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氷の契約魔導士、戦線復帰す  作者: 廿楽 亜久
第三作戦 炎と氷

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 廃ビルに逃げ込んでから、一日程度が経っただろうか。

 救援は、まだ来ない。

 それだけ、戦況が悪いのだ。


 房総半島から始まった、デドリィの本土侵攻は、東京湾を渡ると予想されており、魔導士が不足する中、対応する重要な案件が多すぎた。

 それ故に、救援は後回しにされていた。


「本当に、救援なんて来るのか?」


 不安に思う声は、時間を追うごとに増えて行った。


「物資にある内に、自力で戻るべきじゃないか?」

「利根川を越えたところに、バリケードが張られているはずだ。そこまで行ければ……」

「モホロビ級はいないんだろ? それなら……」

「でも数が」


 大人たちが作戦を考える中、加賀谷と里沙は、観測術式でデドリィの位置を把握しては、報告していた。


「やはり、突破は難しいな……それどころか、この様子では、本格的に東京や神奈川、茨城にまで侵攻しかねないぞ」

「つまり、この先もデドリィの数は、減ることなく増え続けると」

「では、やはり自力でデドリィたちの群れを突破するべきでは? この先、よりデドリィの数が増えれば、突破もできなくなります」

「そうだ……デドリィは、大きな魔力に反応するんだろ? ここに、うってつけの囮がいるじゃないか」


 その提案に、里沙は少しだけ目を細めて、大人たちの中にも、慌てて止めようとする声がしたが、こちらを見ながら提案した男が、引きつったような声を上げ続けた。


「お前たち、契約魔導士の候補生っていうなら、俺たち国民のために命を張ってくれよ……! 頼むから!」


 たぶん、叫びたい気持ちを抑え込んでいる。

 なんとなく、理解できてしまった男の気持ちに、里沙へ目をやるが、里沙は睨むように男を見つめるだけ。


「不可だ。たとえ、ふたりの同意が取れたとして、その作戦で、突破できる保証がない」


 静かに否定したのは、小隊長だった。


「お前は、未来ある子供に、自分のために死ねと命じるのか」

「そりゃそうでしょう!! ふたりと部隊の命、どっちが大事なんですか!!」


 当たり散らすように叫ぶ男は、結局、冷静になることはなく、会議は解散となった。


「ねぇ、里沙。さっきの話なんだけど」

「この数のデドリィを、あの人たちは突破できない。私たちが囮になっても、全滅。まぁ、運が良ければ、ひとりかふたりは、抜けられるってところかな」


 里沙みたいに頭が良くないから、不気味に赤く光って脈打つデドリィたちに、どんな作戦がいいか、悪いかなんてわからない。

 だけど、小隊長と同じことを告げ、暗い表情をしている里沙に、加賀谷はその手を掴む。


「悠里?」

「えっと……うん……うん……」


 手を掴まないといけない気がした。

 なにを言えばいいかは、わからなかったけど。


 でも、里沙は嬉しそうに微笑むと、その手を握り返してくれた。


「ありがとう。ねぇ、悠里。今日は、一緒に寝よう」

「? うん」


 ここに来てからは、毛布も限りがあるから、里沙と一緒に使っていたはずだ。

 里沙の言葉の意味は理解できなかったけど、頷けば、里沙は少しだけ、寂し気に眉を下げた。


――その夜、聞き覚えのある乾いた破裂音が響いた。


 加賀谷だけじゃない。周囲にいた隊員たちも、驚いた様子で、銃を構え、その銃声の主を探していた。

 だが、里沙だけが、神妙な面持ちで、加賀谷の手を掴み、もう一方の手にはハンドガンを握りしめ、階段の方を見つめていた。


「この場にいる全員、意見を聞かせてほしい!!」


 階段から下りてきたハンドガンを握りしめた男は、階段の上から、全員に語りかけた。


「明日の朝、そこにいる候補生を囮に、その他の者でデドリィの群れを突破する! これに反対するものはいるか?」


 昼の会議で、小隊長が却下した作戦だ。


 それを、もう一度、この場で口にしたところで、また否定されるだけだ。

 だが、先程の銃声に、全員がそっと視線を巡らせ、存在しないひとりに、ゆっくりとその男に視線を戻した。


「これが、今、一番生き残る可能性が高い作戦だ! もし、他に良い作戦があるというなら、教えてほしい!」


 最早、脅しだ。


 加賀谷がそっと里沙の表情を伺えば、見たこともない表情で、男の事を睨んでいた。

 だが、加賀谷たちが拒否したところで、訓練を受けた大人たちに逆らえるはずがない。

 なにより、例え逆らえたところで、ふたりでデドリィの群れを突破できるはずがない。


「――あ、あの!!」


 ひとりが手を上げた。


「ここで、”神降ろし”を行うのは、どうですか?」

「”神降ろし”……?」

「精霊との契約するための魔術です」


 成功率は低いが、ここにいるのは、契約魔導士の候補生である里沙と加賀谷だ。

 一般的な魔導士に比べれば、幼いとはいえ、可能性はある。


「もし、契約できれば、より確実に助かる可能性があります」


 里沙と加賀谷を囮にする作戦も、少なからず、犠牲者は出る。

 しかし、もしこの場で、圧倒的な力を持つ精霊と契約ができたなら、状況は一気に好転する。


「……その魔術は、お前たちは使えるのか?」


 問いかける男に、里沙も加賀谷も、首を横に振った。


 存在そのものは聞いているが、その準備は、全て大人たちが行うし、そもそも機密事項だ。

 ふたりが知る由もない。


「も、もしかしたら、これかも……」


 だが、またひとり、震える声を上げた。


「祖父の書斎で、覚えておいて損はないって……神様が助けてくれる、おまじないだって……」


 お守りの袋を開けると、そこには古びた紙が入っており、そこには魔方陣が書かれていた。


「…………元々、”神降ろし”なんて予定になかったんだ。やるだけやってみよう」


 もはや、断れる雰囲気ではなかった。

 いや、そもそも加賀谷たちに選択肢はなかった。


 ここで、囮となって死ぬか、神降ろしを行うか。

 神降ろしの成功率の低さなど、彼らにとっては、どうでもいいのだろう。

 自分たちが生き残れるかどうか。可能性が高いのは、どちらか。それだけだ。


「――神降ろしをするなら、私からにしてください」


 準備を進める彼らに、里沙が声をかければ、少しだけ訝し気に里沙を見下ろす男。


「私は、加賀谷候補生より成績は上です。契約できる可能性は、高いはずです」

「時間がない状況で、ひとりひとりやるわけがないだろう」

「ですが、もし、ふたりとも成功してしまった場合、国際法の問題が出てきます。いくら、危機的状況とはいえ、さすがに隠蔽しきれません」

「……いいだろう」


 納得した男に、里沙はまだ納得していない様子だったが、加賀谷の方に振り返ると、抱き着いた。


「里沙……」

「大丈夫。絶対に戻ってくるから、悠里はここにいて」

「でも」

「絶対だよ」


 耳元で囁かれる言葉に、何も返せず、里沙は加賀谷から離れると、渡された魔方陣を受け取り、床に寝転がった。


 しばらくすると、里沙を中心に部屋の空気が変わった。

 神降ろしの魔術が発動したのだ。


「え……」


 その魔術の発動を感じた直後、加賀谷も背中から押さえつけられた。

 手に握らされた紙の感触に、魔方陣を書いた紙を押し付けられたのは理解できた。


「なんで、順番じゃ――」

「時間がないって言ってるだろ! 国際法なんて、知ったことか! 状況をわかれ!! 今! 助からないなら、意味ないんだよ!!」


 早くしろと、背中から加え続けられる痛みに、加賀谷は、隣で眠る里沙に目をやり、強く目を閉じると、その手に握った紙に魔力を込めた。

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