08
手持ち無沙汰に落ち着かず、辺りを見渡せば、加賀谷と同じように制服を着た学生が硬い表情で集まっていた。
「あぁ……候補生ですね」
魔導士の候補生。魔力量や成績などで、配属が割り振られる。
彼らは、その中でも魔力量、訓練成績が良く、前線での奮闘を期待されている候補生だった。
「パパ!」
まだ舌足らずな声に、目をやれば、慌てた様子の母親と思われる優しそうな女性と、こちらを指さす男の子。
「あ゛」
隣から同じように、我妻の慌てた声を聞こえてきた。
軍の敷地に入ってしまえば、身内でも見送りはできない。今度会えるのは何か月、何年後かもしれない。それどころか、会えないかもしれない。
そう思えば、声を掛けられなくても、せめて一目でもと、見送りに来たのだろう。
「時間、まだありますよ」
「申し訳ありません! ありがとうございます!」
駆け足で向かっていく我妻の表情は、幸せそうに緩んでいて、昨日聞いた久保の言葉を理解できた。
「本当に、うらやましい限りですよ。あんな美人な奥さん、どうすれば捕まえられるんだか」
「戦う男性は、かっこいいらしいですよ」
「では、間近で見ていただいている隊長から見て、自分はかっこいいですか?」
「かっこいいですよ」
即答した加賀谷の言葉が、冗談を返した様子でもなく、久保も少し戸惑う。
「さすが、隊長の目は肥えていらっしゃる。自分以上の精鋭は、そういませんよ。隊長と添い遂げる勇士は、日本屈指の精鋭魔導士以上でなくてはならないとは」
「へ……!?」
冗談を返せば、加賀谷は口を開いては閉じてを繰り返すことしかできなかった。
制服から軍服へ着替え、港へ向かえば、軍艦が停泊している。
「大きいですね……」
「おや、隊長でも、この規模の軍艦は初めてですか?」
「初めてです。前の作戦の時は、基本的に自分で飛んでいましたから」
「てっきり航空輸送かと思った、自分が愚かでした」
「え、あ、いえ、航空輸送もありましたよ!? でも、そもそも、前は安全な航路がなかったですから」
「まぁ、それはそうなんですが……」
海はデドリィのテリトリーだ。今とは違い、安全な航路はなく、空の方が比較的安全という程度。
だが、単身で飛んだ方が安全とは、十分規格外のことを言っているのだが、どうやら、自覚はないらしい。
「ですが、実際、大規模輸送には違いありませんよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。魔導士や陸上部隊、その他の物資を同時に輸送するつもりだそうです。何か起きたとしても、我々が対応可能だろうと見込んだ上での判断だそうです。
無論、我々の出番がなく済むのが一番でありますが」
「そうですね」
何もないのが一番だ。
「坪田大尉たちは、すでに乗船しています。隊長は、一度艦橋に」
「わかりました」
久保と共に艦橋に向かえば、艦橋にいた全員が、物珍しそうに加賀谷の方へ目をやっていた。
年齢だけで見るなら、不相応といえる。だが、今作戦の指揮である艦長が姿勢を正す姿は、加賀谷が契約魔導士であることを物語っていた。
「輸送船三隈艦長 藤堂大佐であります。先の作戦の噂はかねがね。お会いできて光栄です」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
反射的に軽く頭を下げてしまう加賀谷に、藤堂も少しばかり考えるように、静かに唸る。
「船は初めてですか?」
「いえ、前の大戦時に何度か乗せていただきました」
「そうですか……契約魔導士殿の初めてを頂戴する名誉とはいかないかぁ……」
「困った時に、シモに逃げるから、娘さんに嫌われるんですよ」
「思春期なだけだ! 嫌われてない!」
副艦長の言葉に、少し取り乱したものの、一度咳払いをすると、改めて加賀谷へ向き直る。
幾分か、緊張が緩んだ面持ちになっていた。
「デドリィとの戦闘にならない限りは、お休みいただいて問題ありません。新人訓練の一環で、少々騒がしいこともあるでしょうが、祭りのようなものです。
せっかくですから、参加していただいても構いませんよ。非魔導訓練なんて、魔導士殿からすれば新鮮なのでは?」
「そうですね。機会があればぜひ」
今回の航路は、常に巡回されており、比較的安全な航路だ。戦闘が起きても、そう大きなものにはならないだろう。
***
海に慣れていない隊員が、今朝食べたものを吐き出すことに慣れたころ。
「……もう、飛んで行った方がマシな気がします」
「遠洋訓練よりひどいことになるぞ」
青い顔で、柵に寄り掛かる隊員の背中に手をやる。
車と似ていて、自分で運転している方が酔わないのと同じで、体力的にも魔力的にも消耗してでも、自分で飛んでいた方がラクなこともある。
だが、2000kmを超える距離の休息なしの移動は、勘弁してほしい。
「そんなのできるのは、隊長くらいでは?」
「さすがの隊長でも、体力的に厳しいだろうな」
魔力は問題なくても、加賀谷本人が2000㎞を走り続ける体力がないだろう。マラソンランナーですら、その距離では、休憩が必要だろう。
坪田の真面目な返答を聞きながら、久保もすっかり見慣れた光景に笑うと、背中を軽く叩く。
「さっき、補給部隊の連中が、吐しゃ物回収した数が一番多い艦に、一番少なかった艦が奢るって話が上がってたぞ。
ガンバレ。この艦の一の稼ぎ頭」
「不名誉です」
一番多い艦は、新人を最も多く乗せた艦であり、この艦は最も少なかった。
「気が紛れるように、筋トレでも――」
してろ。という言葉は、警報にかき消された。
新人訓練ではないのは、直後に撃たれた砲撃で理解できた。
「魔力反応!? どこから!?」
「甲板だ! 急げ!」
突然、甲板に現れた魔力に、急いで向かえば、確かにデドリィがいた。
「来るなァ!!」
デドリィの前で、尻もちをつき叫ぶ男。
デドリィなど、本物を間近で見たことはない。戦い方だって、シミュレーターや模擬戦だけだ。本物の熱気なんて、感じたことはなかった。
皮膚が、喉が焼ける感覚。
「――――――ッッ!!」
後ろに引かれた勢いで、息が詰まる。
見えたのは、ふたりの背中。
向かってきていたデドリィは、防壁術式に弾かれ、直後、核を撃たれ動かなくなった。
あっさりとデドリィを倒したふたりは、辺りを確認するとようやく振り返る。
「無事だな」
どうにか頷く。
「久保さん! 坪田さん!」
慌てた声に振り返れば、こちらに向かって走ってくる加賀谷。
「大丈夫ですか!?」
「この程度であれば、問題ありません。それより、これは……」
「たぶん、撃ってきたんだと……」
先ほどから、各艦からの叫び声と銃声が止まない。
声の発生源は、隣の船からのようだ。
「あの程度のデドリィを処理できてないのか?」
どうやら、船に取り付いたデドリィをまだ倒せていないらしい。
「あ……新人の搭乗が多い艦、です」
初めて見る本物のデドリィに、混乱しているのだろう。
ただでさえ、海軍はデドリィとの白兵戦には慣れていない。魔導士の候補生に、白兵戦に慣れていない海軍。放置は危険だ。
「砲塔に穴開けたらまずいよなぁ……坪田さん。準備をお願いします。私は少し、向こうに行ってきます」
「はっ。は……?」
反射的に返事をしてしまったが、今、何と言った?
向こうに行ってくる?
「隊長、それはいったい……」
坪田が確認する間もなく、加賀谷は柵に足をかけると、空を駆けていった。
「…………前言撤回。同意見だ。久保」
誰が、空中に氷を足場を作り出して、走っていくなどと思うものか。
「でしょう?」
「三十七魔導大隊! 戦闘準備! 隊長の装備も忘れるんじゃないぞ!」
***
足元で砕けたデドリィの破片を見下ろし、安心したように息をついた。
小さいデドリィだったおかげで、砲塔に大きな被害はないし、加賀谷もどこにも破損させていない。強いて上げるなら、多少凍っているが、表面だけだ。
しかし、加賀谷が間に合わなければ、無傷とはいかなかった。
「……」
学校にいて、よくわかったが、一般人にとってデドリィは遠い存在だ。魔導士になるとはいえ、本物を見たこともなければ、知識として戦い方を知っているだけだ。
青い顔で座り込むのも無理はない。
普通に戦闘できるだけでも、十分すぎるのかもしれないと、改めて考えていれば、周囲にデドリィが隠れていないか索敵術式を展開してみれば、首を傾げた。
「?」
その魔力の方向へ、目をやれば、やはり知っている顔がいた。
なぜか、日本海軍の服で。
「……」
絶対にありえないその服装に、加賀谷は、頭が状況を整理するよりも早く、反射的にその男の腕を掴む。
想像が正しいなら、いろいろとマズい。
「……」
加賀谷の想像が正しいと告げるように、男も目を逸らす。
「劉さん、ですよね……?」
「あー……これには少し、理由が……一応ある」
「理由、ですか……?」
「応。ジジイに戻って来いと言われたんだが、俺ひとりなら、適当に潜り込めって言われてな。お誂え向きな輸送船があったからな」
「アウトローですね! わりと大問題な気がしますよ!?」
この男であれば、加賀谷の腕など、容易く振りほどけるが、振りほどかず、目を逸らすだけなのは、話は聞いてくれると言うことなのだろう。
少なくとも、ここで喧嘩をするつもりはないということだ。
「……変なこと、してないですよね?」
「具体的には?」
「情報収集とか、スパイ的なの、とか」
「それを素直に答えるバカ者はおらぬと思うぞ。むしろ、文句はジジイに言え」
「た、確かに……」
死ぬほど嫌そうな顔の劉は、何かに気が付いたように、加賀谷の後ろへ目をやる。
「隊長。準備完了しました。そちらの方は?」
ライフルを背負った坪田が、不思議そうに劉へ目を向ける。様子からして、加賀谷の知り合いだろう。
だが、ふたりにとって、その質問が一番の問題だった。
「あ、えーっと…………はぁ、坪田さん。すみません。あとで手伝ってもらってもいいですか?」
「は? はぁ、もちろん」
よくわからない表情で、しかし、しっかりと頷く坪田に、あとのことを考えては、本当に申し訳なさそうに礼を言ってから、劉へ向き直る。
「劉さん。あとで乗船の許可を出してもらうので、この艦の護衛してもらえませんか? お願いします」
頭を下げる加賀谷に、坪田も久保も驚くが、劉は先程までの不愛想な表情から眉を顰め、加賀谷を見下ろしていた。
そして、頭に手をやり、少し考えると、加賀谷の襟を掴み、顔を上げさせる。
「お前のことはわかっているが、背筋を伸ばせ。顔を上げろ。隊長の頭は、そう安いものではないぞ」
何度も目を瞬かせる加賀谷に、口端を上げながら、ため息をつく。
「なに。正式に乗船できるのならば、この程度のデドリィの相手など、安い物よ」
「じゃあ、お願いします」
今度は簡単に軽く頭を下げると、久保から装備を受け取り、素早く着替え始めた。
「艦隊はここに待機し、デドリィの拠点作成を妨害するとのことです。我々は、大元である砲台の破壊を行います」
「場所は特定できていますか?」
「いえ。レーダー探知圏外のため、方位のみです」
「わかりました」
再度、高速で近づいてくる魔力。
備え付けられている砲塔が火を噴き、空中で砕けた土の塊が3個。こちらへ向かう土の塊がひとつ。
また船へ着弾する。そう思われた瞬間、一発の銃声が土の塊の核を貫き、破片は氷の壁に阻まれた。
「対空砲に勝るイケ男ですなぁ」
「ありがたく受け取っておこう。隊長」
「用意っ、できました!」
やはり、あの簡易的な飛行装置は、装備の手軽さと速さにおいては、優秀だったと思う。
戦闘面で使えなくては意味がないが。
「砲台は任せるぞ」
「はい」
白く輝く目が、空へと飛びあがっていった。




