第四話 ハンミョウ祭り
節足動物が苦手な方はご注意下さい。
私は山道を歩いている。山と言っても標高200メートルそこらの、大したことのない山だ。
最近、節約のために炭水化物ばかりを摂取しているせいか、BMIが2も増加してしまったので、ウォーキングをしているのだ。
先月から週末ごとに続けているが、疲れるのでウォーキングの後にすき家に行って「とろ〜り3種のチーズ牛丼ミニ」を食べ、さらに吉野家で「チーズカルビ丼特盛」を食べてしまうので、今のところ体重はプラスマイナスゼロである。
山頂までは行き方が二通りあって、山をくるくる回って登る車道か、近道だが草の生い茂った少し広めの獣道的山道が選択出来る。私は根性無しなので近道をいつも選ぶ。
舗装されていないデコボコ道をゆっくり進んでいくと、ハンミョウがいた。
コウチュウ目オサムシ科に属する、言わずと知れた節足動物。金属光沢が美しい。
私が近づくとハンミョウは飛び立って、進行方向の数メートル先の地面に降りた。また近づくと、再び飛んで私の進む先に降りた。そして振り向いた。
ハンミョウのこの性質が道案内しているように見えるため、別名「みちおしえ」と言うらしい。ウィ○ペディアに全部書いてあった。
その時、私の脳内で厳かな声が響いた。
──スリムな体が……欲しいか……。
私はキョロキョロと周りを見回す。誰もいない。
──ここだ……私は貴様らの言葉で言うとハンミョウだ……。
なんと! ハンミョウが私に話しかけているのだ! もしかして、あの時の……。私は先週末の出来事を思い出した。
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先週末。
私は林道で、三人の子ども達がハンミョウをいじめているのに出くわした。子どもたちは棒を手に、口々に叫んでいる。
「やぁ〜〜い、やぁ〜〜い、お前のかぁちゃん節・足・動・物〜〜!!」
「やぁ〜〜い、やぁ〜〜い、類稀なる俊敏性〜〜!!」
何たる狼藉!
私は彼らの背後に影のように忍び寄り、たまたま持ち歩いていた手風琴で、世にも奇妙な物語のオープニング(ガラモン・ソング)を奏でた。
ポイントは直立不動・真顔である。私は以前この方法で変態を撃退しようとして逆に通報された経験がある。
畳み掛けるような渾身の不協和音が功を奏したのか、子ども達は「ぎいやぁぁぁぁ!!!」と断末魔の叫びを上げ逃げて行った。
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以上で回想おわり。
するとこれは「あの時助けていただいたハンミョウです」ってヤツか!
私はハンミョウの脳内に直接話しかける方法がわからないので、声を発した。
「スリムな体をくれるんですか?」
──そうだ……。
「ついでに若さも欲しいのですが」
──それは……無理だ……。
スリムな体を付与する能力があるのなら出来そうなものだと思ったが黙っていた。
「スリムな体が欲しいならついてきてね」
ハンミョウは今度は声に出して言った。さっきの厳かな音声とは打って変わって、声変わりしていない子どもみたいな可愛らしい声。フグ田タラオみたいな。
「口調が変わってませんか?」
「一度やってみたかったんだ! 脳内に直接言うヤツ。びっくりしたでしょ?」
なかなか可愛い節足動物である。しかしハンミョウが人語を操るのと、直接脳内に語りかけてくるのとは、どちらも同じくらい驚きであるのだが。
私はたまたま持っていた手風琴でaikoの「カブトムシ」を弾きながらついていった。
「どうせならハンミョウ関連の曲を演奏してよ」
ハンミョウは言うが、私はハンミョウ関連の曲を一曲も知らない。悪いと思ったので、
「ハンミョウもカブトムシも同じコウチュウ目ですよ」
と言って誤魔化した。この日の出来事を私は生涯忘れることはないだろう。
ハンミョウはやがて山道を外れ、林の中の道無き道を進んでいく。
「どこまで行くんですか?」
「もう少しでハンミョウ村に着くよ。あなたすごく運がいい。今日は丁度、滅多にない祭りの日だから」
「祭りですか。何するんですか?」
「いろいろだね。神輿を担いだり、相撲をとったり、金属光沢のコンテストをしたり、遊戯王のカードゲームをしたりする。月四回、月齢で言えば満月と新月と上弦の月と下弦の月の日にやってるよ」
「……結構頻繁にやってるんですね。ところでスリムな体って、どうやって手に入れるんですか?」
「僕は知らないけど、長老が何とかしてくれるかも。まぁ、ダメ元で頼んでみるから」
まさかのノープランだった。私は期待するのを半分やめた。
「てんとう虫のサンバ」(これもコウチュウ目)の演奏が終わる頃、急に視界が開けて夢の国もといハンミョウ村に着いた。
直径五メートルくらいの空間で、中心に大木がそびえている以外は下生えもない。
大木の下に誰かいる。彼が長老だろうか。
手のひらサイズで、ヒゲモジャで、二足歩行で、民族衣装のような物を着ており、蕗の葉を持っている。どう見てもハンミョウではない。噂に聞いたコロポックルかもしれない。ここは九州だが。
案内役のハンミョウが言う。
「長老、この人がどうしてもスリムな体が欲しい欲しいって駄々こねるもんだから仕方なく連れてきました」
私が超ワガママみたいになっている。少しムッとした。
「沖縄出身のお笑い芸人の?」
「それはスリムクラブです」
ハンミョウが突っ込む。
「極貧の少年が謎の美女とそれを手に入れるため銀河鉄道で旅するやつ?」
「それは機械の身体です」
「イスラム教徒の?」
「それはムスリムです」
私は二人の掛け合いを、イライラしながら聞いていた。もう完全にスリムな体は諦めた。
その時、林の中から騒めきが聞こえた。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々♫」と歌っているようだ。
「お! おっぱじまったか」
長老が楽しそうに言った。
木々の間からハンミョウがゾロゾロ出てきた。2000匹はいるだろうか。皆、ガニ股で前肢をフリフリ踊り狂っている。
「僕も踊ってきます。あなたもどうですか?」
ハンミョウに誘われたが、流石にこの数のハンミョウは、いくらハンミョウ好きの私でも気色悪っと感じ、「えらいやっちゃえらいやっちゃ!!」と叫んで阿波踊りしながら速攻で引き返した。
ありがとうございました。