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甘々短編集

笹森ちゃんは飲み明かしたい

作者: 衣谷強

激動の令和二年の年末、皆様如何お過ごしですか?

私はプリンタに振り回され続けた年賀状が昨夜ようやく終わり、テンションが上がってます!

なので短編を投稿させて頂きます!

酔っ払い女子と落ち着きある店主との、酒が紡ぐ恋物語!

衣谷強の令和二年の甘々納め! 結構長いです!

ご用事をお済ませの後に、ゆっくりお楽しみください!

「そろそろ看板ですよ笹森さん」


 暖簾のれんを仕舞った店主の増田が、カウンターで半分溶けている女性客に声をかける。笹森と呼ばれた女は、物憂げにお銚子を挙げる。


「ういー、大将。冷やでもう一本ちょうだーい」

「笹森さんが強いのは知ってますけどね。流石に今日は飲み過ぎですって」


 困り顔の増田は、コップに冷水を注いで出す。


「あんがとー。……んっ、んっ、ぷはーっ! 酒の合間の水は美味いっ! で、大将、お酒はー?」

「本当に飲むんですか? もう止めといた方が良いと思いますけど」


 もう一杯注がれた水を一息に飲み干し、笹森は首を横に振る。


「いーじゃないのー! 明日は正月! お店はお休み! 夜更かししたって困る事なーいっ!」

「まぁ僕は良いんですけどね。年頃の娘さんがこんな遅くにへべれけなのは普通に危ないですよ」


 更に水を注ぐ増田の心配を、笹森はケラケラと笑い飛ばす。


「年頃ぉ? 三十目前の女に怖いものなんてなーいの! あるとすればー! 年賀状の『結婚しました』『子どもが生まれました』写真とー! 職場の寿退社の報告とー! 実家から『いつ結婚するの?』の催促くらいよー!」

「結構あるじゃないですか。笑いにくいの混ざってますし」

「ん、そうー?」


 水を一口飲んで、笹森は首を傾げる。


「折角のお正月を二日酔いで過ごすなんて勿体ないですよ。お水飲んでゆっくり休んだ方が良いですって」

「いーのいーの。どーせ今年は実家にも帰らないし、友達との約束も無いし、彼氏もここ数年いないし、家には正月の用意何もしてないし、へーきへーき」


 笹森の明るい表情と眉間を押さえる増田の顔が、見事なコントラストになっていた。


「それ聞いて『成程それなら安心だ』って言える要素が一つも無いんですけど。松の内明けたら干からびてませんよね?」

「それより大将! お店終わったんでしょー? 一緒に飲もうよー」

「え?」

「ねー飲もうよー。後はあたしの所の食器洗って終わりでしょー?」

「う、まぁそうですけど、笹森さん、酔っ払ってるのに良く見てますね」

「にひひ。常連ですからー」

「分かりました。一本だけですよ」

「ありがとー大将ー。愛してるー」

「女の子が滅多な事言うもんじゃありませんよ」


 増田は奥に引っ込むと、徳利を二本とお猪口を運んで来た。


「おぉー。話が分かるねー」

「一本だと笹森さん、飲み終わった後で『あたしの一本と大将の一本は別だからもう一本、二合で』とか言うでしょうから」

「あちゃー、読まれてたー」

「これ飲んだら帰るんですからね」

「乾杯の前に野暮は言いっこなしだよー」


 お互いのお猪口に酒が注がれる。


「今年一年、ありがとうございました」

「こちらこそー! じゃあ今年最後のお酒にー!」

『乾杯!』


 お猪口が澄んだ音を立てて触れ合う。


「今年も色々あったねー」

「そうですね。常連さんが支えてくださらなかったら、この店もどうなっていた事か」

「えへへー。褒めて褒めてー」


 笹森は頭をかきながら、お猪口を傾ける。


「本当に助かりました。特に笹森さんはほぼ毎日飲みに来てくれましたからね。ウチの常連さんの中でも来店頻度トップですよ」

「おー、あたし頑張ったー」

「週八とかありましたよね」

「あー、店が混んで来たから一回帰ってー、で閉店間際にもっかい来た日があったなー」

「びっくりしましたよ。それが同じ週に二回ですから」


 二人はひとしきり笑い、酒を口に運ぶ。


「有り難いですけど、無理はしないでくださいね」

「無理じゃないよー。大将の顔とお酒と料理で、あたしは元気になれるんだからー」

「ありがとうございます。嬉しい限りです」


 言いながら増田は、それぞれのお猪口に酒を注ぎ足す。


「あー! 大将のにはあたしが注ごうと思ってたのにー」

「良いんですよ。私にはお気遣いなく」

「うー。前に音辺おとべさんとは『やっぱりお酒は女性の酌が一番ですね』って言ってたのにー」

「聞いてたんですか」

「お猪口を空けろー。お酌をさせろー」


 お銚子を持って迫る笹森から、増田は自分のお猪口を守る。


「駄目ですよ。良い酒入れたんですからゆっくり飲みます」

「あたしの酌じゃ不満かー」

「そんな事言ってないでしょう」

「じゃあ次は注がせて?」

「言うと思いましたよ。分かりました。次空いたらいただきます」

「やりぃ! 大将おっとこまえー!」


 上機嫌で酒を傾ける笹森。


「あれ? 大将の言う通り、このお酒美味しいねー。何てお酒?」

紫天電してんでんという東北のお酒です」

「飲んだ覚えないなー。お店で出してたっけー?」


 頭を捻る笹森に、増田は首を振る。


「いえ、店には出してません。なかなか安定して仕入れられないので」

「そーなんだ。じゃあこれは?」

「僕が正月に飲もうと用意していた分です」

「ありゃー、悪い事しちゃった?」

「まぁ予定外でしたけど、僕もお酒は一人より人と飲む方が好きですから」

「ありがと大将! 素敵ー! 良い男ー!」

「おだててもお酒はここまでですからね」

「むー! 大将は鉄壁だなー!」


 会話が止まると、除夜の鐘が聞こえてくる。


「おー。大晦日って感じ、してきたねー」

「ですね。ラジオで紅白でも流しましょうか」

「ん、いい。大将ともっと話したい」


 会話の谷に響く除夜の鐘。


「ね、大将」

「何ですか」

「除夜の鐘って、煩悩を消すんだよね?」

「そう聞いてますよ」

「これ鳴り終わったらお正月。その時には煩悩はなーんもない、すっからかーんって事だよね?」

「まぁ一応」

「うん、そうしたら……」


 まるでその音色が本当に煩悩を消しているかのように、笹森の言葉が弱くなっていく。


「笹森さん? 具合悪いですか? 僕付き添いますから、トイレ行きましょう?」

「きゃー! やだー! 大将のえっちー!」

「心配してるんですよ。こんなに酔っ払ってるの初めて見ましたから」

「……ごめんね」

「本当に大丈夫ですか?」


 普段通りの冗談と軽いたしなめ、増田はそのつもりだった。しかし急激に落ち込む笹森に、本気で心配になる。


「……あたし、気が回らないしガサツだからさ、大将の為に何かしたいって思っても飲みに来るしか出来なくて、来たら来たで楽しくなっちゃって好き勝手やっちゃって……」

「笹森さん……」

「煩悩が消えたらもっとちゃんと出来るのかな。そうしたらもっと大将の役に立てるのかな。このまま年を越せたら、あたし……」


 思い詰めた様子の笹森の頭に、柔らかい温度が被さる。


「やっぱり酔っ払ってますね。らしくないですよ」

「た、たたた大将!? えっ、えっ?」


 驚く笹森の頭を撫でながら、増田は優しく続ける。


「そのままで良いですよ。僕、笹森さんにそういうの求めてないですから」

「うー、ひどーい」


 笹森は不満を口にしつつも、とろけるような笑顔は隠せない。


「このままで良い、かー。嬉しいなー」

「えぇ、無理はしないでください」

「でもこのままじゃ無理っぽいんだよねー……」

「何がですか?」

「大将のお嫁さん」


 増田の手が止まる。除夜の鐘が無言の空間に響く。


「大将?」

「え、あの、さ、笹森さん?」

「どしたの大将。もうちょい撫でてよー」

「い、今何て言いました?」

「撫でてーって」

「そ、その前」

「へ?」


 除夜の鐘が一つ、二つ、三つ。我に返った笹森の顔が真っ赤に染まる。


「た、大将! あの、これは、その! 油断したっていうか! 大将が頭撫でるから、変に安心しちゃったっていうか! あの、だから……」

「は、はい……」

「えっと……」

「……」

「……」


 一際大きく除夜の鐘が響く。俯いた笹森が顔を上げる。決意を目に宿して。



「あたし、大将のこと、好き。……大好き」



 時が止まったような静寂。除夜の鐘の助けもない。沈黙に先に耐えられなくなったのは笹森だった。


「……あ、あはは、ごめんね! こんな呑んだくれ女が何言ってんだって話よね! 忘れて、ね? 除夜の鐘の顔に免じてさ!」


 茶化して誤魔化そうとする笹森。だが増田の顔は硬く強張ったままだ。


「……だから通ってくれてたんですか」

「そ、それだけじゃないってー! お料理もお酒も美味しいし!」

「僕、笹森さんより十は上ですよ」

「その落ち着きが良いというか! 格好いいなって思って! あ、あたし何言ってんだろ!」


 あわあわしながらお猪口を持とうとする笹森の手が握られる。


「ぴゃっ!?」

「嬉しいです。そんなにも僕の事を思ってくれて」

「え、あの」

「いつもの冗談か、からかってるのかと思ってましたけど、僕の勘違い、……いやむしろ勘違いじゃなかったって事か……」

「……たい、しょー……?」


 視線が絡み合う。息も、瞬きさえも出来ないような空気。


「たい、しょー……」


 笹森が目を閉じて、顎を持ち上げる。


「笹森さん……」


 増田が顔を近づける。


「……」

「……」


 唇が触れ合う、その刹那。


 ごおおおぉぉぉん。


「!?」

「!?」


 煩悩を吹き飛ばす響きが二人を我に返す。


「え、あ、あれ?」

「ご、ごめんなさい!」


 呆ける笹森から弾かれたように離れる増田。


「さ、最後の鐘、みたいですね! あのお寺、いつも除夜の鐘の最後は、ベテランの方が溜めに溜めた一発で年明けを告げるんですよ!」

「そ、それであんな凄い音なんだー! へー!」

「と、という事は年明けたんですね!」

「う、うん! しまったー! ジャンプし忘れちったー!」


 顔を逸らしながら、火照った顔を仰ぎながら、早口で取り留めのない事を口にする二人。


「……あ、笹森さん、その、明けまして、おめでとう、ございます」

「あ、うん……。明けまして、おめでとう……」

「えっと、今年も、よろしく、お願い、します」

「あ、はい、こちらこそ、よろしく……」

「……」

「……」


 ぎこちない挨拶を終え、どちらともなくお猪口を持つ。


「えっと、じゃあ、今年最初の、お酒に……」

「……素敵な年明けに」

「えっ?」


 固まる笹森のお猪口に、増田のお猪口が澄んだ音を立てて触れる。まるでキスのように。


「乾杯」

読了ありがとうございました!


甘々納め、如何でしたでしょうか?

筆が乗ってしまい、当初二千文字位の予定でしたがほぼ倍……。制限がないとどこまでも書いてしまうのは良いのか悪いのか……。


除夜の鐘が空気を読みませんでしたが、幸せなキスをして終了はすぐ前にやったからね。仕方ないね。


ちなみにキャラの名前ですが、


笹森 → お酒=『笹』なのでそれを盛ると言う事で

増田 → 店主なのでマスターをもじって

音辺 → 音を『おん』と読んで『兵衛べぇ』のもじり


と言った感じです。


ちなみに作中のお酒『紫天電してんでん』は実在のお酒『蒼天伝そうてんでん』から名前を借りました。宮城は気仙沼のお酒。一番のお気に入り。


それでは今年の投稿はこれでお終い! また来年もよろしくお願いします!

よいお年をお迎えください!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 甘すぎて、床でごろごろ、悶え死に。 思わず5・7・5調になるくらい甘かったです。 久しぶりに眼窩から口から鼻から耳から砂糖が溢れかえりそうでした。 二人に幸あれ!でもお酒はほどほどに!…
[一言] 甘くてとろけてスライムになりましたよ。 ぼよーん、ぼよーんてなりました。末永く幸せになれ!
[良い点] 甘めー甘めーよ、てんちょー 渋茶もってきてー [一言] 最初の方、『東京プリン』の「独り身圭子」かと思ったー また来年もよろしくお願いします。 仕事中なので、これにてはいチャラバイ!…
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