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アディリナの書庫での事故はすぐに城中に広まった。
王としての執務を行っていた、父イスマエルもその知らせを聞いてすぐにアディリナの元へと訪れた。
「アディリナっ!」
額に汗を浮かべ、焦ったような表情でイスマエルはアディリナの部屋へと駆け込んできた。
「…お父様。ごめんなさい。」
あの後、震えが収まり少し落ち着いたアディリナは、同じく鍛錬中に事故の知らせを聞いたリチャードが駆けつけ、自室へと戻ってきたのだ。
イスマエルは部屋に入ると、ソファに腰掛けているアディリナに近づき、左手を頬に添え、右手はアディリナの手を握った。
「お前の事故の知らせを聞いて、心臓が凍ったよ…。本当にどこも怪我はないのか?痛いところはないか?」
イスマエルは心の底からアディリナを案じた。
「ええ、どこも怪我はありませんし、お医者様にも診ていただきました。」
アディリナは、自身の手を握っているイスマエルの右手に空いた方の手を重ねる。
「…今日の事は私の不注意が起こした事故なのです。本当に心配をかけてごめんなさい…」
目を潤ませながら、謝罪の言葉を繰り返すアディリナにイスマエルは心が痛んだ。
「ヨハンお兄様が助けてくださったの…」
「…そうか、ヨハンが…。」
その事実を聞いたイスマエルは少し考えるようにそう呟いた。
その後、執務を中断してきてしまった事もあり、イスマエルを呼びにきた宰相エメナドと共に部屋から出て行った。
護衛騎士であるリチャードからは、何度も何度も自分が傍にいなかった事を謝られ、マーサからはその身に本当に怪我や傷1つとしてないかを何度も確認された。
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書庫での事故があってから、アディリナはヨハンをよく知る者から見たら目を疑うほど、ヨハンに懐いた。
それ程ヨハンの周囲からの評価は低かったのだ。
事故の後、書庫に変わらずに訪れたアディリナを見て、ヨハンは目を大きく見開いた。
「ヨハンお兄様。先日は本当にありがとうございました。お兄様がいてくれたおかげです。」
ヨハンに会えた事が心底嬉しいという様な満面の笑みを顔に浮かべる。
ヨハンはその微笑みを見て、狼狽えた。
「ふん、俺に構うな。…それともう2度とここで馬鹿な真似はするな」
ヨハンの冷たい物言いでも、一切アディリナは表情を変えない。
「はい!お兄様。」
そしてアディリナはいつもの席ではなく、ヨハンの前の席へと腰掛けた。
事故があったあの日、自身を救ってくれたヨハンに対してアディリナは心に決めた。
自身を救ってくれたヨハンへ感謝し、慈しみ愛し、癒し、その心を自身で埋めること。
アディリナができる事はそれだけなのだ。