追放された少女。魔法使いの気まぐれで戦闘魔導躰にされる。
過去に作品を読んでくださった方は、ありがとうございます。
過去作と若干繋がりありますが、別に読まなくても全然大丈夫です。
いつかは、来ると思っていた。
自身を邪険にし、無関心のモノ扱いしてきていた人からの、招集。
呼び出された少女は、恐怖と諦めを抱きながら、自身を呼んだ存在…父と、対面した。
「お前をこれ以上、我が家に置くことは出来ん。出てゆくのだ。」
「…。」
父の書斎。 部屋の外には、多くの使用人が控えていた。
机を挟んで座っている、白髪が僅かに混じる褐色髪の壮年の男性。
父。その両隣で、歳の離れた兄と姉が、父と共に冷徹な目を向けて来ていた。
――――――――――――――――――――
少女の父―――エドマス・ハイロニア侯爵は、グラウシアス帝国の有力な貴族だ。
「魔物」と呼称される化け物たちから、人類が生存権を奪い取る為の戦場、「魔外前線」。
ハイロニア家は、その戦場にて大いなる活躍をした英雄達を、歴代輩出してきた名家である。
多くの有力者たちがその戦場へ自身の兵士や傭兵を送り込み、領地としていく中。
ハイロニア家の者達は、自ら剣と杖を持ち最前線へ向かい、自身らの手で土地を手に入れてきた。
エドマス・ハイロニアは、青年期に彼の兄や姉たちをも超える武勲を残し、ハイロニア家の当主の座を勝ち取った。現在でも前線で将として戦う兄弟姉妹に紛れ、不朽の武力を振るっていた。
その経歴から、恐らく歴代当主たちよりも、より実力主義の気質があった。
少女はそういった難しい経歴は知らないけれども。 家での教育――という名の虐待――を経て、この家の「有り方」を知っていた。
それを理解すると同時、自身の立場に恐怖していた。
戦斧を以って人食鬼を一撃で沈めた兄のような武術はなく。
大いなる光を以って英雄骸を浄化する姉のような魔術もなく。
剣も槍も振るうことの出来ない細腕。 光や闇どころか、基礎の火すらも起こせない脆弱な魔力。
手足を痛め、魔力欠乏で倒れ、病弱な体がそれに追い打ちをかけた。
兄も姉も、力のない少女を毛嫌っていた。
…ハイロニア家の外の者が兄と姉を見れば、「洗脳紛いの教育のせいだ」と少女を慰められたかもしれないが。その洗脳紛いを同じく受けている少女は、それを「当然の報いだ」と耐えしのぐしかなかった。「力のない自分は、忌まわしい存在だ」と。
そして、どこかで思っていた。
自身のような存在は、ここにいつまでも置いてもらえる訳がない、と。
――――――――――――――――――――
「ようやくですか、父上。」
父の左隣に立っていた兄、オルレス・ハイロニア。
下位龍の群れの討伐に参加したこともあり、既に魔外前線においては兵士を率いて屍食鬼を打ち倒した功績を持つ戦士である。
「魔力によって非力さを大きく補うソフェルと違い、基礎の魔法にすら手こずる愚図。
この落ちこぼれがハイロニア家に連なることなど、到底看過出来ることではなかった筈です。」
「…そこで私を引き合いに出すのはやめてほしいのだけれど。兄さま。」
右隣に立つ姉、ソフェル・ハイロニア。
内地の不死者問題を尽く解決させ、アンデッド限定ではあるが、魔外前線で通用する実力を持っている魔法使いである。
双方、共に青年期。 対して少女は、…まだ「少女」と呼称するにふさわしい齢とも言えなかった。
その少女が2人の兄姉から、冷水のような言葉を浴びせられて。 俯くしかなかった。
武が目立つ兄でさえ、一人前の魔法使いの魔法を。 魔が目立つ姉でさえ、一端の戦士の技術を。
だというのに、自分には何も…。
嘲笑さえ無かった。ただただ冷徹に、こちらを睨む2人。
そして、父が立ち上がった。
「ハイロニアの名をこれ以上穢すことは許さない。今すぐに我が領土から出ていくのだ。
我が領土の人間に、一切の助力を請うことは許さん。」
「…!」
怒鳴りではなく、静かに宣言を行う父。 それを聞いて少女は伏せたまま寒気を覚えた。
家を出ていく。 それは予想出来た。
「領土の人間に一切の助力を請うな。」 それはもはや死刑宣告だった。ハイロニア家の領地がどれほど大きいのか、当主の父が知らない筈がない。
「―――!」
何か言わなければ、それは処刑台の階段を無抵抗で登っていくようなもの。
そう思って顔を上げるが。
「…ぁ?」
「…ん?」
「ヒッ…。」
兄と姉のより一層冷たい視線が、少女を貫いた。 恐らく何か弁明しようとしたのを察し、黙らせてきたのだ。
「…話は終わりだ。さっさと消えろ。」
父がそう結ぶと、もはや興味を失ったかのように、少女から視線を外して書類に筆を走らせはじめた。
「…っ――」
少女が声を出そうとした瞬間、
「おい、さっさと出ていけ、平民。」
「!!」
父の隣にいた筈の兄が、目にも止まらない速さで、いつの間にか少女の首元に手を置いていた。
「母上には俺からよろしく伝えておいてやるよ。『無能はハイロニア家から喜んで出て行った』とな。
もう何も思い残すことはないだろ? 流石の愚図でも、自分の脚で家を出ることぐらい出来るだろ。」
そこまで言い、兄が少女の首を掴み、書斎の外に放りだした。
「あぅ!」
床に叩きつけられる少女。
外に控えていた使用人の数人が、唐突に書斎から飛び出て来た少女にビクリとした。
が、誰も彼女を起こすことはしなかった。「一切の助力を請うな。」とはつまり、「助けた者はハイロニア家の権力を以って罰する」ということであり。
「う、あ、うぅ…。」
床に叩きつけられた痛みに涙ぐみながら、少女は周りを見回した。見慣れた、顔見知りの使用人たちもたくさんいた。
助けを求めようと口を開いて、
「助――っ。」
全員が、視線をそらしていることに気付いた。
優しくあろうとした。
力のない少女は、ならばと、優しくあろうとしていた。
掃除や運搬や、使用人の人たちの仕事を手伝ったり。
彼ら彼女らがミスをしたときは、「自分ならもう最底辺だから大丈夫だ」と、自分がその罪を背負ったり。
力のない人たちは、そうやって強力して生きていく筈だから、と。
少女は、優しくあろうとした。
今まで、少女が優しくしてきた使用人の皆。皆、眼をそらしていた。
仕方ないことだった。父からあのような言葉が発せられた以上は、仕方ない―――
―――きっと、私が本当に困った時は、助けてくれる―――。
少女の後方から、僅かながら苛立ちを募らせた兄が歩いてくるのが見えた。
急いで立ち上がり、促されるように出口に向かって歩いて――――
―――あなたが大変そうにしてたから、一緒に掃除頑張ったでしょ―――?
階段を下ろされる。
何事かと使用人たちが声を掛けようとするが、当主の声が聞こえていた別の人が耳打ちをして―――
―――あなたが間違えて花瓶を割った時、私が庇ったでしょ―――?
玄関を、少女が開ける。
何かを期待した少女が後ろを見渡そうとして、兄が歩みを早めたのが見えて―――
―――私が助けた分、皆も助けてくれるよね―――?
兄に投げ飛ばされ、蹴り飛ばされ。
家の門を開けた兄が、そのまま私を放り投げ――――
―――どうして――――。
全身が痛む中。
最後まで兄が、冷徹な目で私を睨みながら、扉を閉めて――――
―――どうして、誰も助けてくれないの―――。
全身の痛みに意識を失いかけながら。
ついに訪れてくれなかった救いを、少女は待ち続けていた。
――――――――――――――――――――――
自分は、優しい存在だと思っていた。優しくなれる存在だと思っていた。だから、力がないのだと。
力があれば、どんどん残酷になる。冷徹になる。自分は優しいから、だから力がないのだ、と。
最初は皆、自分の手助けに迷惑がっていた。「貴族の娘に」「畏れ多い」って。もしかしたら、自分が下手だったからかもしれない。
それでも、ずっと続けて。皆感謝してくれていた。
兄や姉に辛く当たられて落ち込んでた子を、慰めたこともあった。
力のない自分には特に何か出来ることがあるわけじゃないけど、精一杯を頑張った。
弱い人たちは力を合わせて、問題を乗り越えていく。
だから、こうして私が皆の力になって、皆が私の力になって、それで―――――。
「…私は、自分が一番かわいかったんだ。」
名前も知らない草原で地べたに倒れ込んで。少女は呟いた。
「優しくあろうとした」のではない。「自分を守る保険」が欲しかったのだ。
そうやって、強くなる道を諦めて。
力のない自分が、生きていくために。非力な人たちを、兄や姉や父に対する盾にして――――
いや、そうじゃない。
あの人たちを盾にしようとしたわけじゃない。「優しくあろうとした」わけではなかったが。少女は間違いなく「優しかった」。
少女は、少女はただ――――。
「―――――。」
小さく、何かを呟くように口から吐息が漏れ。
少女の世界が、ゆっくりと消えていった――――――。
「ん?なんだこれは。」
消えゆく世界の最後に。
聞いたことのない男性の声が、聞こえたような気がした。
―――――――――――――――――――――――
「行き倒れか?」
それは、薄汚れた人間だった。
褐色の長髪は泥や埃に塗れ、衣服だったであろうボロ布を纏い。脚は草葉や石で切ったのであろう、血まみれで。
「旅人…なわけないか。」
少年はそう呟いて鼻で笑う。
こんな小さい少女が、マトモな装備をせずに、人里離れた土地で。
追いはぎが剥ぎ取るようなものすら一切ない様子を見て、「旅人なわけがあるかい」と自嘲気味に笑う。
「おい、いいか。コイツはゴミだ。」
少年が、誰かに語り掛けるように言った。
「人間の輪から外された、必要とされなかったもの。それ故にこうして、ここに捨て置かれたのだ。」
そこまで話し、少し間をおいて、少年の眉根が寄る。
が、すぐにニヤリと笑みを浮かべる。
「…人間の社会の片隅に、ゴミが形成する輪があっても良いと、俺は思う。 違うか?」
少年はそう言うと、…持っていた杖を腰に挿し、その人間を抱え上げた。
――――――――――――――――――――――――――
深い、微睡。
意識を落とした少女は、波に揺蕩うような、そんな感覚に覆われていた。
「死ぬ時って、こんな感じなのかな。」 そんな風にぼんやり考えていた。
「ん、んぅ…?」
気が付くと。 そこは、少女が倒れた草原ではなかった。
目を開くと、まず最初に木造の天井が映った。
疑問に持った少女が、身体を持ち上げる。
どうやら布団が被されていたようで、それを畳むように起き上がる。
「っ。」
フカフカの布団だった。 家にいた頃は、マトモにベッドメイクもされず、寝辛かった記憶があったが。
(これは夢?一体―――っ。)
ボーっとしていた少女は、布団の上にあった自分の両手の甲が目に入り、意識が覚醒した。
「え、え、え―――。」
そこには、人間の手はなかった。
高級な人形が持つ、赤みを持った人の肌色をした、精巧な人工物の手があった。
「な、にこれ―――。」
それは、掌だけでなく。
球体関節の肘が目に入り、肩の関節も同じく人の物でなく――――。
「――――。」
体を隠していた布団を捲る。
衣服を付けていない、――――普通の、人のものだった。自分が放浪している間についていた傷なんぞ、一つもない。
だが真っ先に違和感に気付いた。自分の体は、まだ全くの未成熟であった筈。
だというのに、胸も胴も脚も、マトモな青年手前の少女の物だった。
そしてやはりというか。
脚の付け根、膝、足もまた、精巧な人工物の物だった。
「これは…。」
太ももや前腕を、指で突いてみる。
…プニプニと、人肌のような感触がした。どうやら体温も一般的な人間のソレである。
プニプニして、「そういえば腕にも脚にも指先にも感覚がある?」と感じて、更に困惑してしまった。
ギィ。
「―――っ。」
部屋にあった扉が、唐突に音を立てた。
その扉が、ゆっくりと開かれる。
「ん、おろ。起動したか。」
扉が開くと共に、一人の少年が入ってきた。
背丈は、今の自分と同じくらいの大きさ。
青白い炎の色をした、目元と首元まで伸ばした髪型。両耳の上に付けられた、後方に向いた短い鹿角のような髪飾り。 その前髪に少し隠れるようにこちらを覗く、ルビー色の瞳。
髪色と似た、金縁空色の肩掛けと腰外套、その下には普通の青色の服。
右手には金縁の黒い手甲が黒手袋の上から付けてあり、左腰には左手で抜ける位置に杖が刺さっていた。
紺色の球体を囲むように金色の細工がされたていおり、少女の姉が使っているソレよりも高級そうな杖だった。
「――あの、あっ―――。」
唐突に入ってきた少年に、少女は驚きつつも話しかけようとして、
「――――!」
自分が、全裸になっていたことを思い出した。
真っ赤になって布団を体に巻き付ける。
「…? お前…。」
唐突に体を隠した少女に、少年が首を傾げる。
「あ、あ、の。」
少女は赤くなりながら、少年に話しかける。
「私、草原で倒れて、それで、えっと。」
たどたどしく話す少女に対し、少年が目を見開く。
「あー、お前、…あーえっと、眠る前の記憶があるのか。」
「眠…え、あ、はい。あの。」
少年の態度に少々要領の得ない物を感じながら、少女が首肯する。
「はーん、そっか。 ままええわ。眼覚めたのならまっとれ。飯にしよう。」
「あ、ま、待ってください。」
そのまま部屋を出ようとする少年を、少女が呼び止めた。
「んぁ?」
「あの、えっと、お洋服…を。」
「ぁ?あー、そっか。そりゃそうだな。飯と一緒に持ってこよう。」
少年の態度は少々軽いものだったが、それでも、彼女が実家で感じていた刺すような害意は感じなかった。
それ故、少女はもっと踏み込んでも大丈夫だと考えた。
「それと、あの。」
「ん?」
「この、身体…。」
自分の変わり果てた両手に視線を落としながら、少女は不安そうに少年に尋ねた。
少年はその質問に、ニィっと笑った。
「お前さんの体、俺が勝手に改造させてもらったわ。」
「改…え?」
「拾ったお前さんの体をどうするかなんぞ、俺の勝手だろ? 実験体としてお前を飼うことにした。」
「飼う…。」
「ま、そういう事だから。また後でな。」
そこまで言って、少年は扉を閉めて出て行ってしまった。
「…改造。」
少年がいなくなって。少女は改めて自分の両手を見つめる。
「改造…か。」
精巧な人形のような掌。以前より大きくなった身体。
実験体。飼う。
その言葉が、少女の頭から離れず。
それは、何故か、少女を―――。
『おい。』
「ひゃう!?」
ぼんやりと考え事をしていた少女の後方から、いきなり低い声が聞こえた。
少女が驚いてそちらを振り向くと、
「…?」
そこには、―――炎が浮かんでいた。
紅蓮の焔が、人の上半身のような形をしており、その炎を、赤熱した岩石が鎧のように包み込んでいる、そんな姿だった。
頭にあたる部分には、眼のようなへこみを2つもった縦菱形の岩石が浮かんでおり、恐らくソレが頭部であった。
『驚かせてすまない。我は「ダスト」という名を貰っている。アイツの契約精霊だ。』
「け―――精霊!?」
それを聞いて、少女は心の中で跳ね上がる。
精霊と言えば、大自然の力を行使する強大な霊体であり、一部の選ばれた魔法使いですら、下級の精霊しか目にすることの出来ないと言われた存在。
しかし目の前のソレは、業炎の魔人。 とても並大抵の精霊とは思えなかった。
そんな精霊と契約している少年――――。
『アイツは我がお前と接触してベラベラ話すのは気に食わんらしくてな。我の口から事細かに説明は出来んが。』
「え、え、え?」
唐突な展開に混乱している少女を放置し、ダストと名乗った精霊は告げる。
『どうか、アイツを信用して、様子を見てくれ。』
「…え?」
業炎の魔人が岩石に覆われた片手を胸に当て、頭を下げた。
『逃げたいのなら逃げて構わん、アイツも止めはせんだろう。どうしても怖くなったのなら、ここから逃げてもいい筈だ。
だがどうか、…アイツの言葉に惑わされずに、真実を見つめてくれ。』
「…。」
奇妙なその言葉に、だがどこか、少女はキョトンとして冷静になれた。
「実験体としてお前を飼うことにした。」
少年のその言葉で、自分が安堵感を覚えていたことを、思い出していた。
「わ、わぁ。」
少女が眠っていたベッドに備え付けられていたテーブル。その上に料理が並べられる。
フワリとしたパンが沢山入った籠。一抱えほどの鳥の丸焼き。大きなお皿に盛られた煮魚。ゴロリと大きな具材の入ったスープ。
少女にとって食事とは、簡単なパンと野菜だけだった。「力のない自分には仕方のないこと」と諦めていたのだけれど。
「ん、よし。とりあえずこれで全部じゃの。」
先ほどの服装の上からエプロンを身に着け、それらの料理を魔法で運んできていた少年。
料理を並べた後、腕を組んで少女を見つめる。
「あの、これ、全部――。」
「全部食べろ。魔素供給の効率を測る実験だからな。どれが一番お前さんのその躰に都合のいい食材かを調べたい。」
今すぐに食べたい、そう思って、しかしどこか遠慮していた少女。
少女の言葉に先回りするように、少年が無表情で言い放つ。
「…!」
少女は早速、鳥の丸焼きの脚を千切って口に突っ込んだ。
ちょうどいい焼き加減のパリパリした表面。何か特殊な香草の香りが口内に広がる。
あまりの美味さに、頬に激痛が走った。これが「頬が落ちる」ということか、と少女は感じた。
「はっは。…あれ、ということは味覚も健在か。」
鳥の脚を口に突っ込み固まった少女を見て、少年は近くの椅子を引っ張りながら笑った。
「ボリ。」
「…『ボリ』?」
が、少女の口の中から聞こえた音に、笑みが引っ込む。
「あ、お、骨ごと行ってるのかお前!?」
「ふぉね?」
「ばっか!骨―――ああああああ!食い方知らねえのか!? お前!その硬いのは食わなくていいんだよ!」
「ふぉいひいよ?」
「『おいしいよ』じゃねぇ! くっそお前、脚の食い方も知らないなんざ、今まで何を―――。」
「…。」
「今まで」という言葉で少女が沈黙した。
少女の表情はあまり動かなかったが、少年はすぐに察した。
「あー、ままええわ。 これから少しずつ知って行きゃあええ。
あと先に言っとくが、その魚もしっかり骨気を付けろよ。 柔らかくなるまで煮込んだ筈だが、痛いかもしれんからな。」
「ふ。 ん、うん。」
少年からの忠告に、口から脚を取り出して返答する少女。
…その取り出された脚の半分が消えており、少女の口からボリボリという音が聞こえ、少年は困惑で軽く白目を剥いた。
「うん、全部食ったな。」
「…。」
最後に飲んだスープのお皿をテーブルに戻して、一息。少年がニコニコしながらそれを見ていた。
空っぽになったお皿と籠をみて、少女は小さく驚く。
自分がいつも食べていた食事の数十倍の量はあったと思うが、何の問題もなく平らげてしまったのだ。
…魚は頭部を残し、骨がきれいさっぱり消えていた。 頭だけになった魚が出てきた時、少年は頭を抱えていた。
「おいしかった、です。」
「あー、ああ。そりゃよかったよ。 こっちもいろいろと知れたし。」
視線を逸らし、小さく頬をかく少年。「やっぱ肉か…」と小声で呟いていた。
さてと、と少年が椅子から立ち上がる。 同時に、空っぽになった皿や籠が宙に浮いた。
「これからいろいろしてもらうぞ。 その新しい身体のリハビリだったり、俺がその躰に合わせて作った武器の試しとか。
まま、とりあえず今はのんびり休みんしゃいな。 気が向いたら、この家を回ってもええぞ。
ちなみにこの部屋は2階の1室だぞ。」
少年はそのまま、扉に向かって行く。
「あ、えっと。」
「ぉん?」
少女がその背中に声を掛ける。 少年がとぼけた顔で、その声に振り返った。
「あ、りがとうございました。 その、おいしい料理――。」
「言うたろう、こりゃおじ――俺の実験の一環じゃい。 恨まれど、感謝される筋はない。」
面倒そうな顔をしながら、手をプラプラと振る少年。
…少女は早速、先ほどの精霊が言っていたことを察し始めていた。
「それなら、えっと…なんとお呼びすれば。」
「およっ――お呼び?」
世話になった人をなんと呼べばよいか。 そう思っての発言。
少年は頭だけで少しずっこけながら、意外そうな顔でこっちを見ていた。
「…ご主人?」
「主!?いやそりゃ…。」
「…マスター?」
「同じじゃろそれ。」
「えっと…ドクター?」
「お医者…に見えてたのか。 …あーもう。」
少年が困ったように頭をガジガジと毟る。 その手に合わせて周囲の食器もちょっとふらついていた。
「…アークメイジでええ。 おじ――俺は一応そこそこ出来る魔法使いだし。」
「お名――。」
「あ? そういやお前の名前は?」
「…。」
呼び方のついでに名前を聞こうとして、それを遮られて逆に尋ねられた。
「…。」
名前と訊かれて。「そういえば、自分ってなんて呼ばれていたんだっけ。」と少女は悲しくなった。
「…あぁ。」
少女は俯いて気付かなかったが。
少年――アークメイジは、いままで少女に見せなかったくらいに顔を歪ませていた。
「まま、ええわ。混乱しとるんじゃろ。
ならせやな…『イーリス』と呼ぶわ。」
その険しい顔をすぐに収め、気軽な様子でそう提案するアークメイジ。
「イーリス?」
「おみゃーさんが自分の名前を思い出せば、そっちで呼んじゃる。それまで俺が勝手にそう呼ぶわ。」
「イーリス…。」
イーリス。
そう呼ばれて、少女は身体が軽くなった気がした。
あの、自分を邪険にしていた家から、本当の意味で切り離されたんだ、と。
名を貰えた。
それはつまり、ここが、この場所が、自分の―――。
「じゃの、お休み、イーリス。」
「あ、えと。はい…。」
話は終わりとばかりに切り上げるアークメイジ。
もっと話はしたかったが、そこまで強く出られなかったイーリスはそのままアークメイジを行かせてしまった。
『ぶ、くっくっくっく…。』
「ん。ダスト。」
アークメイジが去った直後、すぐに精霊が隣に現れた。 すごい悶えている。
『実験、の、一環んん!!! げ、ぶははははははははは!』
「ど、どうしたの?」
唐突に爆笑しだすダストに、イーリスがちょっと引く。
『だ、お前、だってよ!あはっ!
「アイツの好物ってなんじゃろうな」って真顔で我に尋ねながら作って!ぶはっ!それで、直にお前から「おいしい」って言われて、その返事が言うに事欠いて「実験の一環(キリッ」だってよ!だっはっはっはっは!!』
爆笑のあまり頭を抱える精霊。
…私との接触は内密のものじゃなかったの? とイーリスはすこしジト目になる。
『は、ハヒー…で、でもまぁ、実験の一環ってのも、まぁ、まぁまぁ、間違いじゃねえ。』
フヒッと吹き出しながら、精霊がなんとか真面目に話そうとする。
『ふぅ。 お前の身体は、人間の物ではなく魔動器の一種になっとる。魔力で動くな。』
「魔力…。」
『アイツがお前の動力源――疑似心臓を、アイツの魔力で作って。
お前の動力を食事で確保できるかってのも、一応は調査したかったんだろう。』
彼の魔力が、今の自分の心臓になっている。
…あの魔法使いと契約している精霊が、自分なんかの目に見える理由か、と少女は納得していた。
「え、じゃあ、魔法…。」
『魔法だけじゃない。お前は、ただの人間では不可能なレベルの戦闘術だって身に着けられるさ。アイツがそういう風にお前を組み立てた。』
「。」
『ま、全部お前が望むことさ。アイツはお前が自分の道を歩めれば、それでいいと考えてるらしいからな。』
「…。」
「強くなる必要はない。」
強くなることを要求された以前。
少女は強くなれなかった。強くなりたい理由もなかった。
「言われたから」だけでは、彼女にとっては理由にできなかった。 だから諦めて。
だが、今は違う。
少女は強くなれるらしい。そして今度は、強くなりたい理由も…。
「言われずとも」。彼女には、理由が出来たから。
「…っ。」
『随分といい眼つきをしてるな。』
沈黙の中で静かに決意をした少女に、精霊は舌を巻いた。
――――――――――――――――――――――――――――――
時は流れ。
「…ふふ。」
家の裏手。
アークメイジが畑の植物の側で屈み、蟲を摘まんで燃やして摘んで燃やして、を繰り返していた。
とても、無防備な背中だった。
「…。」
手に持った「剣のような形状の武器」の機能を使い、シュルシュルと魔法性の糸を伸ばしていく。
糸は、アークメイジの服の隙間にこっそりと突っ込んでいって…。
「ん?」
「ふりふりふりふり。」
「ぎゅばわわわわわあああああああ!?」
アークメイジの脇やお腹、足の裏などを超振動でくすぐる。
屈んでいたアークメイジは一気に跳び上がり、着地に失敗して土塗れになった。
「おぁ、だああ!もう!またか!」
「クスクス。」
「…笑うのやめろ。お前のソレは俺の毒気を抜いてしまう。」
たく…とぼやきながら、アークメイジは土を払っていく。
恐らく、彼も慣れているんだと思う。
彼の調薬用の道具を隠したり、調理道具の並べ替えをしたり、こうしてくすぐったり。
本気で警戒すれば、私を常時監視できる筈。それをせずに、こうして引っかかる度に私をわざとらしく大仰に怒鳴りつける。
それが、私は楽しかった。
「ふぅ…さて。 そろそろはっきりしてもらおうか。」
「…?」
いつもなら「仕事中だからさっさどっか行けよ。」と適当にあしらわれるのだけど。
今日はそのまま、こっちを向いてきた。
「なんのつもりなんだ?お前。」
「お前? 私はイーリス。あなたが付けてくれた。」
「…。」
ああそうですか、と首をカクンと落として、再びこちらを向き直す。
「魔法を訓練する場所なら隣じゃ。戦闘経験を積みたいのなら同じくそこじゃ。ダストを相手にすりゃええだろ。
お前の躰を改造したいのなら自力で調べて弄ればいい。解らないことは全部俺が聞いてやる。
そう伝えている筈だ。」
それは既に、何度も聞いている。
私にはアークメイジからもらった、火と、…毒の魔力があった。比較対象は少ないけど、少なくとも兄よりも十分に強い魔法を行使出来ていると思う。
ダストを相手に、アークメイジからもらった魔導鎖刃を使った戦闘もしている。『贔屓目もあるが、魔外前線の奥地でもやっていけるのでは?』とダストは言ってくれてる。
随分と時が過ぎたけれど。私の姿は、アークメイジに改造してもらった直後のままだった。
眼の前で私を少し怖い目で見てるアークメイジもまた、出会った時の姿のままだったけど。
「私はただ、アークメイジと仲良くなりたいだけ。」
「仲…何ゆえ?俺はお前を勝手に改造した狂人だぞ? 狂人の魔改造男と仲良くして何の得がある?」
迷惑そうな顔をするアークメイジ。それを見て、ついククっと笑ってしまう。
私はあの日、恐らく死んだんだと思う。ハッキリわかる。
それがこうしてここにいるのは、アークメイジが私を助けてくれたから。
名を、貰った。
私はもう、ただの拾い子じゃない。 名がなかったも同然だった私は、アークメイジの娘になった。
「私は、アークメイジに救われたから。」
「お前は実験体。それを俺は拾っただけだ。」
「ふふ…。このようなお手製の高級な装いを、ただの実験体に? ありがとう。」
「…。」
いや、武器と同じで、この鎧も「戦闘実験用の防具だ」って言えば誤魔化せられるでしょう。
…なんで私が彼の言い訳を代弁してるんだろう。
アークメイジの魔力の影響か、褐色色だった毛髪は彼と似通った空色の物に変わってる。
瞳は以前のまま青い。瞳までお揃いにならなかったのは残念だった。
金縁の、海色の深い青をした鎧。軽く柔軟で、素人の私が考えても相当な素材だって察せる。…わざわざ私の躰に合わせて、アークメイジが自作してたのを知ってる。
背中は、場合によっては魔導製の翼を出したりすることがあるから、大きく開いてもらっている。
動きをほとんど阻害しないから、日々の暮らしでも着用してる。結構お気に入りだった。
彼は私のことを「実験体だから大切にするのは当然だ」と言っているが。
彼は、悪人の演技が致命的にヘタクソだった。
まず、最初の「食事による魔力供給実験」という名の「手料理による歓迎会」。
実験を装うのなら、普通に少量ずつ生の食材を無理やり食べさせればよかった。
というか、毎日の食事を口に運ぶたびに微笑むのやめてほしい。こっちがこそばゆい。
「戦闘実験」という名の「授業参観」。
基礎を教えて、後はダストにお任せ。そこまでならまだ少し解る。
…定期的に覗きに来てニコニコするのをやめてほしい。圧倒的保護者感が洪水を起こしている。
あと怪我をしたら、寝てる時にこっそり高級治療薬を振りかけるのは完全にアウトだと思う。
それこそ「自然治癒の実験」って言って放置すればいいのに。
コッソリすればいいと思ってるの?もう薬使うだけでドアウトだから。
…アークメイジはきっと、私が彼にあまり思い入れしないようにしている――つもりなんだと思う。
ダストが言っていた。『逃げたいなら逃げていい』って。
ここで好きなだけ経験を積んで、私の判断・私の意志で、好きな時に出て行っていい、と。
なぜアークメイジはこんなことをするのか、ってダストに尋ねたことがある。
彼は言っていた。『…暇つぶしだろうなぁ。』って。
「…過去に聞いたことがある。ダストから。」
「ん?」
黙っていたアークメイジに、私は少し微笑みかける。
表情は乏しい方だったけど、最近は彼のおかげで笑みが増えたように感じる。
「アークメイジは生まれながらにして、腐敗の魔力を持っていた。
腐敗した母の子宮から、アークメイジは産み落ちた、と。」
「…。」
聴いていたアークメイジは、…懐かしむような微笑みを浮かべていた。
「劇毒と疾病をつかさどる魔力によって忌み嫌われた貴方は、その悪評を払拭するために灼炎の魔法を極め、魔外前線で大きな名を勝ち得た。」
アークメイジが、悲しそうに眼を閉じていた。
「でも、本当のアークメイジはそんなことを望んではない。」
「…ほぅ。」
それを聞いて、アークメイジは静かに、面白そうに目を開けた。
「アークメイジは、居場所が欲しかっただけ。それを皆が勝手にまつり上げただけ。
皆誰しも、探し求めるものなのに。」
―――私と同じで―――。
恐ろしい力を持ったアークメイジ。
全く無力だった私。
私は…あの家で、居場所が欲しかったんだ。 執事や給仕の皆を助けて、彼らの中に居場所を見出したかったんだ。
私とアークメイジは、同じだ。
「私は貴方に居場所を貰った。たとえ貴方にとって私が単なる実験台だったとしても。
だから私は貴方を慕い、敬い、親しくありたいと思っている。」
「…そうかや。」
アークメイジはその言葉に、諦めたように俯いた。
「おじさんはな、イーリス。 …暇つぶししか、やることがないんじゃ。」
「。」
杖の上に両手を置き、その上に顎に当てて地面に突き、腰を下ろすアークメイジ。
…仕草が完全に年寄りのソレだった。
「誰もが文句を言えぬおじさん自身の領域を、おじさんはついに手に入れ。
…目標を失ってしもうたわ。」
見た目通りの若さが消え失せ。今の目の前には、恐らく生年相応の男性しかいなかった。
「劇病と爆炎で全てを奪いつくすしか知らなんだおじさんは、ひょんなことから口うるさい双子と、万薬を知る力を得た。
暇と無限の中でおじさんは、そこでようやく思い至った。おじさんのような『恵まれたゴミ』は圧倒的に少ない。 ならば人が人を救うように、ゴミがゴミを世話をするべきなのだと、な。」
口調は穏やかに、しかしこちらを貫くように見つめながら。アークメイジは続けた。
「双子?」「おじさんの為に魔外前線にいる。」と、軽い注釈を貰いながら。
「おじさんはの、人々から捨て置かれたそのゴミたちに、相応の目標を抱いてほしいと思った。どんな形でもよい、彼らの夢を。
お前さんは、名誉あるおじさんが拾い上げたゴミ1号じゃ。」
「―――。」
名誉ある。 優しく破顔しながらの、メイジの言葉。
それは、どこかでずっと、私が待っていた言葉だった。
「お前は、おじさんの大切な存在じゃ。 だからこそ、お前さんには自由になってほしかった。
おじさんに縛られることなく、己の意志にて、羽ばたける、そんな存在に。」
ゴミとして追放された、居場所のなかった、誰にも必要とされなかった、私。
私は誰かの、「特別な存在」になりたかったんだ。
無関心で、特別な存在。
…演技が下手なくせにそんな面倒な物を拵えるから、こんなことになったんだ。
勝手に自分の目論見を失敗させて落ち込んでいるアークメイジを見て、
…彼の望み通りに、新しい、目標を見つけた。
「ねぇ、アークメイジ。」
「ん?」
「…あなたって、童貞?」
「…あァ?」
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「っ。」
美しい空色の長髪を靡かせながら、光り輝く一閃。
少女の手に握られた、剣の形をしたナニカ。
それを振るう度に光の鞭が放たれ、剣の何倍もの射程の敵を一掃した。
『随分と派手にやるな、イーリス。』
「ダスト。そっちは終わったの?」
『ただのゴブリンなんぞ、燃やすだけで充分だ。』
そう言いながら、手に持っていた預言地鬼の頭を握りつぶす精霊。
祈祷地鬼の最上位種を片手間で倒せる存在なんぞ、数える程度にしかいないのだが。
「苔巨人の群れのボスってことは…これ、永久苔巨人かな。アークメイジが欲しがる素材だよね。」
『ああ、そうだな。今度素材を仕送りするときに一緒に持っていこう。』
少女は自身の身体を改造した魔法使いを、精霊は自分の契約者を思い浮かべ、あの飄々とした態度を思い出して少し吹き出す。
魔外前線で戦っている自分たちと違い、内地で細々とポーションを調合して遊んでいる魔法使い。
会えないことに寂しさを感じるが、その分、休みの日には思いっきり甘えるのだと決めていた。
「…そう言えば最近、ずっと探してた素材が手に入って。私の身体を改良したんだ。」
『ん? そう言えばそんなことを言っていたな。』
その日の狩りが終わり、拠点への帰路。
無表情で、だがどこかソワソワしている少女。
…精霊は少々呆れながら、少女の期待に応えることにした。
『そんで、お前さんが心待ちにしてた機能ってなんだ?』
「最近、ようやく『女帝淫魔の性器』と『帝王淫魔の精巣』が手に入って。」
『…。』
モジモジしている少女を見て、赤熱している筈の身体が冷えた錯覚を覚える火炎の精霊。
「これでようやく、アークメイジの貞操がもらえる。」
『。え、は?』
日常会話のような気軽さでトンでもないことを言い出した少女に、精霊は今度こそ身体の火が消えた。
「何を驚いてるの? 私が何の為に魔外前線に来たと思ってたの?」
『え゛!? え、いや、アークメイジに仕送り…。』
「そんなの、わざわざ魔外前線の奥地に来てやらなくてもいいじゃん。 アークメイジが欲しがる素材はツイデで集めてただけだし。」
『。』
「早速、拠点の人たちに連絡いれて、長期休暇取ろう。」
『あ、あー。』
火が消えたことで地面に落ちてしまった自分の頭部を拾い上げながら。
精霊は如何にして少女と主人の問題を悔恨なく処理するかを高速で考えていた。
「―――確認する。
永久苔巨人率いる苔巨人。
預言地鬼率いる大地鬼。
老古龍率いる壮古龍。
九頭大蛇率いる六頭大蛇。
世界樹木人率いる古老樹木人。
計5つの群れを排除の確認。
…いやほんと、2人でこなす仕事量じゃない筈だが。」
少女と精霊が拠点としている地区の管理官が、2人の狩猟結果―――もとい、戦果に呆れ顔をしている。
どの群れも、地区の冒険者や戦士達を募って集団討伐を起こすレベルの物であるのだが。2人からすれば「アークメイジが欲しがるものを持っているから」でしかない。
「苔巨人の苔」「預言者の霊薬」「古龍の臓物」「多頭大蛇の生き血」「世界樹木人の果実」。
全てが、アークメイジを喜ばせる物。希少な素材であればあるほど、アークメイジは狂喜乱舞する。
故に、弱小の魔物の群れは無視し、強大な魔物の群ればかり追いかける。
それは間違いなく、魔外前線において、人間の領地を広げる力になっている。なっているのだが。
自由を最大の財産とする冒険者にとって、貴族たちのように領地を広げる考えなどは一切ない。
希少な素材、莫大な富、未知への挑戦、強大な敵。それだけ。
冒険者を雇う貴族もいるのだが。この2人はある家を除いていろんな貴族からの雇用を受けている。
…彼女ら2人を除いて規格外の化け物があと3人ほどいるのだが。その彼ら彼女らも、示し合わせたようにその貴族からの依頼は蹴り、他の貴族の助力をしているそうだ。
「それと、イーリス。またハイロニア家からの依頼が来てるぞ。前回の6倍の金額で。」
休暇の申請をしようとしていた少女に、管理官が通達を行う。
「…他に、ハイロニア家から何か?」
少女はその管理官からの連絡に、無表情で答える。
…精霊は、少女が少しニヤついているのに気づいたが。
「他…いや、何も。」
「そうですか。ではまた断っておいてください。」
「そうか。…もったいねえな。相場の数百倍にまで膨れ上がってる筈だが。
ハイロニア領に魔物の群れが攻め込んできた時なんかも、民の避難に助力しただけで奪還には参加してなかったな。この依頼ってその土地の奪還だろ?まだ取り返せていないみたいじゃねえか。
こんな化け物を敵に回したとなりゃ、武勲貴族はどうしようもないな。」
土地を追われてしまった民たちに改めて心中で詫びながら、自分と他の所で狩りを行っている仲間の3人を思い浮かべる。
…私のわがままで、こんなおいしい依頼を素通りさせて申し訳ないな、と。
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「私はお金なんかより霊草が手に入ればそれでいい。…何より、貴方の涙が染みついたお金なんて、欲しくないですよ。」
「お前を泣かせるとアークメイジが五月蠅いからな!仕方ねえけど聞いてやるよ。」
「私はアークメイジに従う。…けどきっとあの人も、その依頼を受けるなって言うと思う。」
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…3人の言葉を思い出して、微笑んだ。
私は、本当に恵まれているなぁ。
「…よし。 早くしないと2人のどっちかに先を越されちゃうかもしれない。 急いで帰ろう。」
『え、いや、マジでアークメイジを襲う気かお前。』
「? 私はアークメイジの了承を貰って、お互い合意の上で初めてを貰おうと思ってるけど。」
『あ、あ、あー。』
如何に悔恨を残さずに、という自分のタスクの難易度が跳ね上がる精霊を放置して。
少女は大きく開いた背中から、噴射口の付いた翼を生やし、一気に加速して飛び立った。
その後。少女の貞操奪取はアークメイジの飄々とした態度によって回避されまくり。
「自分のテクニック不足でアークメイジが振り返ってくれない」と超次元的解釈をした少女は、数多くの山賊たちの拠点に乗り込み、彼らに女性恐怖症を植え付けていったそうだ。
…結局、少女を大切に思うのもあるが、性不全を起こして連行される山賊たちに同じ男として同情したアークメイジが、「おじさんが満足する仕送りしてくれればおじさんの前と後ろの処女あげる。」という口約束を信じ込ませ、魔外前線に少女を追放した。
彼は自分の貞操の寿命を心配しながら、今日も細々とポーション作りに励んでいるという。
メイジとイーリスのイチャイチャをかきたいと思ったけど、短編だし長くなるのもなぁ、と思い断念。
機会があれば、話題にあがった3人が出る話とかも書いてみたいかも。
ダメ出し下さい!イッパイ吸収して経験値にします!