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異世界にて主にかまう  作者: 嘉玉
1/1

始まり

家の近くで鳴く鵯の声で目を覚ます。

おずおずと目を開き、天井を見つめる。ふっと冷たい風が頬をかすめ、身震いをする。

風が吹いてきた方向に目をやるとはたはたとなびくカーテンと澄み渡る青い空が目に入る。どうやら窓を開けたまま寝てしまったらしい。寒いのは嫌なのですぐに窓を閉めた。

ふう、と一息ついて目覚ましに顔を洗おうと布団から出る。窓は閉めたもののまだ寒かったので、近くにほっぽり出されていたはんてんを着た。

洗面所に着き、冷水を顔に浴びせ、ついでに寝癖も水で直す。

鏡を見ながら跳ね回る寝癖を押さえつけていると、鏡の中の自分と目があう。

「……やる気無さそうな顔してんな。」

濡れた顔を拭くため棚からタオルを取って顔に擦り付けた。

自室に戻り、脳内会議を開く。布団をたたむ案が提出された。賛成意見を聞き入れ布団をたたもうかと思ったが反対意見の、今日は家から出ずに一日中布団の中にいる案を採用したためやめた。それに伴い寝間着から着替える案も却下された。

さて、せっかく冷水で目を覚ましたのを無視し、二度寝をしようと布団に足を入れかけた時

__ピーンポーン

「は? 荷物頼んでないけど……客? 誰? 」

至福の二度寝を邪魔された驚きと怒りで思わず口走る。

仕方なく玄関まで歩き、サンダルを履きながらガラガラと戸を開く。

「一体どなたで……」

「よー!蒼琉、元気ー? 」

この loud voice な青年のおかげで眉間に皺がよる。

あれ、誰だっけ? 思い出すために目の前の男を観察する。

グレーの癖っ毛で、パーカーを着ていて、さりげなくイケメンで……容姿の特徴を頭の中で箇条書きのように並べていくと、なんだか苛立ってくる。

そういえば、幼馴染にこんなムカつく奴がいた気がする。

「……あっ、お前ネイトか!」

「そうだよ、幼馴染の顔を忘れるなんて……」

ネイトはしくしくと手で涙を拭う仕草をした。

「うっざ。」

「ひどい。」

「……で、ネイトお坊ちゃんは一体こんな貧乏に何のご用で? 」

「よくぞ聞いてくれた!しかし友よ、話せば長くなるので一先ず中に入れてくれない? 」

ネイトは部屋の中をちょいちょいと指差してくしゃっと笑った。

俺は優しいので、幼馴染のよしみで彼を家に上げてあげた。決してお金を巻き上げられそうだからではない。断じてない。

ネイトを客間の椅子に座らせ、テーブルを挟んだ向かいに自分も座る。

これから会議でも始まるように俺は手を組んだ。

「すまんなネイト、うちには客に出せるお茶などない。」

「おう、分かってたからいいよ。」

いちいちムカつく奴だなこいつは。

しかし、ネイトは俺を煽るために言っているのではなく本心で言っているということも重々理解しているので突っ込まずに話を続ける。

「で、長くなるお話をしてくれないかなネイト?」

「おう、まあ、結論から言うと……


__蒼琉に引越しを提案する。」

空気が張り詰めている。ネイトは珍しく真剣な表情で身振り手振りを使って話し始めた。

「知っての通り、俺は親のおかげで大量の貯金があるわけで、__まあ最近は自分でも稼げるようになってきたけどな? __それで、その、俺が家追い出された時に色々と蒼琉が協力してくれたおかげで今の俺があるんだ。だから、その時のお礼がしたい。だから、生活の援助がしたいんだ。でも今のお前の家を改装するより新しく作ったほうが手っ取り早くて、だからそこに引越してくれないか。お前の生活の全てを保証する。」

ネイトは真っ直ぐの瞳で俺を見る。

__悪い話ではない。寧ろ、いい話すぎる。

要するにネイトは俺の生活の一切を支えてくれるらしい。俺の生活に伴う出費をネイトが持ち、俺はネイトの傘下で悠々自適に暮らすことが出来るというわけだ。

引きニートの俺にはまたとないチャンス。しかし問題がある。

「ネイトよ……残念だが断らせて貰うよ。」

「へ、なんで……? 」

ネイトの真剣な表情は俺の一言によって崩れた。張り詰めていた空気も緩くなった。

「最大の問題点は、家事を俺がしなくてはいけない点だ」

俺は立ち上がりネイトの目の前に人差し指を突き立てる。

「もしお前が、俺の一切の生活とともに一切の家事まで保証してくれたらその話乗ってたけど……残念だったな。」

「あ、言い忘れてたけど引越し先にはメイド付き、家事は全部任せていい。」

ネイトは思い出したように平然と言ってのける。

その言葉を聞き、寝室に戻りかけていた俺の足は向きを変え、椅子に座ったネイトの目の前まで物凄いスピードで向かい、目をこれでもかというほど見開いて叫んだ。

「前言撤回!!さっきの無し!!その話、乗ったああ!!」

ネイトはニカッと笑った。

「そんじゃ、今日中に荷物まとめといてね。夜にまた来るからよろしく!」

ネイトは早口にそう言い、光り始めた。移動魔法だ。俺に有無を言わさず逃げるつもりらしい。しかし、神社の息子、舐めてもらっては困る。

俺は咄嗟にネイトの腕を掴み唱える。

「このクソネイトの魔力を封じたまえ。」

「は!? ちょ、ま」

すると、消えかけていたネイトは元に戻り、眩い光も消え去った。

「今日中ってなんだよ今日中って!? どんだけハードスケジュールなわけ!? 蒼琉くん脱引きニートしたら芸能人にでもなるわけ!? 」

掴んでいた腕を引っ張り捲したてる。

「い、いやぁ、その、俺の都合で……すまん。」

ネイトは申し訳無さそうに肩をすくめ、手を顔のまえで合わせて謝った。

俺は掴んでいた腕を離して、頭を掻き大きく溜息をついた。

「……でももうそれで予定立ってんだろ? 」

「はあ、まあ……」

「あーっもう、仕方ないな……じゃあ、ちょっと手伝えネイト。」

俺はもう一度ネイトの腕を掴み、今度は先程より強く引っ張って椅子から立ち上がらせる。

「わ、わかったよ……」


ネイトと俺は手分けして荷物の整理を始めた。

俺はネイトに用意して貰った段ボールに小説や漫画などの本を詰めながら、ふと疑問に思ったことをネイトに問いかけた。

「そういえば、低位魔法しか使えないはずのお前がいつの間に無詠唱術なんか覚えたんだよ」

「ま、色々あってね。教えてもらったんだよ。お金を持つってなると、ある程度自分を守れなきゃね。」

服の整理をしていたネイトは、俺の着物を畳みながら返事をした。

「ふーん……随分と立派になったねぇネイトくんは。」

「蒼琉だって、血筋的には俺なんかよりよっぽど魔法使えると思うけどな。」

「俺が使えるのは魔法じゃなくて呪術な。でも、いくら犬神の血を引いてるったって、真面目に努力しないと何もできないから。」

段ボールをガムテープで留め、ふうと一息つく。

ネイトが魔法を使えるのは貴族の息子として英才教育を受けていた賜物だが、俺が呪術を使える__と言っても少しだけだが__のは血筋のおかげだ。

代々俺の家は犬神を祀る神社を守ってきた。それは先祖である犬神への感謝の気持ちを示す行為でもあった。しかし、俺は普通の人間ではなく、親も親戚もエリート揃いの家に生まれしまったことを憎んでいた。だから、全部捨てて家を出たわけだ。

「……まあ、お互い頑張ろうぜ蒼琉。」

「おう……って、ネイト!? チッ……逃げやがった。」

俺がぼうっと考えている間にネイトは俺の呪いを解いて今度こそ移動魔法で逃げたらしい。

しかし、服は全部きれいに片付けてくれたことは感謝しよう。

気を取り直し段ボールを運ぶ。運びながら、新しい家を想像していた。

ネイトは金持ちだから、相当大きな家だろう。新しく建てたって言ってたし、綺麗なんだろうなぁ。そんなことを考えていたら壁に段ボールをぶつけてしまった。

「おっと……危ない危ない。」

何だかそわそわしてきた。期待もあるが、不安もある。

引っ越すことで、きっと区切りがついて新しく真面目に生きられるかもしれない。でも、今までと何ら変わらず、寧ろ全てをネイトやメイドさんに任せて、より怠慢になって言ってしまうのが怖い。

「まあ……なるようになるってやつだな」

なんとか、やっていこう。そう誓って段ボールを積み上げた。

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