく救いの手を差し伸べる優しい王子として人気を集めていた。
カールが騎士や武力を重んじる強硬派の貴族の支持を集めているならば、セドリックは穏健派の貴族、そしてなにより国民の支持を集めていた。
物腰も柔らかく、分け隔てなく接し、王子として求められる完璧な立ち振る舞いに周囲からの期待・そしてそれらに対する評価
彼は誰もがうらやむモノを持っていた。
それが、原因なのだろうか
小さな小さなセドリックの心はとっくの昔に限界を迎えて、壊れてしまっていた。
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アディリナは夜中に、突然目が覚めてしまった。
しばらくベッドの中で身じろぎしていたが、すっかり眠気から覚めていた。
部屋のカーテンの隙間から月明りが差し込んでいる。
今日は満月だろうか?
ふとそう思い、アディリナはベッドから起き上がる。
ネグリジェの上に、一枚ショールを羽織り、自身の部屋のテラスへと近づく。
月を見ようと思っただけだった。
しかし、テラスに出たアディリナの目に、それは思いがけず飛び込んできた。
「…あれは」
誰にも聞こえない、風に吹き飛ばされるような小さい声で呟く。
視線の先にあるのは、自身と同じ父の髪色を持つ、美しい王子。
一番上の兄セドリック・ル・イヴァノフである。
月明りにその金髪が照らされ、普段より光輝いているように見えた。
しかしそんなことより、彼の双眼から零れ落ちる雫のほうに目が行ってしまう。
何も感じないという無機質な表情で、月を見つめながらセドリックは泣いていたのだ。
アディリナの知るセドリックは、いつも穏やかに微笑んでいる。
11年ぶりに戻ってきた自分にも彼は最初から優しく接してくれた。
いつも誰かからの重い期待を背負い、その期待に着実に答えていく優秀な王太子。
だが、どうだ?
今自身の視線の先にいるのは本当にあのセドリックなのか?
アディリナには目の前の光景が信じられず、音を立てずにただ見つめることしできなかった。
なぜなら、アディリナは自身に対しての好意にも敵意にも人一倍敏感である。
だからこそ余計に驚くしかなかった。
何も感じていないと言わんばかりのあの無機質な瞳、それがたまらなく恐ろしく感じたのだ。
セドリックは今だ気づかない。
―アディリナに今の自分の姿が見つかったことに―




