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第3話、選手選考会で勝てますように、その3

挿絵(By みてみん)


 翌朝、私は一人で神社の掃除をしていた。もちろん、柿沼の策略さくりゃくである。


 1:1だと町田聡子は危険なので、とにかく広い場所に誘き出したい。その為には町田聡子が口封じをしなければいけないなずなと私のうち、弱そうな私がおとりになるのが良いだろう、との作戦であった。


 私自身は、いざとなったら男性化して身を守ることになっていた。そのため、今日は男性化しても違和感が無いよう、男物の大き目のダンガリーとジーンズを選んだ。ただ、下がキャミソールなので、やっぱり男性化はしたくないなぁ。


 なるべく人気の無い場所に行け、が柿沼の指令であったが、つい怖くて参道近くに足が向いてしまう。柿沼にますます嫌われそう。


「おはようございます」


 朝の参拝者は、ほとんどがいつもの顔ぶれである。今、私が挨拶したのは近所の佐々木さん。もちろん佐々木さんは私が岩倉そうであることは知らない。


「おはよう。あれ? 今日は一人?」


「はい。あの子、今日はちょっと体調が悪くて」


 こら、参拝者と話し込むな、という柿沼の声が聞こえるようであった。だって……。


 が、佐々木さんの後から来た参拝者を見て、私は凍り付いてしまった。町田聡子であった。


 何でもない普段着……Tシャツにストレッチパンツ、スニーカーという恰好が、動きやすさを優先して選んだように見えて不気味であった。なによりも、朝はもう涼しいとはいえ、残暑厳しい9月に手袋は要らないんじゃないかと。


 立ち去る佐々木さんに心のなかで『行かないで』と声をかけつつ、町田聡子に


「おはようございます」


 と挨拶をしてみた。町田聡子は不愉快そうに私を一瞥いちべつすると、そのまま参道を進んだ。


 このまま通り過ぎて。


 そんな願いも空しく、町田聡子が私の横を通り過ぎる瞬間、私の腹部に物凄い痛みが走った。たぶん、朝食べたスコーンとコーヒーを逆流させてしまったと思う。痛みと気持ち悪さでうずくまりたかったが、彼女はうずくまるスキすら与えず、私をかかえてそのまま参道から30mぐらい離れた藪に、数歩のステップで飛び込んだ。


 どこか遠くから、狼の遠吠えが聞こえたような気がした。


 そのまま町田聡子は手際よく私を押し倒し、首を絞めた。首の骨が折れるんじゃないかと思えるような凄い力で。こりゃダメだと抵抗をあきらめた。どうせ死ぬなら、女装変態男ではなく、普通の女子として死にたい、と思い、私は当初計画の男性化を止めた。


 と……、突然、私の首を絞める力が緩んだ。朦朧もうろうとする意識の中で、狼が町田聡子の首筋に噛みついているような映像が見えたような気がした。その後は町田聡子が狼を捕まえようと振り返り、狼が飛びずさり……それ以上は覚えていない。



   ***



 気が付くと、誰かが私に呼び掛けていた。


「あおいちゃん、あおいちゃん」


「あおいさん、あおいさん」


 ぼんやりと、二人ぐらいの人物が見える。いや、それよりも頭が痛い、首回りに激痛が走っている、お腹からも強烈な痛みが押し寄せる。なによりも気持ちが悪い。目の前の景色がぐるぐる回って……。


 私は自分に残されたありったけの力を振り絞り、体を半回転させた。たぶん、これで顔は地面の方向を向ている筈だ。そして両手で地球を押し、顔と地球の間に空間を作ると……吐いた。吐きながら、意識がだんだん戻ってくると、だんだん自分がゲロを吐いていることが判ってきた。


「あおいちゃん、大丈夫? あおいちゃん」


 柿沼が……陽菜ちゃんが私の背中をさすってくれていた。こんなゲロ吐きの傍にいたら臭いでしょうに。感謝!


「あおいさん、大丈夫ですか?」


 もう一人、ゲロ吐きの傍に居てやろうという優しい人がいるらしい。しかも男?


「これ、どうぞ」


 ティッシュペーパーが差し出されたので、遠慮なく使わせてもらった。口の周りは予想していたほどひどい惨状にはなっていなかった。使い終わったティッシュを嘔吐物の上に捨てると、更にティッシュが差し出されたので、今度は丁寧に口の周りを拭いた。


 拭きながらティッシュの差し出し主を見ると、見知った顔だった。


「中村…くん?」


「覚えててくれたんですか。はい、中村です」


 中村は小さい子供のようなはしゃいだ声を出した。陽菜ちゃんが笑ったような気がした。


「あおいちゃん、歩ける? ちゃんと休める場所まで移動しよ。中村くん、悪いんだけど、そこの倉庫に確かシャベルがあったから、それ埋めといて」


「了解!」


 その会話を聞いていたら、私は急に大切な事を思いだした。たぶん脳に酸素が足らず、何か混乱していたのだと思う。


「なずなは? なずなはどうした? 柿沼、なずなを一人にしちゃいけないって言ったのおまえだろ。こんな所でなにやってんだよ」


 陽菜ちゃんの平手が飛んできた。既に満身創痍なので頬にちょっとぐらい痛みが加わってもヘでもない……と言いたい所だが、結構痛かった。


「黙んなさい。死にぞこないのバカ娘が。あんたはまず自分のことを心配しなさい。ほら、歩くよ」


 中村は茫然と私達のやりとりを見ていた。



   ***



 ここからは、後から陽菜ちゃんに聞いた話。


 陽菜ちゃんとなずなは集会所に隠れ、こっそりとビデオで私が掃除する姿を撮影していた。


「あのあどけない少女がそうくんねえ。未だに信じられないな」


「ね、可愛いでしょ。守ってあげなきゃって感じ」


「じー」


「ち、ちなみにそうくん……ややっこしいからあおいちゃんって呼ぶけど、あおいちゃんが今話をしてるのが、うちの熱心な氏子の一人で佐々木さん」


「あおいちゃんって落ち着きないね。なんで近所のおばさんと会話するのにあんなピョコピョコ跳ねるの」


「ね」


 いやだな、この会話描写するの。


 ちょっと時間省略。


「来たよ」


 なずなが言った。


 しかし、ビデオの画面には危険そうな人物は写っていなかった。唯一写っているのは冴えない中年女性の参拝者だけであった。陽菜ちゃんは問題の人物は藪の中にでも隠れているのかな、と最初思ったそうだ。


 なずなが静かに集会所玄関の引き戸を開けた。いつでも飛び出せる為の準備だ。


 陽菜ちゃんは、私がビクンと怯えるのを見て、それが町田聡子だと理解した。


 町田聡子は、私を無視して歩いているように見えたが、私の横に並んだ瞬間、私のみぞおちに拳を叩き込んだ。そして、私に倒れるスキも与えず、私を肩にかつぐと、次の瞬間画面から消えた。


 陽菜ちゃんが横を見ると、なずなが服を脱ぎ散らかしていた。


「陽菜。服、お願い」


 なずなは最後にブラを投げ捨てると、狼に変身した。


「オゥ―――――――ン」


 狼は一声鳴くと。部屋を飛び出して行った。


 陽菜ちゃんも三脚ごとビデオカメラを持ち、部屋を飛び出した。


 藪の中で私の首を絞める町田聡子。そこに狼が後ろから襲いかかり、これを振り払うために私から手を放す聡子。聡子に捕まるのを避ける為、飛びのいて画面から消える狼、これを追って画面から消える聡子……。


 ここまで撮影して、陽菜ちゃんはカメラを投げ捨てた。


 陽菜ちゃんは私に駆け寄ると、ぐったりしている私を力任せにゆさぶった。


「あおいちゃん、大丈夫? あおいちゃん、しっかりして」


 冷静に考えればゆさぶるのはまずかったのだが、自分の作戦ミスで友達が死んでしまったかもしれない、と思うと冷静にはなれなかったそうだ。


「柿沼ぁ」


 陽菜ちゃんのただならぬ様子を見て駆け寄ってくる足音があった。中村であった。


「え? あ? あおいさん…」


 その後は、だいたい前述した通り。



   ***



こっちはなずなに聞いた話。なずなの言った通り描写すると…


 殺してやる。


 そう思って集会所を飛び出したそうである。


 私の首を絞めている町田聡子の姿を改めて目視で確認すると、改めて怒りが沸き上がってきた。


 聡子に後ろから飛び掛かり、頚椎けいついに噛みつこうとした瞬間、聡子が振り返りなずなを捕まえようとした。


 本来の狼の姿でなら、人間より遥かに早い速度で動ける。


 ただし、一度捕まってしまうと町田聡子の力から逃れることは困難であることは昨日経験した。なずなは一旦飛びのいた。とびのきながら、自分が冷静さを失っていたことに気が付いた。


 聡子はサルのようにスルスルと木を登った。なずなが襲い掛かりにくい場所に陣取った形だ。


 なずなは枝伝いに隣の木に登り、そこから聡子に飛び掛かった。聡子は足を枝に絡みつけて両手を空け、はずなを捕まえる体制を整えた。なずなが飛んでくる位置、角度から考えて、絶好の位置取りであった。


 ***



 捕まえた!


 聡子がそう思った瞬間、聡子の体が落下を始めた。聡子が乗っていた枝が、太い枝であったにもかかわらず、急に折れたのだ。


 バランスを崩して振り回した左腕前腕に、狼が空中で身をよじって噛みついた。狼はそのまま、強力な顎の力で橈骨とうこつ尺骨しゃっこつをかみ砕き、左手前腕を食いちぎった。


 地面に落ちた聡子は左腕を抱えてうずくまった。気を失いそうな猛烈な痛みが左腕から走った。腕が前腕の途中で失われ、止めども無く血液があふれて出していた。


 聡子の目の前に狼が降り立った。


「おまえにその力を与えたのは失敗だった」


 狼が言った。


「あたしは、こんな力をくれなど願わなかった」


 聡子はうずくまったまま声を絞り出した。


「あたしは、ただ実業団駅伝に出場したかっただけだ。年齢的にも最後のチャンスだった。たしかに貰った脚力はすばらしく、選考会では抜群のタイムをたたき出した。だのに、監督は選考会のタイムだけで選手を選ぶと言っていたのに、あたしには実績がないというだけの理由であたしを代表選手から外した。そしてあたしは引退を余儀なくされた。神が……あんたがあたしに与えた力は、あたしには何の役にも立たなかった」


「……」


「その後生まれた涼は、あたしの唯一の生きる理由だった。その涼を、自分たちの不手際で殺しながら、あいつらは、涼には手術に耐える体力がなかったと事故扱いしやがった。


 納得できなかったあたしは掃除婦として病院に潜り込んでカルテを盗み読み、涼の手術は途中までうまくいっていたこと、ただ最後に執刀医が切るべき個所を間違えたため涼が死んでしまったことを知った」


「……」


「一昨日、事故扱いを指示した院長を殺した。ただ、涼を殺した張本人の執刀医がまだ生きている。こいつを殺すまではあたしの邪魔をしないで欲しい。あんたが神を名乗るなら」


「私は大口真神社おおぐちまがみしゃに神として祭られている狼だ。おまえのような怪物を作ってしまった責任を取る為お前を殺そうと思ったが、一度だけやり直すチャンスをやる。そのためあえておまえの利き手である右腕は噛み砕かないでおいてやった。その右手で人生をやり直してみろ。


 ただしお前の行動はこれからずっと監視する。今度人を殺そうとしたら、その時は容赦しない」


 そう言うと、狼はゆっくりと立ち去った。


 町田聡子はその場でうずくまった。もうこの場で死んでしまいたい、流れ出る血を見ながら、そんなことを思っていた。


 しばらくすると、遠くから救急車が近づて来る音がして、近所に止まった。次いで、人が複数近づいてくる足音。


「こっちです。こっちに血まみれの女の人が倒れてたんです」


 救急隊を先導しているのは、中学生ぐらいの子供のようであった。



   ***



「なずなは? なずなはどうした? 柿沼、なずなを一人にしちゃいけないって言ったのおまえだろ。こんな所でなにやってんだよ」


 混乱した頭で私がそう言うと、私の頬に陽菜ちゃんの平手が飛んできた。頬の痛みから、私はなにやら言ってはいけないことを言ってしまったことを悟った。


「黙んなさい。死にぞこないのバカ娘が。あんたはまず自分のことを心配しなさい。ほら、歩くよ」


 中村は茫然と私達のやりとりを見ていた。


「中村くん、やっぱり悪いんだけど今日は出直してくれる? 今日はいろいろと取り込んでて……」


「あの、あれは……?」


「あおいちゃんの嘔吐物は私が処理しとくから大丈夫」


「え、あ、でも……」


 中村は、どうも私の心配をしてくれているようであった。陽菜ちゃんとしては、この状況は説明にきゅうするのでこの場は中村に立ち去って欲しかったようであったが、人に心配してもらえるのは、たとえ中村でも(?)やっぱり嬉しかった。


「中村くん…」


「はい!」


 私が声をかけると、中村は敏感に反応した。次に何と言えば中村に今日は帰ってもらうことができるだろう……と考えた次の瞬間、とんでもなく美しいものが目に入った。


「なずな!」


 なずなが立っていた、一糸まとわぬ姿で。


 なずなの裸は、幼児体形の私などとは違い、無駄な肉が一切なく、引き締まっていて筋肉質で腹筋なんかも割れていて、あたかも彫刻のようであった。ただ、その真っ白でなめらかな皮膚には所々傷が付き、髪もぼさぼさであった。


「なずなぁ、なずなぁ」


 私は嬉しくて立ち上が……りたかった。が、実際には体に力が入らず膝立ちがやっとだった。


「良かった。生きて……」


 そこまで言った所で、頬の、陽菜ちゃんに叩かれたのと丁度おなじ位置になずなのビンタが飛んできた。衝撃で体を立てていられず、私は崩れ落ちた。


「バカ! あんたはなんで肝心な時にそんなにいさぎよいの? もっと生に固執こしつしなさい!」


 なずなは、なんだか怒っている模様。


「なずな!」


 陽菜ちゃんは、私とは違う反応をしていた。


「陽菜、聞いて、こいつ首絞められながら……きゃあ、なんで中村がここに居るの?」


 なずなは慌てて中村に背を向けて丸まった。今まで気が付かなかったんかい。


 中村はニターとしか表現できないだらしない笑顔を浮かべて固まっていた……と思う。この辺りは意識が朦朧もうろうとしていて、記憶がアイマイ。


「あおいちゃん、上着貸して」


 陽菜ちゃんは大急ぎで私のダンガリーシャツを脱がすとなずなにそれを着させた……ようだった。


「中村くん、そんな訳で今日は非常に取り込んでるから、お願いだから今日は帰って」


 さすがの陽菜ちゃんも頭が回らなくなってるみたい。あの冷静な陽菜ちゃんが中村に『お願いだから』って言ってる。


「中村くん」


 私は左手でヒリヒリする頬を抑えながら右手の小指を中村に差し出した。


 中村がおずおずと右手の小指を差し出してきたので、私はその小指を自分の小指で捕まえた。


「今度ゆっくりお話ししようね」


 中村はこくんとうなずき、立ち去っていった。視界がボヤけて表情までは判んない。


 ともかく、この状態でこの対応が出来た私を、私は自分でめてあげたい。


「あー、びっくりした」


 中村が立ち去ると、なずなは胸をなでおろした。


「なずなはいいから早く服を着てきなさい」


 陽菜ちゃんが言った。


「陽菜、聞いてよ。こいつね、首絞められながら……」


そうくんがそういつヤツだって、私達は知ってた筈じゃない。今回は私の作戦ミス。謝ります。


 とにかく、中村くん以外の参拝者が来て話がややこしくなる前に服着なさい」


「陽菜、あともうひとつ」


「わかった。そっちは任せて」


 そう言うと、陽菜ちゃんは林の奥に向かって歩いて行った。


 そっちって? う~、よく判らん。


 とにかく、なずなは服を着るために集会所に戻るのだろうと思い、一緒に行こうと立ち上がりかけたらなずなに止められた。


「待って、あおいちゃん立っちゃダメ。ひどい、背骨にヒビが入ってるじゃない。内臓も傷だらけ。あおいちゃん良くこの状態でさっき立とうと思ったね」


 その満身創痍(まんしんそうい)を張り倒したのはどこの誰でしたっけ?


「ごめん。今、直すから」


 なずなが私の背中に手を回してきたので、チャンスだと思い、なずなに抱きついた。


「良かった。なずなが生きてて」


「もう……ばっかじゃないの」



 ---<<< 第3話、Fin >>>---

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