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氷の契約魔導士、戦線復帰す  作者: 廿楽 亜久
第三作戦 炎と氷

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 楠葉は、焦る気持ちを抑えながら、病院の一室へ向かっていた。


 今から、5時間前。

 契約魔導士の候補生を含む、補給部隊から救援信号が出ていた場所から、直径約1キロの範囲が、一瞬にして凍結した。


 上層部は、すぐにその場で、契約魔導士が誕生した可能性を踏まえ、救援に向かった結果、その予想が違えなかったことに、絶望した。


『お前が、やったのか?』


 その場で生きていたのは、加賀谷ひとりだった。


 ただひとり、自分と同じサイズの氷の前で座っていたという。


『お前、また悠里の訓練に付き合ってるのか?』

『ゲェ……楠葉、またお小言言いに来たの?』

『仕方ねェだろ。お前らの監督も任務なんだよ。あと、先輩には”さん”をつけて、敬語で話せ。大体、なんでそこまで、悠里にこだわる?』


 教官以外にも、先輩である楠葉が訓練を見ることは多く、里沙と話すことは多かった。

 結果的に、里沙とよく一緒にいる悠里とも、少しは話したことがある。


 引っ込み思案で、里沙の後ろにずっといるような印象以上のことはない。

 訓練の成績からも、その内、候補生から外されると思うような奴だった。


『悠里は、私と違って、契約魔導士になれるタイプだもん』

『ハァ? あいつがぁ?』

『楠葉、見る目ないねぇ。ま、別に、楠葉がちゃんと契約魔導士になってくれれば、問題ないんだけどさぁ』

『お前、今度の訓練、覚悟しとけよ?』


 それから、何回、加賀谷の訓練を監督したって、里沙の言葉は理解できなかった。

 最終的に、及第点程度の成績にはなるが、決していい成績を残すわけではないし、戦略という戦略も、戦術も理解していない。


 だが、実際、契約魔導士になったのは、加賀谷ひとりだった。


 里沙は、加賀谷の隣にあった氷の中で、黒く燻っていたという。

 全身は焼け、少なくとも生きてはいないとされているが、その砕けも溶けもしない氷の中にいる。


「…………」


 あの場所で何があったのかは、すでに加賀谷から聴取が行われ、楠葉にも伝えられた。


 精神的な配慮から、教官ではなく、楠葉が呼ばれ、数日間は、加賀谷の傍にいるように命じられている。


『加賀谷はまだ幼い。もし、暴走するようなことがあれば、殺すんだ』


 契約魔導士の暴走は、味方にも大きな被害をもたらす。


 神降ろしの際の被害については、状況的に仕方なかったと黙認する方向だが、もし、この場において暴走するようなら、止めるには、加賀谷を殺す他ない。


「入るぞ」


 ハンドガンの位置を確認してから、楠葉はいつもと変わらない声色で、部屋の中に入った。

 そこには、怪我をしたのか、至る所に包帯が巻かれている加賀谷の姿。


 幼い時から訓練をしているとはいえ、本当に、命の危機に瀕した人は、少なからず動揺しているものだ。

 まして、親友とも呼べる仲間が死んだのなら、なおの事。


「楠葉さん?」


 だが、加賀谷の目は、表情は、ひどく落ち着いていた。


「……話は聞いた。大変だったな」

「はい」


 瞳は揺れない。


「里沙のことも聞いた」

「……」


 返事はなかった。

 だが、瞳は揺れなかった。


「大丈夫か?」


 不気味だった。

 これほどまでに、感情がない奴じゃなかったはずだ。


 訓練で失敗すれば慌てるし、里沙の冗談に笑っていた。


 だけど、そんな気配はなく、瞳だけがじっと楠葉の事を捉えていた。

 まるで、加賀谷とは別の何かが、こちらを見据えているように。


「――――」


 気が付けば、指先がハンドガンに触れていた。


 撃つべきか。

 だが、神降ろしに成功した、貴重な戦力だ。

 こんな不確定要素で撃っていいものか。


 思考が何度も巡るが、答えは出ない。


「悠里、だよな……?」


 絞り出せた質問は、それだけだった。


 その言葉に、加賀谷はゆっくりと瞬きをすると、楠葉を見上げると、不思議そうに頷いた。


「悲しくはないか?」


 泣くこともせず、淡々と聴取にも応じた加賀谷は、ようやく少しだけ目を細めた。


「おかしい、ですよね」


 ぽつりと溢した言葉。


「悲しかったはずなのに、苦しかったはずなのに」


 時間すらも止まったように感じる静寂の中で目を覚まして、氷の中にいる里沙が黒く焼かれていくのを、ただ見ていた。


「里沙を見ても、なにも感じなかったんです」


 ただ、見ることしかできなかった。

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