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第二十八話 夏を送る

 9月に入り、早くも10日が過ぎた。


 あんなにうるさかった蝉の声もピタリとやみ、秋の虫たちが本領を発揮し出す今日この頃。皆様方におかれましてはいかがお過ごしでしょうかねぇ〜。


 私はというと、彼岸が来る前にやっておかなければならないことがあった。夏を送る儀式である。儀式といっても堅苦しい何かをやるわけではなく、要は好きな季節とおさらばし、苦手な冬を迎えるための心の準備である。


 何をするのかというと、土日を使って去りゆく夏を思いっきり楽しむ。これだけだ。


 本日は土曜日。朝から私は滅多に行かない少し遠めのショッピングモールに赴き、まずは夏物売り尽くしセールに参戦した。一目惚れした「トムとジェリー」のノスタルジックなアメカジ風Tシャツと、丸まったダンゴムシがプリントされた綺麗めオフィスカジュアルなブラウスを購入。2着合わせて1,580円なり。これらがあればどんなボトムスとも相性バッチシ!


 次に食品コーナーに寄り、国産豚バラと白菜、舞茸に椎茸、豆腐、ニラ、1人用鍋の素(寄せ鍋風味)、サツマイモ、それにハーゲンダッツ(クッキー&クリーム)を買った。いつもよりかなり贅沢してしまっているが、夏送りの儀式のためである。この日ばかりは思う存分好物を買い込んで良いのだ。


 帰りに中華街にある花火専門店に立ち寄り、ありとあらゆる種類の花火を入手。帰宅すると昼前である。計画通り。


 出かける前に部屋に設置しておいたビニールプールの水温を確認すると27℃まで上昇している。今日は夏日であるし、南向きの窓のおかげで絶好のプール日和となっている。


 それから買って来た食材を鍋にぶち込んで煮込みつつ、水着に着替えて早速プールに入る。

「キュイミング〜」

飼っているマングースのグッさんも飛び込んで気持ちよさそうに泳ぎ出した。マングースは水が苦手だと聞いたことがあるが、うちのマングースは自由自在に水面を行き来している。さすが。


 ビニールプールのヘリを枕にしてネットサーフィンや読書をしたり、浮き輪にはまって漂ったりしている内に、鍋が出来上がった。体が冷えてきたことだし、ここいらで昼食にするとしよう。出汁が充分に染み込んだ豚バラや白菜を楽しむ。豚バラというものは、何故こんなにも美味しいのだろう……。MDコンポから流れる「ふたりの愛ランド(石川優子とチャゲ)」をBGMに舌鼓を打ち、体がホカホカしてきたのでまたプールに浮かび、をひたすら繰り返す。


 そうしている内に夜になった。豚バラを300gも平らげてしまい腹がパンパンだが、甘い物は別腹である。冷凍庫からハーゲンダッツ(クッキー&クリーム)を取り出し食べる。至福のひとときである。


 夏送りの初日はこうやって過ぎて行くのだった。


 次の日。おニューの「トムとジェリー」Tシャツを身につけた私はリュックに大量の花火とサツマイモを詰め込んで、グッさんを伴い実家へと向かった。実家が海沿いの山中であることは以前書いた気がするが、2日目は実家近くの海で過ごすのである。


 昼頃に実家に軽く顔を出した私とグッさんは家の裏へ回った。裏は断崖絶壁となっており、手頃な岩や松などに掴まりながら慎重に降りていかねばならない。グッさんがヒョイヒョイと身軽に降りていくのに対し、私はおそるおそる時間をかけて移動していく。こればかりは何度経験しても慣れない。


 やっとのことで下の浜に着いた。崖下は申し訳程度の砂浜があるだけだが、1人プラス1匹分としては充分である。眼前には広大な海が広がっており、ちらほらと島影や漁船が見える。浜の両端は常に海に没しているので崖伝いにここにたどり着くことは出来ず、絶壁を降りるしか手段はない。そもそもがド田舎なので来る人などいないのだが。つまり天然のプライベートビーチみたいなもんである。


 まずは焼き芋だ。そこら辺に落ちている落ち葉や流木をかき集め、焚き火の準備は整った。着火し、リュックからアルミホイルで包んだサツマイモを取り出し投入。火が通るのを待つ。


 待っている間はシー・グラスを探したり、潮溜まりを覗いてヤドカリやイソギンチャクと戯れたり、焚き火を囲んでオクラホマミキサーを踊ったりしていると、時間なんてすぐに過ぎる。


 出来上がった焼き芋をグッさんと2人して頬張る。私にとって、浜で食べる物と言えば焼き芋なのである。潮騒やウミネコの鳴き声を聴きながら食べるホクホクの芋は実に美味である。


 それから花火をする。これが夏送りのクライマックスである。まだ昼間ではあるが、明るい内にやる花火も風情があるものだ。


 まずは景気付けに爆竹を鳴らし、手持ち花火でウォーミングアップ。最近では色が途中で変わるものや香り付きのもの、長く火が噴出するものなど種類が豊富で存分に楽しめる。グッさんも色とりどりの火花に興奮したのか、私の周りをぐるぐる駆け回っている。最後にタコ花火に点火、手持ち花火はほとんど無くなった。


 次にヘビ玉、煙玉で幼い頃に想いを馳せる。昔は煙の中に入り忍者ごっこをしたものだ。


 それが終わると今度は噴出花火。手始めに定番のドラゴン、続いてパラシュート、戦車型のからくり花火、トルネード・スピン……童心に帰った私は次々と導火線に火をつけた。


 ロケット花火は私が最も愛する花火である。昨日100本購入して来た。その100本を砂に刺してずらりと並べ、矢継ぎ早に着火する。するとヒュヒュヒューパンパンッヒュパンパンッヒューと小気味良い音が崖に反射し海に消えてゆく。気の利くグッさんが落ちた花火を全て拾って来てくれた。


 締めはお約束の線香花火である。あたりはもう薄暗くなりつつある。これから日没がさらに早くなり、気温も下がり……風呂に入るのがおっくうになるなぁ……などと「夏の終わり(森山直太朗)」を口ずさみながら切なくなっていると、大きく膨れあがった最後の火の球がポトンと落ちた。

「キュイィィ〜ン」

グッさんが物悲しい鳴き声をあげた。


 持ってきた花火はこれで全て消化したことになる。日が完全に沈まない内に崖を登らないといけないので、手早く燃えカスを片付けリュックを背負った。海は満潮に近くなり、背後に波が迫ってもいる。急がねば。


 まだまだ暑い日が続くだろうが、私の夏は終わったのである。早く寒い冬が終わればいいなぁ、でもまたひとつ歳を取ってしまうなぁ……などと思いながら、私たちは潮騒を背に崖を登り始めたのだった。


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