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報告書や始末書に目を通しながら、楠葉はベッドに気まずそうに座っている加賀谷に目をやった。
「今頃、中隊長たちには、夏目准将から、あの時の事、伝えられてるだろうな」
先程、上層部との会合に来ていた夏目が、中隊長たちを連れて、仮隊舎に戻っていた。
おそらく、加賀谷が契約魔導士になった時のことを伝えているのだろう。
少なくとも、今回のガリーナの件のこともあり、これ以上隠しているわけにはいかない。
「どうしよう……」
「気にしてるのか?」
「だって、絶対、久保さんたち、気を使うじゃん……私が気を使わなくていいように、すっごいうまく隠してくるじゃん……」
膝を抱えながら、悩んでいる加賀谷に、つい楠葉も書類を捲る手が止まる。
「気にするところ、そこか?」
普通、自分の過去を、勝手に知られているのが嫌だとか、そういうことを気にするものじゃないのか。
少なくとも、今回伝えられているのは、加賀谷にとっても、いい記憶ではないはずだ。
それを、必要だからと共有されるのは、楠葉も多少、不快感がある。
「だって、さっきも、ガリーナに、なんて言えばいいのかわかんなくて……結局、何も言えなくて……」
黙ってしまった加賀谷に、ガリーナの方が痺れを切らしたように、さっさと帰れと屋上から追い出されたのだ。
きっと、向こうは言いたいことがたくさんあるはずだ。
なのに、簡単に口にはできない立場なら、上官である自分は、うまくその気持ちを発露させるべきなのだろう。
自分には、全くできそうにないが。
「あぁ、そうだ。その件もだ。なに、今の状況で、勝手にロシアの契約魔導士とふたりきりで会ってるんだ。問題になるぞ」
「うぅ……暴走の止め方なんてわからないし、こっちも全力で凍らせれば止まるかなってやっただけだから、心配だったし」
「そんなの報告聞けば、問題ないのはわかっただろ。暴走やらで、今、責任問題が絡んでるってわかってるだろ。その状況で、勝手に暴走した奴らが、密会してるとか、印象最悪だからな」
「ごめんなさい」
あの後、楠葉には、ガリーナと会っていたことは、すぐにバレた。
だが、細かいことについては、オニと楠葉が何か話していたため、うまくやってくれる。
「でも、ちゃんと確認したくて……」
「…………」
あまりに鋭く刺さる視線に、加賀谷は視線を遮るように、枕を持ち上げた。
「お前が上官じゃなければ、一発どころではなく殴ってる」
「すみませんでした……」
「ったく……」
枕越しに聞こえたため息と、また聞こえ始めた紙を捲る音に、そっと楠葉を覗き込む。
怒っている雰囲気はある。
ただ、抑えてはくれているようだ。
「……楠葉さん」
「なんだ?」
「あの時、助けてくれて、ありがとうございます」
久保に腕を掴まれていた時、楠葉が久保の意識を逸らしてくれていなかったら、少なくとも久保の腕は、もう使い物にならなかっただろう。
自分のこととはいえ、落ち着いて考えれば、とてもまずい行為だ。
「助けてねェよ」
あの時、本当の意味で、加賀谷の行動を先読みできたのは、楠葉だけで、久保のような優秀な魔導士を内輪もめで減らすことはできない。
だから、久保の意識を逸らした。
「……早く契約魔導士になりたかったって話ですけど」
「悠里」
加賀谷の言葉を遮る楠葉の呼びかけに、ふと楠葉に目をやり、小さく肩を震わせた。
「その言葉の意味くらいわかれ」
久々に見た、楠葉の明らかに苛立った表情だった。
*****
仮隊舎で、人払いを済ませた部屋の中、夏目は神妙な面持ちで、話を聞く坪田たち中隊長三人を、ゆっくりと確認していた。
予想通り。というより、加賀谷が契約魔導士になった時の話など、まともな倫理観を持っていれば、こういう表情にもなる。
「――とまぁ、こんな感じでな。実のところ、加賀谷自身も、炎の精霊とは少なからず因縁があってな。ただ、こんなことになるとは、予想してなかった。それはこちらの落ち度だ」
「いえ……そんなことは……」
国際法違反の未成年への神降ろしに、それを強要した事実。
極秘事項となっている、神降ろしの方法の漏洩。
その上、契約魔導士を育てるためとはいえ、8歳になった子供を戦場に出している事実に、無断で行われた神降ろしの際に、部隊が巻き込まれ全滅している事実。
どれもこれも、簡単に口に出来るようなことではない。
作戦の事だけを気にするなら、坪田にだけ共有すればいいが、中隊長全員に、この事実を共有したのは、夏目の優しさだ。
「ロシアの方も、暴走については、伏せたいみたいでな。一先ず、お互いの魔力が干渉した結果の事故。ということで落ち着いた」
「そうですか」
契約魔導士が暴走を起こしたとなれば、戦場での扱いも難しくなる。
それは、ロシア側も避けたいのだろう。
相対する性質の精霊が干渉してしまったが、魔導士が経験不足であり、対応しきれなかったことが原因であることにして、今回は収める方向となった。
「質問をよろしいでしょうか」
「話せることならな」
我妻の言葉に、夏目は、はっきりとは頷かなかった。
「自分は、千葉奪還作戦に参加していました。だからこそ、隊長の活躍は、よく知っています」
本土が侵攻され、日本中が絶望とパニックに苛まれる中、まだろくな戦果も無かった我妻は、千葉奪還作戦に参加していた。
当時を知っている魔導士は、皆一様に、あの時が一番地獄だったと口にする、逃げ道のない地獄。
そんな中、存在すら知られていなかった、氷の契約魔導士が、突然現れては、絶望的な戦況を、瞬く間にひっくり返していった。
それこそ、おとぎ話の英雄かのように。
「当時は、国が裏で、戦況を打破するために行っていたのかと思っていました」
契約魔導士の部隊に配属され、加賀谷の存在を知ってからも、最初は別人だと思った。
自分たちを救ってくれた英雄は、どこかの戦場で戦死して、彼女は偶然、同じ氷の精霊と契約しただけだと。
だが、同一人物だと聞かされた時は、何故なのかと、本当に理解ができなかった。
自分を救ってくれた英雄に感謝すると同時に、この国へ、嫌悪感が沸き上がってきた。
子供に、なんてものを背負わせているのかと。
そして今、加賀谷が契約魔導士になった過去を聞いて、かつての仲間たちに、憤りを覚えていた。
「上は、隊長を殺すつもりだったのですか」
それは、坪田も久保も、言葉にしなくても理解していた。
加賀谷の存在は、国にとって、腫物だった。
国際法上、契約魔導士は各国に原則一名と定められており、加賀谷がいては、日本は他の魔導士に神降ろしを行うことができない。
だが、せっかくの契約魔導士を、ただ不慮の事故で無くすのは惜しい。
だから、単独で作戦に参加させた。
ロクな訓練も受けておらず、戦死する可能性が高いと知りながら。
「……まぁ、当時はそうだな」
少しでも、千葉奪還作戦の足しになればいい。その程度だった。
結果は、上層部が予想した以上の功績を残し、加賀谷自身も生き残った。
「言い訳をするわけじゃないが、その後は、中国の契約魔導士に訓練を依頼したり、遅ればせながら、契約魔導士としての訓練もした」
その訓練ですら、上層部の半数は、いい顔をしていなかった。
だが、東京湾を凍らせるなどという、一般人にもはっきりと見える功績のおかげで、加賀谷の存在を完全に隠しきれなくなったのが、功を奏した。
「今は、違うと捉えてよいですか?」
「状況次第だ。契約魔導士は、貴重な戦力であり、楠葉も必ず神降ろしを成功する保証がない以上、かつてのような無茶な運用はしないだろうが、絶対とは言えない」
こればかりは、夏目の一存では決められないし、契約魔導士である以上、付きまとう問題だ。
我妻も、静かに頷く他なかった。
「准将」
夏目が車に乗り込んでいると、ふと久保が呼びかければ、夏目は足を止め、久保へ振り返る。
「なんだ?」
「その里沙って子は、その後、埋葬されましたか?」
その問いかけに、夏目は少しだけ目を細めた。
加賀谷の一番近くにいたからこそ、気が付いたのだろう。
加賀谷が凍らせた氷は、生半可なものでは、破壊できないと。それこそ、強い意志を持って凍らせたものならば、なおさら。
「日本の研究機関で、厳重に保管されている」
氷は溶けず、中にいる里沙は、未だ氷の中で黒く、燻り続けている。
「それを、隊長は……」
「知ってるよ」
時々、会いに来ていたのだから。
夏目が去った後、坪田たちは、誰からもなく、大きく長いため息を漏らした。
「予想はしてたが……事実にされると、きついな……」
「むしろ、隊長、なんであんな平気な顔できるんだ……」
「思い出すだけでも、腹立つな……」
額を抑えていた坪田は、もう一度、息を吐き出すと、目を開け、久保と我妻へ顔を向けた。
「お前たちも、いつも通りに戻れ。隊長が、気にするぞ」
「もう少し時間を所望します……」
「今回ばかりは、多少、我々も表に出した方が、隊長もラクなのでは?」
「バカを言え。隊長だけならまだしも、他の連中にバレるわけにいかんだろ」
今だけは、少しばかり自分の今の立場が恨めしく感じる中隊長たちだった。




