16
本宮に移り住んで、1週間がたった。
本宮に移ってから、王妃や他の妃、兄弟達と城の中で会う事もあったが、簡単な挨拶や少し言葉を交わすだけで、穏やかに日々は過ぎていった。
今日のアディリナは城の中にある書庫を訪れようとしていた。
11年間、呪いを受けて部屋から出られなかったアディリナは多くの本を読んだ。
ベットから動く力もなかった彼女ができることといえば、読書と刺繍くらいしかなかったのである。
――――――――――――――――――――――――
初めて足を踏み入れた王宮の書庫で、アディリナはあまりの本の多さに感嘆の息を吐いた。
かつて離宮に住んでいた王族が残した本が、離宮にも多く保管されていたが、それとは比べ物にならないほどの多さの本が、何台もの高い本棚に保管されていた。
アディリナは書庫の中で、興味の惹かれる本を探した。数冊手に取り、その本をいざ読もうと、書庫内にある読書用の机と椅子が備えられているスペースへと向かった。
どこに座ろうか辺りを見回していると、見覚えのある人物の姿があったのだ。
第四王子のヨハン・ル・イヴァノフ。
マリアンヌ王妃の実子であり、アディリナの4番目の兄である。
すらっとした体格に、肩まであるマリアンヌ王妃譲りの赤髪を持っている。
「こんにちは、ヨハンお兄様。」
その姿を見つけてしまった以上無視するにもいかないと思ったアディリナは笑みを浮かべて、ヨハンへと声をかけた。
ヨハンは本へと向けていた視線をアディリナに向け、不機嫌そうに顔を顰めた。
「…俺なんかに媚を売ったところで何の意味もない。ご機嫌とりならセドリック兄上の所にでも行けば良い…」
そう冷たく言い放ち、視線を再び本へと戻した。
「っ……邪魔をしてしまってごめんなさい、お兄様。」
ヨハンの冷たい態度にアディリナは驚いたが、謝罪の言葉を告げ、ヨハンの2つ隣のテーブルへと腰掛けた。
アディリナの謝罪の言葉を受け、もう一度ヨハンは本から顔を上げ、席へ着こうとするアディリナを見ていたが、しばらくするとまた本へと視線を戻すように下を向く。
そこからはお互い会話をすることなく、静かに本を捲る音だけが響いた。
――――――――――――――――――――――――
その日自室へと戻ったアディリナは今日のヨハンとのやり取りを思い返す。
冷たい物言いであったが、アディリナが謝罪の言葉を口にした時に、アディリナよりもその言葉を放ったはずのヨハンの方が苦しんでいるような表情に見えたのだ。