14
「ああ、ああ!アディリナ勿論だ。しかし、そんな事でよいのか?」
自身の腕に抱え込み、髪を撫で続けながらイスマエルは尋ねる。
「それと、もう一つだけ…。私の護衛騎士は今のままリチャード卿にお願いしたいのです。」
それは、その場にいる全員が驚愕した。
リチャードは絶望に打ちひしがれ、下を向くしかできなかった顔を、勢いよく上げた。
「なっ…アディリナよ、…本当に良いのか?国1番の優秀な騎士を従えることもできるのだぞ?」
今の呪いが解け、イスマエルの寵愛を受けているアディリナであれば、護衛騎士になりたいと志願するものはあまりに多いだろう。
イスマエルも、アディリナが求めるのであれば、自身の護衛であるロイでさえも容易く渡したはずだ。
確かにリチャードは由緒ある騎士家系のクランストン家の生まれである。
しかし、騎士としてその評価が低い事は周知の事実であった。
剣術の強さではない、リチャード自身の意思の弱さ
それは、騎士として主を守るために必要不可欠の要素である。
「はい。私はリチャード卿を信頼しております。彼に傍にいてもらいたいのです。」
アディリナは何の迷いもなく、その言葉を発した。
リチャードはいつだって選ばれなかった
優秀な兄たちと比較され、いつだって選ばれる事はなかった
リチャード自身、努力しなかったわけではない
―しかし幼い頃からずっと、選ばれる事はなかった―
「リチャード・クランストン。貴殿にアディリナ様の護衛騎士としての覚悟はあるか」
今まで言葉を発する事はなかった、イスマエルの護衛騎士ロイ、ロイ・スペンサーが厳しい口調で問いかける。
ロイはイスマエルの乳兄弟であるが、家は騎士の一家ではない。イスマエルと共に有るために、ロイ自身自ら志願し、鍛錬を重ね、この立場を手に入れたのだ。
自分の主人の最愛を守る騎士としてリチャードの覚悟を尋ねずにはいられなかった。
リチャードもロイの言葉の重みを全身で感じ取り、思わず恐怖に震えそうになるのをグッと堪えた。
リチャードは幼い頃から選ばれなかった
―だが、リチャード自身も何も選んでこなかったのだ―
覚悟も信念も、主人を守るための力も全然足りない自覚はある。
しかし、リチャードはこの日人生で初めて自分で決め、選んだ。
片膝をつき、顔をあげ声を張る。
「リチャード・クランストンは、自身の全てを賭け、アディリナ様にお仕えいたします。」
リチャードのその言葉にアディリナは嬉しそうに微笑んだ。
――――――――――――――――――――――――
誰にも選ばれなかったリチャードが欲しいと、
初めて選んでくれた自身の主人
リチャードはこの日初めて自分の中に生まれた愉悦感に浸った
俺が、この俺が選ばれた!
アディリナ様が、他ならぬ俺を選んでくれたのだ!
今まで出来損ないの自分はいない。
今の俺は、アディリナ様に選ばれたのだ!
――――――――――――――――――――――――
アディリナが行うのは、愛し癒し、その心を自身で埋めるだけ。ただそれだけ。
リチャードは、『自身を守ってくれる存在』だったのだ。