第三話 炊飯器を買いに
十二年前に買った、壊れかけだった炊飯器がとうとう完全に壊れた。
百均で買った割にはよくもったと思う。もっとも、百均と言っても315円もしたのだが。あの頃は消費税が5パーセントだったことが懐かしく思い出される。
ここのところ炊飯器が壊れかけだったせいで、ご飯が炊けていたり炊けていなかったりと不安定だった。
スイッチを入れ炊き上がり音が鳴った後の様子は以下の通り。
①正常に炊ける確率……70%
②炊けずにスイッチを入れる前の状態のまま(米が冷たい水に浸かったまま)の確率……20%
③炊けてはいるがその向こう側に到達する(ご飯がカッチカチになる)確率……7%
④脱穀前の稲穂の状態に時間が巻き戻っている確率……3%
④が最初に起きた時は、休みの日に一日がかりで千歯扱きを作り、それを使った後さらにひとつひとつ手で脱穀した。飼っているマングースのグッさんがそばでずっと応援してくれたから心強かった。彼はなかなかのナイスガイだ。
精米機を買おうとも思ったが、さすがにやめておいた。狭い部屋がもっと狭くなるし、どれくらい音が出るか知らないが近隣に迷惑を掛けるといけないので。
②の場合はもう一度スイッチを入れると大体解決するが、20%かける20%イコール4%の確率で再びそのままの状態だ。これは何度も経験した。
一度、三回スイッチを入れ直した後に④の稲穂に戻って、精米後にまた④の状態となった時は心がポッキリ折れ、泣く泣く冷凍うどんを茹でて食べた。
ちなみにこれの起こる確率は、20%かける20%かける20%かける20%かける3%かける3%イコール0.000144%だ。どんだけ不幸なんだ。
一番厄介なのは③である。こうなると水を張った鍋に投入して茹でて柔らかくしなければらないのだが、芯が残ったまま周りだけふやけて不味くなってしまう。捨てるのももったいないので卵雑炊なんかにして、自分の舌を騙し騙し頂いた。
それでも私は例によって例のごとく貯金がカッツカツであったので、まだいけると購入を先延ばしにしていたら、炊飯器は突然「ぐえッ!!」という音を発しドカンと爆発した。
あまりに大きな音だったために、アパートの隣の部屋の爺さんが様子を見に来たくらいだ。
「今、爆発音が聞こえたけど大丈夫?」
「はい、炊飯器が爆発しただけです。お騒がせしてすみません」
「あぁ、炊飯器ね。もしかして300円のヤツ?」
「はい、そうです」
「それ、リコールの対象になってたよ。突然『ぐえッ!!』という音を発して爆発する恐れがあるって」
「そうなんですか!? 知らなかったです……」
私の部屋にはテレビがない。爺さんは呆れている。
「ずっとCMでやってたじゃない。なんで知らないの? 情報弱者なの? だいたい、いい大人なんだからちゃんとしたのを買いなさいよ。食は生活の基本でしょうが。それなりの炊飯器じゃなきゃ、美味しいご飯が炊けないよ。最近の人はネットでなんでも買うらしいけど、ちゃんと国産のをお店で買って経済を回しなさいね」
私は爺さんに泣く寸前まで説教された。
大人になってからこんなに怒られたのは久しぶりだ。社会人になってすぐの頃、飲み会でカシスオレンジばかり頼んでいたら先輩に「若いくせに守りに入るな。もっといろんなアルコールに挑戦しろ」と真顔で強めに言われて以来だ。
爺さんの説教は45分間続き、最終的には私の愛チャリがサビだらけなのを「見苦しい。コーラで磨きなさい」と言ってコーラをくれ、やっと帰っていった。
爺さんの言う事ももっともなので、私は早速電器店の炊飯器コーナーを訪れた。
展示されている炊飯器をパカパカ開いたり閉じたりしていると、店員のお姉さんに声を掛けられた。
「炊飯器をお探しですかぁ〜?」
「はい」
「そちら、私も持ってるんですよぉ。よろしければ、お手に取ってご覧になってくださいね」
「そうですか」
私は炊飯器を手に取って体に合わせてみた。
「ナナホシテントウさんの柄で、可愛いですよねぇ〜。お客様の着てらっしゃる、どどめ色のとっくりセーターとジーパンにもよく合いますよぉ〜」
確かに可愛らしい。他にもルリボシカミキリさんのような水色の地に黒の点々のついたシックなものや、ヤマトタマムシさんのように七色に光り輝くものなどが所狭しと並んでいる。
ナナホシテントウさんの柄の炊飯器はご飯を炊く機能だけでなく、他にも今日の運勢を占ってくれる機能や音楽を流す機能を搭載していた。
私は「これにします」と即決した。
コーラで磨いてピカピカになった自転車の荷台に炊飯器をくくり付けて帰り、早速ご飯を炊いてみた。確かに美味しい。
しかもナナホシテントウさんの可愛らしい柄が、殺風景な台所を華やかに彩ってくれた。もっと早く買っておけばよかった。
次いで音楽を流す機能を使おうとしたが保温中しか使用できないらしく、私は保温しっぱなしにせず小分けにして冷凍しておく主義なので、結局一度も使っていない。
占いの機能はというと、毎日のように「今日のラッキー昆虫はナナホシテントウ!」としか言わないので五回しか使っていない。
私はとりあえずお客様アンケートハガキに「洗濯機の機能の付いた炊飯器を開発してはどうでしょう?」と書いてメーカーに送っておいた。
ありがとうございました。