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第二話 その手は桑名の焼きそばパン

 単発のアルバイトをすることにした。


 ツチノコ狩りに失敗した上、マングースの購入で200万を失い、無理してペット可の物件に引っ越したために、貯金がさらにカッツカツになったのだ。


 一億円の当てが外れたのでマングースはマングース譲渡会で誰かに譲ろうかとも考えたのだが、共にマムシと戦って愛着が湧いたので「グッさん」と名付けて飼うことにした。


 それに、また髪が伸びたらツチノコを狩りに行こうと思っているから、その時また役に立つだろう。


 私は生まれてこの方、ずっと貧乏人生を送っている。だから節約生活には慣れっこではあるが、老後資金2000万円問題も持ち上がったことだし、元気なうちにお金を貯めておきたい。


 単発のアルバイトとは、食品工場でのライン作業である。これは派遣会社に登録して見つけた。


 本業の方の就業規則には「副業禁止」の文字はなかったから大丈夫だろう。もし何か言われたら、「就業規則に書いてありませんでしとぅわぁ〜〜」と目を剥いて言い返せばよい。


 仕事が休みの日曜日、さっそく行ってきた。交通費は出ないから自転車で一時間もかけて行ったので、着いた時点でヘトヘトだった。


 困ったことにまず、工場への入り方が分からない。


 入って行く人々は、なんかカードキーみたいなのをシュッとスタイリッシュにかざしてウィーンと扉を開けて入って行く。スタイリッシュでない私は完全に敗北した気がした。自分はここへ来てはならない人間だったのだと思った。生まれてきてすみませんと謝りたい気分にさえなった。


 すると、救いの神が現れた。私と同じようにキョロキョロウロウロしている若い兄ちゃんがいたのだ。自分と同じような境遇の人を見ると、何だか安心した。


 思い切って彼に話しかけてみた。


「あの、◯◯っていう派遣会社から来た方ですか?」

「はい、そうです」


 心なしか彼もホッとした表情だ。


「私もです。入り方が分からないんですよねぇ〜」

「はい、俺もです。どうやって入るんですかねぇ〜?」


 会話はこれで終了。全然救いの神じゃなかった。所詮、ゼロプラスゼロはゼロにしかならない。


 結局インターホンで訳を話し、開けてもらう。最初からそうすりゃ良かったのだ。


 しかし、入ってからもどこに行ってどうすれば良いかわからず、さっきの兄ちゃんと一緒にまたウロウロした。


 意を決して事務所みたいな所で聞くと、オッさんがそこら辺にいたおばちゃんを捕まえて「この人たち派遣の人だから、更衣室に案内してやって」と丸投げした。おばちゃんは嫌そうな顔をしたが「じゃあこっち来て」と案内してくれた。


 更衣室の前で、兄ちゃんとは別れた。おばちゃんは彼に「後はそこら辺の人に適当に聞いて」と、そこら辺の人にさらに丸投げしていた。それが彼を見た最後だった。もしかしたら彼はラインまでたどり着けなかったのかもしれない。


 何とか目だけを出した白装束に着替えた私もおばちゃんに「後はそこら辺の人に適当に聞いて」とたらい回しにされ、元々知らない人に話し掛けるのが苦手な私は労働の前から疲労困憊した。


 その後もラインのある部屋に入る前に巨大掃除機に体ごと持っていかれそうになったり、全身を巨大コロコロでくまなくマッサージされたりと、食品工場とは全く未知の世界で大変勉強になった。


 やっとラインのある部屋に着く。それまでにそこら辺の人に50人くらいは話し掛けていたが、また話し掛けなければならない。


「あの、私今日だけの派遣なんですけど、どこに行けばいいでしょうか?」

「知らんけど、そこら辺のラインに適当に紛れ込めばいいんじゃない?」


 そういう訳で私はそこら辺のラインに適当に紛れ込んだ。


 そのラインは、パンを延々と作るラインだった。


 最初に私はサンドイッチにひたすらハムを挟む役を担当した。

 他にも疑問を挟む人、小耳に挟む人、口を挟む人など様々な役割があるようだった。


 最終的にはハムを30分挟みに挟み倒し、多分3000個くらいは挟んだ。何しろラインが時速60キロくらいで流れてくるものだから死にもの狂いで挟み続けた。


 次に焼きそばパンを作った。


 私はそれに青海苔をひたすら振りかける役割を担った。


 リーダー格っぽいおばちゃんが叫ぶ。


「今日は3万個作るよッ!!」


 私は耳を疑った。さ、3万個?!


 しかし潤いある老後のためだ、弱音は吐くまい。私は光の速度で流れ来る怒涛の焼きそばパンに青海苔をかけまくった。


 2時間が経った。


 焼きそばパンはまだまだ容赦なく流れてくる。いつ終わるのだろうか。もはやラインが動いているのか自分が動いているのか分からなくなる。


 ラインがぐにゃりと歪む。しまいには焼きそばパンが喋り出す。


マダム風の焼きそばパン「焼きそばパンがなければベビースターラーメン焼きそばソース味を食べれば良いザマス」


予備校講師の焼きそばパン「焼きそばパンの気持ちを20字以内でまとめよ。但し、句読点も1字に数える」


姑の焼きそばパン「こんなしょっぱい焼きそばパンを食べろというのかしら? さては、私を病気にして殺すつもりね?! おお怖い……!!」


瓶底眼鏡の焼きそばパン「まず、焼きそばを右辺に移項して、サインコサインパンジェントで、紅生姜の公式を当てはめて……解けた!」


バンドマンの焼きそばパン「『ヤ』の音頂戴♫」


チャラ男の焼きそばパン「ヘーイ彼女、君もラインに乗ってかない?」


老婆の焼きそばパン「焼きそばパンの祟りじゃぁ〜〜!!」


与党の焼きそばパン「2位の焼きそばパンじゃダメなんですか?」


県議会議員の焼きそばパン「この焼きそば界を……ガエダイ!!」


3人組アイドルグループの焼きそばパン「普通の焼きそばパンに戻りたい!」


 そして最終的に焼きそばパン達は私を包囲し、高速でぐるぐる回り出した。


「もうまぢ無理……!!」


 私は工場の真ん中で限界を叫んだ。意識が暗転した。


 気がつくと白い天井が見えた。


 起き上がって辺りを見回すと、医務室と思われる部屋の中である。ぶっ倒れてここに運ばれ、ベッドに寝かされたらしい。


 せっかくなのでもう一眠りと思い、横になってしばらくすると、ドアが開いて女性が入ってきた。彼女は言った。


「大丈夫? たまにいるのよ、ラインに酔っちゃう人。あなた『時給計算……何分単位……』って寝言言ってたわよ」


 恥ずかしかったので、お礼を言ってすぐに工場を出た。焼きそばパンの幻影がまとわりついて危険なため、帰りは自転車を置いてタクシーを使った。


 結局は2時間半分の給料が出たが、それよりもタクシー代の方が高くついたせいで200円ほど赤字だった。しかも翌日自転車を回収に行く羽目になってしまった。


 私は何をしているのだろう、何のために生きているのだろう、人は何故憎み合い、傷付け合うのだろうか、と様々な感情が脳内を去来した。だがそんな事もあったねといつか笑える日が来ると信じて、私は今を生きて行く。


 そしてその代償としてか、私は焼きそばパンの声を聞くことが出来るという能力を得た。


 つまり、約200円でその能力を購入したことになる。ちなみにそれは今までに役に立ったことは一度もない。


 それどころかコンビニなんかに行くと「風呂入れよ!」「歯磨けよ!」「アービバビバ!」などと説教してきて面倒なので、焼きそばパンとは目を合わさないようにしている。





ありがとうございました。

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