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第4話、みんなが幸せでありますように、その4

挿絵(By みてみん)


 この事件が、姉と父に火を点けたようだった。


 一度門前払いを受けた県庁への独立宗教法人申請について、父は氏子の知り合いの中から県庁トップと人脈のある人を探し出し、その人経由で根回しを行うことで申請を受理させた。


 秋祭りが開催されてる現時点ではまだ承認は降りていないが、とりあえず審査過程に入ったことは一歩前進であった。


 そして姉は、事件があったその日の夜のうちに、ネット上の父への誹謗中傷は、〇〇庁のサイト内にある自由記述欄が火元であることをつきとめた。(ちなみに「私が泣いたことは、お父さんには絶対に内緒だからね」だそうである)


 自由記述欄の内容は、例えば以下の様なものであった。



 ***



 現憲法は、主権の無い時のものであり、決して自主憲法ではありません。憲法前文には、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意

 した」とありますが、李承晩ラインなるものを一方的に設定、竹島を不法占拠している韓国、石油が埋蔵されていると知れば尖閣諸島は自分の領土だという中国、何をもって外国の公正と信義を信じろというのでありましょう。


 〇〇庁では「神道精神を国政の基礎に」をスローガンに、本憲法改正問題を始め、皇室尊厳護持運動、靖国問題、教育正常化、領土問題、拉致問題等々、「正しい日本の形」を取り戻すために、関係各位のご支援をいただきながら諸活動を展開して参りました。


 特に皇室問題においては「女性宮家」創設への動きの中、万世一系の伝統護持のために、〇〇庁はその危険性を国民に警鐘を鳴らす活動を展開してまいりました。〇〇庁傘下の神社のごく一部に万世一系の伝統に異論を唱える向きもあるようですが(私の個人的に見聞きした範囲では、たとえば川崎、中山神社の岩倉総代など)これは先人たちが命を懸けて守ってきた大切な日本の形を否定する行為であり、猛省もうせい頂きたいと思います。



 ***



 これに対して父は、自社のサイト、および中山神社のサイトに反論を記載した。



 ***



 尚、本維持審査の際、私が皇室に関して否定的な発言をしたような記述が〇〇庁のサイトにあり、これを根拠に私を誹謗中傷する記事がネット上に散見されますので、この件について一言ご説明申し上げます。


 維持審査の際私が審査官に申し上げましたのは、中山神社がお祭りする石神様は、古事記や日本書紀に登場するような華やかで有名な神様ではなく、大和朝廷の都から遠く離れた地方でひっそりと信奉されてきたローカルな神様だということです。


 小野祖教先生の「神道の基礎知識と基礎問題」にりますと成立伝統上、神道は6っつに分類できるそうです。


 (1) 皇室祭祀神道(皇室神道)

 (2) 神宮祭祀神道(神社神道)

 (3) 神社祭祀神道(神社神道)

 (4) 教派祭祀神道(十三派神道)

 (5) 新教派祭祀神道(戦後、教団として独立をみた神道)

 (6) 民間習俗的神道(民間信仰的神道、民族信仰的神道)


 このうち中山神社は(6)に属します。(1)の皇室神道とは別の起源を持ち、独自に信奉されてきた神社です。当然ながら、古事記や日本書紀、古語拾遺といった大和朝廷が作成した文書に、我々の祭神は記述されていません。


 おそらくこの箇所の説明が下手であったたが為に、審査官の方々に私が皇室に関して何らかのコメントしているように聞こえてしまったのだと思われますが、維持審査の際には私は皇室に関するコメントは一切しておりません。



 ***



 こんな反論でネット上の誹謗中傷が収まる筈もなく、今週は新規顧客が明らかに減少したそうである。


 ちなみに撤退したLP業者の分は、他のアパートにプロパンを供給してもらっている業者に供給範囲を広げてもらったそうだ。


「岩倉さん、何しちゃったんですか? うちにも岩倉さんとの取引は止めとけって話が役所の方から非公式にあったらしいですよ」


 そう言う営業マンに父は現在○○庁とケンカ中であることを丁寧に説明していた。



 ***



 給食を食べ終わると、猛烈な眠気に襲われた。


 昨夜より出店の設営が始まっており、タイムスケジュールを引いた責任上、結構遅くまで設営に関わってしまった。くわえて、なずながいいよと言ってくれているにもかかわらず、今朝も謎の見栄を張って早起きし神社の掃除をしてきた。自分でもバッカじゃなかろかと思う今日この頃である。


 机にうつぶせになり、丁度深く寝入ったところで、なずなに揺すり起された。


そうくん、ちょっといいかな」


 ボーっとしたまま顔を上げると、なずなが俺の脇に手を差し込み、止血かっ、とツッコミたくなるほど強い力で腕を掴み、俺の体を引き上げた。


 え? 何? なんか俺、悪いことした?


 戸惑う俺の腕をなずなはそのまま引っ張り、俺を教室の外に連れ出した。前の席の井上は、ニヤニヤしながら俺を見ていた。いや、井上だけでなく、教室の複数の箇所からクスクスという笑い声が聞こえてきた。誰から見ても俺がいまからなずなの説教を受ける絵図であるようだった。


「ごめんね、そうくん」


 人気の無い所まで俺を引っ張ると、なずなはささやき声で、メンドクサイ話を始めた。


「今、そうくんのお父さんから電話があって、あたしのお母さんから相談の電話があったんだって。なんでもあたしのお母さんの話では、お母さんのお父さんから電話があって、今のままだとあたしのお母さんのお父さんとお母さんのお兄さんが宮司と禰宜を首になっちゃうかもって」


「はい?」


 寝ぼけた頭では、なずなが何を言っているのか判らなかった。



 ***



 話を少し整理する。


 なずなを養子として引き受けてくれた若松夫妻は元々中山神社なんか比較にならないぐらい大きな神社の権禰宜ごんねぎ(一般神職)をしていた。


 そこは若松夫人、すなわち美幸さんの実家で、美幸さんのお父さんが宮司ぐうじ(神社で一番エライ神職)、お兄さんが禰宜ねぎ(神社で二番目にエライ神職)を務めている。


 なずなの話は、その美幸さんのお父さんとお兄さんに突然『○○庁ではあなた達の罷免を検討中です』との連絡が入った、と言うものであった。


「なんで?」


 俺は聞いてみた。


「それが、理由は説明無かったみたい。胸に手を当てて考えろ、的なことを言われたみたいなんだけど…… それでお母さんの実家からうちに電話がかかってきて『美幸、お前何か知らないか?』ってお母さんが聞かれたみたい」


 と、なずなが答えた。


 おそらく中山神社がSの演説を切ろうとしていることに対する嫌がらせであろうことは、中山神社関係者なら容易に想像がつく。しかし、何も予備知識なしにいきなり首切り予告をされたら、普通は慌てふためくであろう。


 中山神社に直接関係の無い人まで巻き込むなんて……。


「で、美幸さんは何て?」


「とりあえず『判らない』と言って電話を切ったんだけど、お父さんとどうしよう……ってさんざん悩んで――て、いうのは、元々そのお母さんのお父さんという人は、うちの両親が中山神社の宮司になること自体反対だったらしいんだけど――まあその話はこっちに置いといて、結局どうしようもなくて、そうくんのお父さんに『どうしたらいいでしょう』って電話したみたい」


「で、父さんは?」


「『少し考えさせてください』といってお母さんとの電話を切って、すぐあたしに電話してきたって言ってた。


 実はそうくんのお父さんの方にはこの話とは別に○○庁から電話があって『維持審査の際、断りもなく黙って録音するのは一種の盗聴であり、不敬極まりない。即刻オリジナルの録音ファイルを○○庁へ提出し、コピーは全て消去するように』って言われたんだって。


 で、それに対してNoと言うと『後悔することになりますよ』って言うから、お父さんは中山神社がもうじき○○庁から独立するのをこの担当者は知らないのかな、と思ってたんだって。


 まさか人事権を中山神社とは関係のない神社に適用してまで脅してくるとは思わなかったって」


「なんで○○庁はそんな持って回った伝え方をするんだろ? ストレートに『録音をよこさないと美幸さんのお父さんの地位を剥奪するぞ』って言えば判りやすいのに」


そうくん本気が言ってる? あ、本気だ。 ……やだな。そうくんのバカを思い知らされるのは」


 バカは自覚しているが、なんでおまえにそこまで言われにゃならんのだ。


「あたしはそうくんみたいにバカじゃないもん。ちょっと抜けてるだけだもん」


 自分で言うなよ。


「一応説明すると、理由はいくつかあるけど、例えば録音対策。ネットにアップされたら一発で火が着くような録音を採られたら○○庁が不利になるでしょ。


 あと他には、条件を明確化しないこと、とかかな。条件を不明確にすることで、受け手としては条件を拡大気味に解釈せざるを得なくなる。○○庁からすると、より多くの条件を飲ませることができるでしょ」


 もしもし、なずなさん、イライラしてない?


「誰のせいだと……もう」


「ま、ま、 ……で、父さんはなずなに結局何だって言ってた?」


「あたしの両親は神道学科の出身だから友達は神職だらけだし、お母さんに至っては親族も片っ端から神職だから、○○庁のターゲットは際限なく広がる可能性がある。


 要するに中山神社は宮司夫妻の人脈を人質に取られたようなもので、身動きが取れなくなった。


 Sの演説会を中止にするだけなら、あたしが作った音声データをネットで公表すれば、非が○○庁側にあるのが世間にも明らかになるから、Sは自分の評判が落ちるのを恐れて秋祭りでの演説会は止めるだろう。


 でもその場合、面子を潰された○○庁側は報復として、予告通りあたしの両親の人間関係を壊してくるだろう。


 『俺にそこまで若松夫妻の人生を狂わす権利は無い』


 だって。


 あたしに相談してもダメだったら、今回はおとなしく負けを認めようと思ってるって」


「『今回は』って、一回妥協したらもうその関係が固定しちゃうじゃん」


「そんなのお父さんの方が良く知ってるって。


 そうくんにも人の心が見えたら見せてあげたかった。人間ってこんなにも悔しがれるんだって、きっと驚くと思うよ」


「そうか、そうだよな。 ……で、なずなはそれに対して何て?」


「『一つ、考えがあります。少々時間を頂けますか』って答えた」


「考えって?」


「だからこうやって、寝ぼけたそうくんを叩き起こしたんじゃない」


「ん?」


「そのイヤな予感、だいたい当たり」


「え~、まさか……」


「あの状況で『あたしもお手上げです』なんて、神様が言えないでしょう」


「うわっ……」


「ちなみにちょっと脱線しちゃうけど、あんなに無理矢理起こしたのはもう一つ理由があって……そうくん、人前では寝ない方がいいよ」


「なんで?」


そうくん寝てるとき、時々女の子になってるって知ってた?」


 実はうすうす気が付いてはいた。枕に残っている髪の質感がどうみても男のものでは無かったり、少々汚い話だが月に何日か寝るときに準備が必要だったり……あ、やっぱり、という感じ。


「今、なってた?」


「なりかけてた」


「ええと……俺が寝てる時の話はとりあえず置いとこ。で、何にも考えなしに『考えがあります』って答えた訳だ」


「厳密に言うと、何にも、ではないんだけど……」


「何、その勿体ぶった言い方」


「だって……ずっとこの手だけは使いたくないと思っていた、というか……」


 これだけ嫌がるからには、多少後ろめたいことをする話なんだろうな、ということだけは察しがついた。


 なんだかんだ言ってもなずなの力は強力である。実は人を殺すことなんかも簡単に……


そうくん!!」


 なずなににらまれた。


「悪い」


「あ、でも、そんなに外れじゃないか。


 あたしが思ってたのは、今回の一連の○○庁の動きは全てN発信だろうから、Nの自宅にでも押しかけて『てめえ、これ以上中山神社にちょっかい出したら殺すぞ』って脅せば向こうの動きが止まるかなって。


 脅すためには多少こちらの力を見せなきゃならないし。力を見せるって、要するにNを半殺しにするってことだし。


 結局、化け物が面と向かって『化け物』と言われたくないだけかな」


 最初になずなに会った時、心の中で“犬の化け物”と呼んでいたような気がするが、今思えば相当デリカシーの無いことをしていたな、と反省するしかない。この見た目とこの能力を持ちながら、なずなの内面はびっくりするほど普通の少女なのだ。


「力に対して力で対抗するのは、問題の本質的な解決にならない、とは思う」


 結局“化け物”の所は何て声をかければ良いのか判らなかった。


「確かにいい方法じゃないし、なずなにやらせたくもない。けど今は、急いで○○庁の動きを止めないと、俺達の大事なものをどんどん壊されちゃう。


 しょうがない。それで行こう」


「一緒に来てくれる?」


「もちろん」


 そう答えると、なずなは俺の手を引いて走り出した。


「ちょっと待て。せめて先生には早退だって言っとこうか」


「そこは陽菜が伝えてくれるから大丈夫」


 いつの間にそんな話を……ん? 教室でそんな話したのか?


 と、靴箱前まで降りてきた所でその柿沼が、我々の行く手をふさぐかのように廊下の真ん中に仁王立ちしていた。


「なずな、そうくんは置いていきなさい」


 柿沼が言った。


「お断りします。陽菜にはそうくんを渡さない」


「何言ってんの。解ってんでしょ……あなたはいつか山に帰るから面が割れても問題ないけど、そうくんはこの先もずっと人間社会で生きていかなきゃいけないの。下手に危険な席に同席させてブラックリストに名前でも書かれたら、そうくんの将来に響くでしょ」


 普段の柿沼となずなの会話なら『解ってんでしょ』以下の言葉は必要無い筈だ。柿沼は俺の為にクドクド説明している……のだと思う。


そうくんには“あおい”ちゃんになってもらうから大丈夫」


「この人、将来“あおい”として生きていくかもしれないでしょ。そうくんの可能性を……」


「ごめん柿沼、もういい。ありがとう」


 俺は二人のケンカに口を挟んだ。


「なずながどうこうじゃなくて、俺がなずなと一緒に行きたいんだ」


「私はあなたにここに居てほしいの」


 哀しそうな目で柿沼に見つめられてしまった。こいつもこんな顔するんだ。


 なずなが俺の左腕を、自分の胸に強く抱き寄せた。



 ***



 驚いたことに、というか案の定、なずなが俺を叩き起こした時は柿沼も何も事情を聞かされておらず、みんなと一緒に笑っていたのだそうだ。が、しばらくして状況を察し、俺たちを追いかけたが見つからず、最悪の場合を想定して下駄箱前で立ってたら俺達が現れた、とのことだった。


 こいつも相変わらず、勘の化け物というか……。

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